第29愛 愛は彼女を救う
この世界の何処か……まるで日常から切り離されたかのように空間に存在する赤茶けた大地。夢都冒険者協会の受付嬢――ショコラの夢渡により、連れ去られたブライティ王を追いかけ辿り着いた場所。正気に戻ったショコラとユズキに声をかけた者は、吸い込まれる闇を纏った漆黒のフードを被り、ニヤリと嗤う。
「お、お前はあの時の……!」
「
「――ユ、ユズキさん逃げて! 妖気弾――
ユズキを庇うかのようにショコラがフードの男へ向け、白い閃光と共にバチバチと火花を帯びた透明の球を放った……のだが!
「誰が主に逆らえと命じた!」
片腕で軽く妖気の球を弾き飛ばし、ギロリと男がショコラを睨みつける! ユズキの寵愛を受けた際の恍惚な表情とうって変わって、彼女は全身をガクガクと震わせ、上歯と下歯の振動を止められず音を立てる。モフモフの尻尾が痙攣したかのように震えると、そのまま膝から崩れ落ち、涙を流し、
「……フォボス……様……申し訳ございません……」
(フォボス? あいつの名前か……!?)
「あんた何者だ? ショコラに何をした!」
「まぁまぁ、落ち着け。儂の名はフォボス。その雌狐の夢渡は利用価値があったからの。ちょっと〝恐怖〟で精神を支配してやっただけよ」
食ってかかるユズキの啖呵に動じず淡々と答えるフォボス。明らかに今まで戦って来た相手とは違う。異常なまでの負の
「恐怖だって……!? じゃあ王もあんたの能力で……」
「嗚呼、あれか……王を縛っているのは儂ではないぞ?」
フォボスがパチンと指を鳴らすと、王の
「拙者は
「あんたら……これだけ有利な状況で、どうして
ユズキの扇を持つ手が汗で滲む。頭を回転させ、今ある状況から言葉を絞り出す。
(王の命が目的なら疾うに命は尽きていた筈。王はまだ生きている。何か考えがある筈だ)
「くっくっくっ、気づいたか。そうじゃ、王などいつでも殺せる。殺さない理由は二つ。一つは王に聞きたい事があったから」
その瞬間、フォボスが漆黒のフードとマントを脱ぎ捨てる。闇に染まったしわがれた顔。頬には刀傷の痕がついていた。
「もう一つは、少し羽虫と遊んでやろうと思ってな!」
全身から放たれる場を圧倒する
「ユズキさぁーーん。ダメですよぉーー? フォボス様に逆らってはいけません! さぁ、全てを忘れて私と愛し合いましょう? そしたら、ユズキさんを殺さないであげます」
瞳から色を失ったショコラが薙刀を振い、フォボスとユズキの間に立ちはだかる。
「くっ、ショコラ! やめるんだ!」
寵愛の光も届かない。精神をフォボスに支配されてしまっているようだ。虚な表情のままショコラがユズキを攻め立てる! 水流を帯びた扇で薙刀を弾くも、彼女はあろう事か、ユズキをそのまま押し倒し、吐息を荒くしたまま尻尾を振り、まるで発情した犬のように馬乗りになった。
「ユズキさぁーーん。おとなしくして下さいねぇーー」
ショコラが強い力でユズキの腕を押さえつけ、彼の服を剥ぎ取る。そして、自身の服を脱ごうとした瞬間……。
「ごめん、ショコラ! ――
押さえつけていた腕が離れた一瞬の隙を突き、ユズキが掌から放った
「おとなしくしてと言った筈ですよ? 悪い子はおしおきしないとですね……」
「ショコラ、後で元に戻してやるからな!」
ショコラが近づこうとした瞬間、ユズキは目を閉じ、詠唱を始める。ショコラとユズキの様子を静観していたフォボスが『ほほぅ……』と声をあげた。
「
彼の足下、桃色の魔法陣が地面に出現し、淡い光が空間を侵食する! それは
魔法陣から放たれた桃色の光――光の中から美しいブロンド髪を靡かせ、使役されたユズキの
「ユズ君ーー心配したわよぉおおおーー無事でよかったぁーー」
「……んくっ、レミリア、息が……」
「はぅうううん! ユズ君のがくるぅううう! イキナリ激しすぎよぉーーユズ君!」
「あ、しまっ、ごめん、戦闘中から強制発動したみたいで……」
愛しい
「ユズ君ーー、いいのよぉお……それに
「いや違っ、これはショコラが……」
上半身の服を脱がされた状態だったため、レミリアが恍惚な表情のまま勘違いをしたため、慌てて否定するユズキ。ユズキがショコラの名を告げた瞬間、それまで口を開いていなかった妖狐がレミリアへと話しかけた。
「ねぇー、レミリアお姉様ぁ? どうして私とユズキさんの邪魔するんですかぁー?」
「ショコラ! 貴女どうして
彼女の虚ろな表情が、レミリアへ異変を気づかせる。
「レミリア、あいつの仕業だよ。やつの名はフォボス。どうやらやつの能力は恐怖による支配らしい」
「あれ……
その場の状況を愉しむかのように静観していたフォボスが、ようやく口を開く。
「つくづく面白い者達よのぅーー。夢渡は儂の部下が封じておったろうに。まさか
「へぇー、じゃあ夢渡をあっちで封じていたのも貴方の部下って訳ね。でも弥生様がいる以上、貴方の計画は失敗に終わるわよ?」
レミリアがフォボスへそう告げると、フォボスは掌を前へ翳す。この時、背筋が凍るような何かがレミリアの全身を駆け抜け、脳裏に自身の胸を漆黒の刃が貫き、血飛沫が舞う様子が浮かんだ! 全身を痛みと恐怖が駆け巡る! 息が苦しくなり、声にならない声をあげるレミリア。
「……え……あ……嗚呼……ああああ」
「レミリア! どうした!」
「くっくっくっ、お前の
余裕の表情で一歩一歩近づくフォボス。レミリアの膝がガクガクと震え、全身の穴という穴から汗が滴り落ちる。
「レミリア! 俺の目を見ろ!」
「ああ……あああああ……ユ……ユズ君!」
レミリアが彼の瞳を見た瞬間、凍えるような寒気を包み込むかのように、彼女の身体に温かいモノが入って来る。
「ユズ君……嗚呼……ユズ君の温かい者が私の中にぃいいいい!」
「お前は俺のパートナーだ! あんな奴には奪わせやしないさ!」
レミリアの身体が桃色の光に包まれ、そのまま引き寄せあうかのように
「ユズ君……愛しているわ!
桃色の光はユズキへと移り、ユズキは美しく蒼い髪を逆撫でた状態でフォボスを睨みつける!
「儂の恐怖を撥ね退けただと……!?」
「そんな恐怖に、僕等の愛は負けないよ」
扇に水を纏わせたユズキがフォボスと対峙する!
「ユズキさぁーん、私にもーーそれちょうだーーい」
「あら、ショコラちゃんだめよ? 私のユズ君を寝取ろうとしたんなら、ちょっとお仕置きしなくちゃね」
ユズキの愛を受け取り、心なしか肌も艶やかになったレミリアが、うっとりした表情のままショコラへ笑いかけた。
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