第33愛 おめでとう! 彼は美青年《美女》姿に進化した!

「儂とした事が、少々やり過ぎてしまったの」


 フォボスは漆黒の球を放った先、ユズキが居る空間より背を向け、王を閉じ込めたシェイドの下へ向かおうとしていた。


「あのレミリアとか言う小娘と雌狐は生きている方を恐怖で縛り、儂の奴隷にでもしてやろうかの」


 その後の楽しみは後に取っておこうと考えつつ、フォボスはゆっくり歩き出そうとする。

 ……が、背後からの何かの・・・気配を感じ取り、フォボスは無に帰した空間へ振り返る。


「……どういう事だ」


 全てを呑み込もうとしていた漆黒の球が消滅している。地獄から呼び起された球は、空間を無に帰すまで闇へと呑み込み続ける攻撃であった。眼前の空間は、黒く染まる事なく存在している。しかし、先ほど自身と対峙していたユズキの姿が見えない事を確認し、フォボスは笑みを浮かべた。


「くっくっくっ、やはり気のせいじゃったか。どうやら闇に呑み込まれ消滅・・してしまったようじゃの」

「……え? 誰が消滅したって?」


「何を言う? さっきの餓鬼に決まっておるじゃろ……な!?」


 背後からの声に振り向いた瞬間、Aランクの妖魔は戦慄する! この時自身の左腕・・が何者かによって斬り払われ、回転しながら宙を舞い、地面へと落ちたのだ! 傷口より滴り落ちる緑色の体液と、水のような雫。一旦距離を取ろうと後方へと移動するが……。


「……無駄だよ!」


 続け様に斬り落とされるもう片方の腕! 距離を取った筈の相手は既にフォボスの真横に移動しており、たった二度の攻撃でフォボスの両腕を斬り落としたのだった。


「馬鹿な……貴様、何者・・だ!」


 フォボスは眼前に迫る新手を鋭く凝視する。深く吸い込まれそうな深海のような蒼い衣を纏い、美しく蒼い髪が背中まで伸びている。空色スカイブルーの瞳は全てを包むかのような優しい印象を与え、長い睫毛と端正な顔立ちは美青年にも美しい女性にも見える。


「さっきあんたが殺そうとした相手だよ!」


 懐より取り出した扇を返し、真っ直ぐフォボスへ向けると、扇より巨大な水球が放たれそのまま直撃する。腸を抉られたような衝撃がフォボスを襲う!


「ゴボァッ! 馬鹿なっ! 貴様……ユズキ・ルーシアか!?」

「だったらどうする?」


 舞を舞う美しい踊り子のように消えては現れるは、背が伸び、男の娘のような容姿から美しい美女や美青年と呼べる姿へと変化していた。しかし、扇を返し、水流を操り舞いを舞う姿は、紛れもなくユズキその人であった。


「その姿はなんだ……!? それに一体どうやってあの巨大な闇から脱出した?」

「それは僕も分からない。だけど、これだけは言えるさ。これは〝愛の力〟だよ」

 

「なんじゃと? 嘗めるな小童!」


 フォボスが念を籠めた瞬間、両腕が斬り落とされた付け根部分より黒い腕が生える! 手首より先は三本の細い骨のような物が剥き出しとなった異形の腕。骨とも取れる指を動かし、ユズキへ向けると三本の骨がユズキを突き刺そうと伸び、襲いかかる!


 空中へと飛び上がり、巨大な水球を放つユズキ。フォボスが返しで放つ漆黒の球がぶつかり合い、爆ぜ、炸裂する! ユズキが着地すると同時に、フォボスの両腕六本の指が蠢く刃のように彼を強襲する。高速で放たれる連撃を扇でいなすが、脇腹を抉られた際、ユズキの赤い血が飛散する。


「――水流閃光アクアレーザー!」


 受けたダメージに怯む事なく、ユズキが指先から放たれた水の閃光が、妖魔の肩口を貫通する。ユズキ自身の魔力が上昇しているのであろう。何倍にも圧縮された水は、軽々と負の妖気力に覆われた体躯を貫く。互いに傷を追った所で距離を取る双方。怒りにより、暗殺者の嗄れた顔が歪む。


「もういい……茶番は終わりだ。闇に呑まれて絶望しろ! ――獄滅暗黒球ヘルズシャドーボール!」


 再び放たれる漆黒の闇――ユズキの居る空間全てを呑み込まんと襲いかかる地獄よりの使者。しかし、彼は慌てる事なく舞を舞う。目を閉じ、佇む空間を舞台とし、舞闘士はゆっくりと扇を返し、地面を蹴る。ぴとっ、と地面を降りた瞬間、波紋が広がる。ユズキの周りはドーム状の水膜で覆われ、水膜はだんだんと虹色の光を放ち始める。


「今度こそ、絶望の波へと堕ちるがよい」


 静寂――闇に呑まれ世界は無となる。そんな世界に満足そうな笑みを浮かべるフォボス。


「全ては儂の野望のため。邪神様復活のため」


 この時フォボスの眼前は空間全てを呑み込む闇で覆われていた。しかし、闇の向こうより、一筋の光が見えたかと思うと、光が闇を押し返すかのようにだんだんと広がり、虹色の輝きを放ち始める!


「寵愛の光よ! 闇を打ち払い、この世界へ希望を与えん! ――恩寵の幻想曲グレイスファンタジア!」

「人間風情がぁあああ!」


 闇は光へと覆われ、絶望を打ち消す希望が空間を創り変えた! 闇はその場から消失し、希望の光が星屑のように明滅し、ユズキを祝福した。


「終わった……」


『――ズくーーん、ユズ君ーーーーえ!? ユズ君?』


 遠くからユズキを呼ぶ声が聞こえる。彼のよく知る契約者パートナーのメロンがたぷんたぷんと上下に揺れ、近づいて来る。ショコラを救ったレミリアが愛する者マスターを心配し、駆けつけたのだ。


「レミリア! よかった無事だったんだね!」

「ユズ君よね? ええ、この香りは間違いなくユズ君だわ。でもその姿は?」


 いつもと違う使役主マスターの姿に驚くレミリア。


「どうやら、寵愛の力が僕を守ってくれたみたい。たぶん僕が恩恵ギフトで受け取った寵愛は、母からの愛……なんだと思う」

「ユズ君のお母様?」


「嗚呼……。フォボスの攻撃に負けそうになった時、父と母の声がした気がするんだ。幼い頃に見た母の笑顔が一瞬浮かんだかと思うと、心の奥から温かいものが溢れて来て……気づいたらこうなってた」

「そっか。きっとお母様も、ユズ君を遠くから見守ってくれているのね」


 レミリアはそう言うとユズキへ笑いかける。そして、そのままそっと身体を近づける。いつもならレミリアより背の低いユズキの顔は、彼女の豊かな双丘へとすっぽり収まるのだ。しかし、今回は違った。ユズキの逞しい肉体に柔らかなメロンがむにゅんと押しつけられた状態で、彼の腕が優しくレミリアを包み込む。


「レミリア、無事でよかった」

「ユズ君……すっかり大人になっちゃって。カッコイイよ、ユズキ」


 美青年と美女はそのままそっと顔を近づけ口づけを交わす。美青年の眼差しにレミリアはトロンとした表情となり、下半身からじんわりと桃の果汁・・・・が溢れて来る。





 ――まだだ、まだ終わらんよ!


 この時、祝福の時間にはまだ早いと言わんばかりに、妖魔が消滅したハズの場所から声が聞こえた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る