第32愛 彼の魔物ランクは●ランクです

 夢都浮遊庭園にて王が消失した後、貴族達は庭園近くの夢見部隊管理の迎賓館へと避難するに至る。やがて、ノゾミによる能力封殺霧アンチアビリティネブラの使用者――ローストの殲滅が成功し、庭園に待機していた夢見部隊ドリーマーパーティーメンバーの夢渡の力ドリームポーターが解放された。


「弥生様、〝メロンのノゾミ〟さんが無事に標的ターゲットの殲滅に成功したようです。夢渡の力も無事に解放されました!」

「そのようですね。では卯月、皐月達へ他に暗殺者が町へ潜んでないか調査の指示を! 卯月は首謀者・・・逃亡を避けるためマークをお願いします」


 弥生からの指示が、王の行方を追って下さいという内容でなかったので困惑した表情となる弥生のお付、卯月。


「え? 首謀者ですか?」

「ええ、先ほど王が消失した際、首謀者が誰か分かりました。逃げられては元も子もないですからね」


 笑顔で語りかける弥生は余裕の表情だ。


「でも、弥生様どうやって……あ!」


 そう言って卯月は思い出す。弥生には先代の巫女より引き継いだ、とっておきのとある能力アビリティがあるのだ。


「ええ、そういう事です。先ほどから〝心読力マインドリーダー〟を発動しております故、首謀者の心の中は筒抜け・・・です」


 夢の国ドリームプレミアの長である巫女の力を見誤ってはいけない。巫女を相手にするという事は万全の態勢で臨まないといけないという事なのである。


「さすがです、弥生様。では、ブライティ王の安否は?」

「どうやら暗殺者のボスが、夢見の回廊内に制限結界リミテッドフィールドを展開しているようですので、あちらの侵入はもう少し時間がかかります。ユズキさんとレミリアさんを信じるしかありませんね」


 既に弥生は次の段階へと行動を開始していた。卯月は夢見部隊メンバーへ指示を出し、夢妖精幹部と妖狐達が散開する!


「ユズキさん、もう少し粘って下さい。もうすぐそちらへ向かいます故……」


 弥生はユズキとレミリアの身を案じ、静かに祈りを捧げるのである。



★★★


 レミリアがショコラを救出しようとしていたまさにその時、ユズキとフォボスは、空間を移動し、激しい戦闘を開始していた。


 空気が肌に絡みつく。気を抜いた瞬間、肌が引き裂かれそうな鋭く尖った空気に包まれているかのようだ。ユズキの寵愛により強化されたレミリアの妖気力フェアリーエナジーが、彼を守るかのように桃色の妖気オーラとなり、彼を包んでいた。


「ほほう……実に愉快じゃ。人間の分際で妖気力フェアリーエナジーを纏うとはの。あの妖精の能力か」

「そんなところだ。僕とレミリア二名ふたりの力なら、あんたなんかには負けない!」


「そうか、なら試してみるかの? ――暗黒球シャドーボール!」

「戦舞――間欠泉かんけつせん!」


 見上げる程の巨大な漆黒の球を掌から放つフォボス! ユズキはフォボスと自身の間に巨大な水柱を出現させ、暗黒球はそのまま水柱に吸い込まれる! ユズキは畳みかけるようにその場から旋回し、蜂が獲物を刺すかのような舞でフォボスへと迫る!


「戦舞――水扇撃翔すいおうげきしょう!」


 Cランク魔獣を牛獣人ミノタウロスの分厚い体躯を斬り刻んだ、重く鋭い連撃でフォボスへ攻撃を仕掛けるユズキ。しかし、フォボスは扇からの水撃をいなし、腕で受け止める。最後の一撃が暗殺者の胸へと入り、フォボスの身体が後方へと吹き飛ぶ! 手応えがあったかのように見えたのだが……。


「それでしまいか? では次はこちらからいくぞ」


 (今のでノーダメージ……なんて強さだ……)


「お主に本当の恐怖というモノを教えてやろう」


 次の瞬間、ユズキの全身は重く肌に絡みつくような空気が圧し掛かり、首が死神の鎌によって撥ねられた。ユズキの首は地面へゴロリと転がり、首から上を失った自身の身体を二つの目玉が捉える!


