第5話 開戦

 HR《ホームルーム》直前に奴らは来た。教室に、自身の席に居る僕にすこし驚いたような反応をしつつ、担任がやってきたため、にやつきながら自身の席へと向かって行った。

 ここまでは想定内、問題はそのあとだ。ここに味方足りえる人は居ない。この後は講堂兼体育館での全校集会。その後に短いHR《ホームルーム》を挟み解散という流れのはず。来るとするならそこしかない。もちろんその前に移動時間にちょっかいを掛けられるだろうし、その際きっと脅されることだろう。スマホのレコーダー機能をいつでも入れれるよう画面を呼び出し状態でロックし、尻ポケットへとねじ込む。来るなら背後からだろうし、なにかあっても尻ポケットなら曲がることはあっても電源が入らなくなるほどの衝撃にはならないはずだ、なにしろお尻の肉は緩衝材として優れているから。とおじさんの言葉を思い出し、どう対処するかをさらに練りこむ。

 担任の出席確認と、通達など右から左へ流し僕は移動時間までじっくりと、何度も最悪を想定しながら無数のシチュエーションを脳内に描いていく。


 チャイムがなり移動時間が来た、と同時にそれは僕の戦いが始まったことを告げるゴングとなる。ここからは前哨戦、いや戦いにはならないが、武器集めの時間だ。

 奴らを殺す《・・》ための。そう、奴らは人じゃない、やるなら徹底的に、そして、滅ぼすなら関係者すべてを巻き込んでしまうほうがいい。誰も助けてくれないのだ、ならば周りも皆敵である。これも、おじさんからの教えだ。


「君の状況はわかった。クラスメイトの内、主だってしかけてくるのは四人。だけど、取り巻きというか外野が複数いるってことだね?主犯の四名は、自称空手有段者、格闘技バカ、ガタイのいい木偶でく、そしてナイフを常に持ち歩いてる刃物バカ。で、合ってる?」

 おじさんの辛辣極まりない言葉に少し吹き出しながら頷く。

「で、外野にはそのバカの彼女だかがいて、そいつは女子グループの中心核。担任は逃げてあてにならない。と、うん。なら学校全体巻き込んでやった方がいいね」

 いきなり学校全体という発想に僕は言葉を失った。

「あぁ、もちろん学校中の生徒、教師を倒すってことじゃないからね?そもそも、こういった案件は日本では甘すぎるんだ。例え、被害者が自殺しても犯人はのうのうと暮らしていけるほどにね。だから、自殺ってのは復讐にもならないし、手痛い教訓にすらならないのさ。そりゃ元居るとこには住めないだろうし、学校も退学になるだろうけど、ただそ《・》れ《・》だ《・》け《・》だ」

 たしかに、僕は自殺をすることで、この状況から逃げる事、そして最後の復讐として奴らに報いようとしていた。

「でもさ、逃げるだけなら普通に学校辞めればいいだけじゃないかな?」

 そのおじさんの言葉はどこか虚しさを感じさせた。僕は一応この高校にいくにあたって勉強をし、受験し、努力をして入ることができた。そして、今の世の中、中卒なんて働き口すらまともにないはずだ。つまり、最低限の学歴を捨ててまで逃げろ。そう言うのか、と。

「あぁ、勘違いしたらごめんね。もちろん辞めずに済むのが一番だ。君だって苦労して入学できたんだよね?でもね、高校なんてのは通過点であって、こだわる場所じゃないんだよ。こんな仕事してるとさ、色々詳しくなるんだけど、通信制の高校で勉強して大学受験資格を手にして、大学に行く人もいるんだよ。つまり、高校なんて通わずとも卒業資格はとれるし、方法はある。転入したり、まぁその先で同じことが起きないとも言えないけど、だからこそ君に手ほどきしてるんだけどね」

 僕が返答に困ってるとおじさんはペットボトルを差し出しながら続ける。

「社会に出てもさ、そこまで陰険なことは滅多にないけど起こり得るんだよ。ブラック企業ってのが正にそれかな。でもそれは企業という敵で集団なんだよ核があるようでないんだ。学生の集団とも勝手が違う、その場合は核があるんだ。で、知っとくべきなのは労働法。これを知ってるか知らないかでかなりかわる。でも、君が相手にしてるのは個人に近い少数の集団なわけ。知っとくべきは、少年法と基本的人権なんだけど、前者はそれがあるから何をしてもいいってわけじゃなく、そこに引っかからない方法で相手をめる為に知っとく方がいいって意味だけどね。そして、少年法の甘さを知っとくべきなんだ。でないと君は損をするからね、そして基本的人権なんだけど、それを君は侵害されているわけだ。つまりその行為自体が犯罪であって、保身のための反撃が許されている。つまり、正当防衛なんだけど、暴力に対して抗う、緊急避難行為として法で守られるわけだ。今回なら複数対個人で相手が死んでしまう事があってもほぼ過剰防衛まではいかない。最低限の反撃ならね」

 つまりは、暴力は認められないけど、それに対する回避方法としての暴力は暴力じゃなくなるそう付け加えて、おじさんはペットボトルを傾ける。

「えっと、最低限の反撃って?」

 僕はどこまでが最低限なのかがわからず問う。

「例えば相手が動けなくなった時点で攻撃をするのはアウト。つまり、相手が戦意を敵意を失った時点までと簡単に考えといていい、そして、取り調べの時は気が動転してた事と、無我夢中で自身を守っただけって言い張るのが一番だ。だけど、これを使うために必要なのは状況証拠、つまりどうしようもないってことをわからせないといけないんだ。で、使うのが昨日来たときに渡したボイスレコーダーってわけ。君を守る一番の武器になるから使い方や、稼働時間、声が拾える範囲できればその場所になりそうなとこで試す方がいい。しっかり準備して罠をしかけるんだ。と、最初の話に戻るけど、ここまでするならわかってると思うけど警察を介入させて、学校全体の問題にする必要が出てくる。なにしろ、保身のことしか考えない教師ばかりだからね。学校だけの対応を期待すると臭いものには蓋ってことで君もろとも退学。そのあとは知らん顏されるのが現在の教育機関だからね」


 ふと気づけば、HR《ホームルーム》が終わり徐々に席を離れ講堂へと皆が動いていた。僕は席を立つ直前にスマホのボイスレコーダーをオンにしポケットにねじ込んだ。


 さぁ、開戦だ。そう意気込んで席を立つ。

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