第34愛 三分間待ってやる


――まだだ、まだ終わらんよ!


「ユズ君!」

「……嗚呼!」


 声がした方向へ二名ふたりが顔を向けると、フォボスが消滅した先、黒い影のみが漆黒の水溜りのように存在し、ウネウネと蠢いていたのである。ユズキが素早く扇を返し、へ向け水球を放つも、水は地面で弾けるのみで、影は蠢いたままだった。


「……この姿の儂には何をしても無駄じゃよ」

「ちょっとぉーー邪魔しないでくれる? せっかく夢見の回廊で誰にも邪魔されなく逞しくなったユズキとにゃんにゃんしようと思っていたのに!」


 蠢く影に向かって、下半身の疼きを抑えつつレミリアが文句クレームを言ったのだが……。


「え?」

「え?」


 思わず顔を見合わせる青年姿のユズキとレミリア。


 (あのー、レミリア?)

 (だってユズ君……突然凛々しくなったら興奮するじゃない?)


「ほぅ、それは邪魔をしたの。そのまま続けてもよいのじゃよ? 三分間待ってやる」

「待たなくていいわよ! このエロ妖魔!」


 意地悪い妖魔に見られた状態で続けるような趣味をレミリアは持ち合わせていないようだ。


「まぁよい。いい事を教えてやろう。三分間待ったところで、お主等は儂に傷ひとつつける事は叶わぬが、この状態では儂も攻撃すら出来ぬ。ここまで追い込まれたのは久しぶりじゃ。命拾いしたの。人間とその契約者パートナーよ」

「なんだと!? まさか……逃げる気か!?」


 妖魔の言葉から影へ変化した意図を探ろうとするユズキ。逃亡するためなら、フォボスがわざわざ攻撃も出来ない姿になる理由がつくのだ。妖魔の嗄れた声がする度、影が揺らぐ。熱い抱擁イチャラブを邪魔されたレミリアが影へ向け夢妖気弾エナジーボールを放つも、妖気弾は地面に弾かれ消滅してしまう。


「人間よ。逃げるとは人聞きが悪いの。暗殺者とは常に影へと潜む者よ。儂はまた闇に紛れる。そろそろシェイドも動き出すじゃろうて。儂はそれを見届けた上で還る事にするよ」


 そう、フォボスを倒して終わりではない。王を守る事が最大の使命であるのだ。


「レミリア! こいつに今何をしても無駄だ! 王の所へ行こう!」

「そうね。こんなエロ妖魔ほっといて、急ぎましょう」


 二名ふたりが行動を開始しようとした瞬間、空間が揺らぎ、映像が投影されたかのように見覚えある女妖精の姿が浮かぶ!


『よかった! 無事でしたか! ようやく制限結界リミテッドフィールドを打ち破る事が出来ました。暗殺者のボスよ……貴方はやりすぎました。今から私が消して差し上げます』


 投影された映像・・が実体化すると同時にフォボスの影目掛けて放たれる白き光の霊球! やがて、フォボスの姿が消失すると共に、水色の美しい着物を身に纏った巫女が、夢見の回廊へと降り立つ。


「……消滅……しましたか……」


 フォボスが消滅した影の跡を見つめ、巫女が呟く。


「弥生様! 来てくれたのね!」

「レミリア、そしてユズキさん。よく頑張って下さいました。今すぐ傷の手当てを……って、あら、ユズキさんはすっかり大きく・・・なりましたね? 王の妖気力フェアリーエナジーはまだ消滅していない。恐らくまだ、王は無事です」


 夢見の巫女の傍へ駆け寄るレミリア。弥生は笑顔で彼女とユズキを気遣う。弥生がユズキの脇腹へ手を翳すと、彼の戦闘で受けた傷口が癒えていった。


「弥生様、ありがとうございます! あ、この姿は……えっと……」

「説明されなくても大丈夫ですよ?」


 どう説明したらいいのか戸惑う青年ユズキへ弥生は語らずとも分かっていますと言わんばかりの笑顔を見せる。


「えっと……分かりました。あ、弥生様! 夢の都ドリームタウンは大丈夫ですか?」

「ええ、ノゾミさんやツカサさんが頑張ってくれたようです。今しがたこちらへ来る直前にマリンさんの持つ妖気力が増大するのを感じました。彼女も無事でしょう」


 報告を聞いて安堵の表情となるユズキ。どうやら皆無事のようだった。


「じゃあ、早く王の所へ向かいましょう! 確かあっちに……」


 その時だった……。地鳴りのような低く地面を這うような音が聞こえたかと思うと、耳を塞ぎたくなるような爆発音が聞こえたのだ! 音の発生源は王が居たであろう場所であった!


「これは……いけない! まずい事になりました……」


 直後、ユズキ、レミリア、弥生の脳内・・へ意思伝達を通して声が聞こえる。


『弥生様! 大変です! 卯月です! 夢の都ドリームタウン噴水広場前に巨大な影が出現! 恐らくあれは……Aランク魔物モンスター――影の巨人シャドウタイタンです!』

「卯月……恐らくブライティ王は影の巨人内部に居ます!」


「え?」

「弥生様! それってどういう事?」


 弥生が冷静に状況を分析し、卯月へ告げた言葉へ思わず聞き返し、驚愕の表情となるユズキとレミリア。


『そんな……どういう事ですか!? 敵の能力アビリティだとおっしゃるのですか?』

「ええ……恐らくそれが敵の狙いです。王は元々エルフとして長い年月を生きており、膨大な妖気力フェアリーエナジーを備えている。その妖気力を取り込み、闇へと転換する事で敵は強大な魔物として生まれ変わり、妖気力を全て吸い取られた時点で王の魂は消滅してしまう」


「そんな!? どうすればいいの?」

「方法はないんですか弥生様!」


 レミリアとユズキが弥生に迫ると、巫女は素早く指示を出す。


「卯月、肉テロパーティの皆さんと巨人を食い止める事は出来ますか?」

『分かりません……でもやるしかありません故なんとかします!』


「お願いします。夢見の回廊側より私がレミリアさん、ユズキさんと王を取り込まんとする影の主の深層心理・・・・へと潜入します! 内部から王と影の主の接続リンクを引き剥がした瞬間、合図を送ります故、その後、巨人の核を叩いて下さい!」

『御意! 弥生様、ご武運を!』


 そういうと、卯月からの通信が途絶える。


「ちょっと待って! 弥生様! 深層心理に潜入ってそんな事出来るの?」

「僕達も一緒にですか?」


 移動を開始しようとする弥生へ声をかけるレミリアとユズキ。


「ええ、私を誰だと思っているのですか? 夢の国ドリームプレミアの長、夢見の巫女――弥生ですよ? 伊達に普段からモフモフに埋もれておりません故、ご安心下さいませ」

「ええと……モフモフですか?」


 モフモフな妖狐達に埋もれている弥生を見た事がないユズキが一瞬困惑した表情となる。


「あ、気にしないで下さい。ユズキさんのその姿、夢みる力ドリーマーパワーが増大していますね。影の主がどう動くか分かりません故、手伝っていただけると助かります」


「分かりました! 任せて下さい、弥生様」

「ええ、私とユズ君が一緒なら、誰にも負ける気がしないわ!」


 ユズキとレミリアが決意の表情で弥生と頷き合う。


「ご協力感謝致します。その言葉、心強いです。では、敵の下へ向かいましょう!」


 そう言うと、弥生は目を閉じ、影の主――シェイドの深層心理への潜入を開始するのである。

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