 ――なっ!?

 

 呼吸が激しくなり、全身から汗が止まらない。そう、ユズキは首を撥ねられた訳ではなかった。恐怖により、映像を見せられたのだ。両手で胸を押さえ、呼吸を整えようとする。フォボスが見せたのは、恐怖による死の映像だった。


 (くそっ、くそっ! 今完全に死んで・・・いた……これが恐怖による支配!)


「どうじゃ、一度死んだ気分は?」


 気づくとフォボスがユズキの真横に移動しており、耳元で囁かれる。慌てて扇で水撃を加えようとするが、軽くいなされ、逆にお腹に巨大な漆黒の球を入れられ、ユズキの身体が吹き飛ぶ!


「ぐはっ!? くそっ……!?」


 (レミリアの妖気力に守られていなければ、確実に消し飛んでいた……)


 倒れた状態でフォボスを睨みつける。圧倒的な負の妖気力フェアリーエナジーを黒い蒸気のように肩から醸し出し、悠然とした姿でゆっくり近づく暗殺者。余裕の表情はユズキを殺そうとしていない。殺すならいつでも殺せるのだ。弄ぶ最狂の相手に彼は歯を食いしばる。


「矮小な人間よ、諦めぬようじゃから教えてやろう。儂は妖精ではない。恐怖支配メトゥスドミネイドの妖魔――フォボス。分かりやすく、お前達が指定する魔物・・ランクにするとAランクじゃよ」

「Aランク! ……しかも妖魔だって!?」


 妖精界において、魔の力により妖気力フェアリーエナジーが汚染され、負の妖気力に侵され、産み出された魔物を妖魔という。眼前の敵は、ユズキが今まで対峙した事がない、一度に町一つ破壊出来る程の力を持つAランクの相手。普通に考えてユズキが勝てる相手ではなかった。


「さて、余興もそろそろ終わりの時間じゃの。面白いモノを見せて貰ったよ。じゃが所詮人間は人間。儂の相手ではないの」


 フォボスがそう言い終わった瞬間、片手を天へ向かって翳し、先ほどの何倍もの大きさの漆黒の球を創り出す。ユズキの額から汗が滴り落ちる。


「……僕は……こんなところで終わる訳にはいかないんだ!」

「いや、お主はここで終わりじゃよ。――獄滅暗黒球ヘルズシャドーボール!」


 周囲全ての闇を吸い込んでしまうかのような巨大な魔力弾は、空間全てを無に帰す程の力を充分に備えていた。


 (僕は……ここで終わってしまうのか……)


 脳裏にレミリアや肉テロパーティ……様々な者達の顔が浮かぶ。


 ――ユズ君! 私がついているわ、大丈夫よ!

 (でもレミリア……君と僕の力だけじゃああいつに敵わないみたいだ)


 大切なレミリアの笑顔が脳裏に浮かぶ。


 (駄目だ……僕が負けるとレミリアも……みんな殺られてしまう……)


 だんだんと迫り来る巨大な闇。闇はユズキの身体を呑み込んでいく……。

 深く深い、光の届かない深海に解き放たれたかのように、無の空間に包まれる。


 (……静かだ……このまま消えてしまうのだろうか……)


 レミリアの桃色の妖気オーラも、彼の美しく蒼い髪も何も見えない。

 遠くから誰かの声が聞こえる。



『この子には苦労を――――――な。本当にこれでよかったのだろうか?』

『――ユズキは私達の子供、ユズキ・ルーシアなのです。この子には私達の愛がいっぱい詰まっている。だから―――――――です。――――ンです!』


 (今の声は――)


 誰かの声が聞こえた。目を閉じると、闇の奥――更にずっと奥……一筋の光が見える。やがて光が少しずつ大きくなり……。


 深く深い闇の中、彼は空色の瞳を見開いた!

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