第31愛 そうだ! 野生に還ろう!
「うぐいすお姉様ぁ……どうしてうぐいすお姉様はうぐいすお姉様なのですか?」
姉の頬に細い指を添え、どこぞのお伽噺に出て来そうな台詞を囁く妹くの一。
「さくら……誰が見ていようとも私達の燃えるような情熱は、止まる事を知らないのん」
妹の細い指へ自身の指を絡ませ、両手を絡ませたまま顔を近づける姉くの一。鶯色のポニーテールと桜色のツインテールは磁石のように引き寄せあう。
「あのーー、あのーー、すいませーーん。この状況、どうにかしてもらえるかしらー?」
いつものように
「
「といってもあたしの毒で身体が痺れて動けないハズなのん」
そう、あの路地裏で気を失った後マリンは、気がつくと石壁に囲まれた部屋に獣と人の境目も剥き出しにされた状態で拘束されており、自身に手をかけた筈のくの一は何故か百合百合たいむに興じていたのである。
「あんた達……毎回登場の度に同じ事してたらそのうち飽きられるわよ?」
「そこに関しては心配いりません」
「あたしらの愛情表現の数は煩悩の数を超えるのん。なんならお姉様やユズキ様を交えるから心配いらないのん」
(いやいや、それは余計に危険でしょう)
そう思いつつ、溜息をつくマリン。普通ならこの格好で拘束されていたなら大変な事になっていてもおかしくない。しかし、彼女は傷ひとつついていないのだ。
(裏切った……にしてはこの扱いは異常ね)
「あんた達は私をどうしたいわけ?」
マリンがそう問いかけると互いに絡ませている指をようやく解き、彼女の傍にくの一姉妹が近づく。
「マリンさんには
「簡単ですのん。あとでマリンさんの林檎もじっくり堪能するのん。それまであたしらを
くの一姉妹は一見ただただ百合発言を繰り返しているように見えたが、マリンは事の本質を見抜いていた。
「なるほど……暗殺が終わるまで私を拘束する事が目的って訳ね?」
マリンが目を細めると、うぐいすの表情が変わった。
「さすがマリンさんなのん。何でもお見通しなのん」
マリンが動けないのを言い事に、うぐいすは自身の指でマリンのお腹から胸の下をゆっくりなぞっていく。そして、林檎の膨らみの突起部分を優しく指でツンッと弾く。
「……くっ」
「マリンお姉様、いい表情なのん」
一瞬表情を変えたマリンに満足そうな笑みを浮かべるうぐいす。姉くの一の表情に猫妖精は、これ以上責められないよう話題を変える。
「で、うぐいす、さくら、貴女達はどっちの
マリンの質問にくの一姉妹が即答した!
「それはユズキ様に決まってます!」
「ユズキ様に決まっているのん!」
「え?」
「「え?」」
予想だにしない回答に、
「いやいやいや、何をおっしゃいますか、暗殺者さん。私をこうして拘束しているじゃなの?」
「それはフォボス様の命令だから仕方ないのです」
「そうなのん。あたしらはユズキ様のモノだけど、フォボス様の命令は絶対なのん」
その言葉を聞いた時、足りないパズルのピースが揃ったかのように、マリンの中にあった靄が取り除かれ、彼女は全てを悟ったかのように笑みを浮かべた。
「なるほど、そのフォボスって主の
「え? 洗脳ってなんの事ですか?」
「あたしらはフォボス様に従っているだけなのん。」
(無自覚か……思ったより厄介ね)
そう思ったマリンは質問を変える。
「ねぇ、フォボスの目的は王の暗殺なの?」
「詳しくはあたしらも知らないのん。暗殺は主が依頼を受けただけなのん。でも主には別の目的があるみたいなのん」
どうやら言葉への制限を受けている訳ではないらしく、ユズキの味方という気持ちも本心らしい。二重スパイらしくペラペラと敵の内情を話すうぐいす。
「そうなのね。で、そいつが今、王の前に居る……と」
「恐らく王の命は尽きるのん。王の命なんてどうでもいいのん」
「私はうぐいすお姉様と一緒ならそれでいいのです」
彼女達の言葉から重要要素が抜け落ちている。マリンは限られた情報を基に、最善の策を構築する。
「そう、残念だわ。じゃあ貴女達が私を拘束したせいで、
「なっ!? そんな事がある訳ないのん」
「計画は完璧なハズです」
うろたえる姉妹の様子を見てマリンが口角をあげる。
「嘘だと思うなら、夢都浮遊庭園で王と消失したのが誰か、仲間に聞いてみたら? あーあ、私が拘束されていなければ違った結果だったろうに……今頃ショコラちゃんとユズキ君はそのフォボスってやつに……哀しいわ……」
もちろんユズキ達はそう簡単に殺られる筈がないとマリンは信じていた。ノゾミやツカサ、夢見の巫女も居る。だからこそ彼女は、姉妹にカマをかける。
「そ……そんな……ユズキ様が巻き込まれるなんて聞いてないのん!」
「でも……お姉様……フォボス様とユズキ様が対峙したならユズキ様に勝ち目はきっと……」
「あたしは悪くないのん!」
「でも……!?」
首を振り自身の考えを否定するうぐいす。そんな状況でもさくらとうぐいすが互いの指と指を絡ませようとするものだから、マリンの堪忍袋の緒が切れる。
「分かったらさっさと拘束を解きなさい! あたしがそのフォボスを止めるから!」
「そ……それは駄目なのん……フォボス様に逆らったら……あたしら恐怖で殺されてしまうのん!」
「嗚呼……思い出しただけで震えて来てしまいます……」
その様子を見たマリンがゆっくりと周囲の空気を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「もう貴女達には頼まないわ。残念ね、そいつの恐怖での支配より、ユズキ君の寵愛の方が何倍も幸せで気持ちいいでしょうに。あ、服は後で取りに来るから、そのままそこに置いておいて。さ、私は行くわね。じゃあね」
「え? 何を言って……行くって何処へいくのん」
「マリンお姉様は拘束されて動けない筈です」
その瞬間、猫部分の毛が逆撫で、黄色く美しい髪が下から風を受けたかのように巻き上がる! 腕と脚が隆起し、彼女は両目の瞳孔を見開いた!
「――
次の瞬間、バチンっと彼女を縛っていた手枷と足枷が外れ、人の形を成していた彼女が四つん這いの状態となり、全身が眩い光に包まれる! 光が収まると、そこに黄色い髪を鬣のように残したまま、猫妖精時より三倍近くの大きさになった純白の毛並が美しい魔獣が光誕したのだった――――
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