第28愛 水戟はもぐもぐタイムの後で

「嗚呼……至福」


 目を閉じ、幸せを噛み締める人間界の中華服チャイナドレスを模した格好をした女性。ツカサは串に刺さった肉を頬張り、頬に手をあて〝もぐもぐタイム〟を満喫していた。


皇帝牛馬ジェネラルミノホースのような高級肉ではない、だがそれもいい」


 露店で買う牛馬ミノホース。香辛料を大量に塗されただけの野性的な味。だが、こういった祭り事の場で食べるこの串には、妖精や人を惹きつける魅力的な味があるのである。ツカサはそれを理解した上で、この牛馬串の味を堪能しているのであった。


 シュイーーーン! ――――


 夢都浮遊庭園にて、標的ターゲットへ向け放たれたノゾミの射撃が、黒き流星のように上空を駆け抜ける! どうやら彼女による殲滅・・が始まったらしい。こうなるとノゾミは誰にも止められない。


 (そろそろ私も出番)


 ツカサは露店で買った牛馬ミノホース串、最後のひと口を頬張り、もぐもぐタイムを終了する。ノゾミが標的の殲滅を開始した事を目視・・で確認しつつ、ツカサは監視していた夢の都中心部より、夢都浮遊庭園へ向け移動を開始していた。


 (恐らくマリンも移動を開始している筈。マリンと合流し、王の無事を確認する事が先決)


 ノゾミの強さを信頼しているツカサは、今自身がすべき事を考え、夢の都を駆け抜ける。そして、視界の隅に、矢を放つノゾミが居る方向へ奔る誰かの姿を捉える。


「あれは」


 夢都浮遊庭園へ向かっていたツカサが方向転換し、誰かの後を追う。





★★★


「ちょっと! どうなってるの! あいつ、能力アビリティ封じたんじゃなかったの!?」


 燃えるような赤い髪が焔のように揺れる。露出度の高い鎧――ビキニアーマーを纏った女性が、街を抜け、黒い閃光が放たれる先へ向かっていた。


「ふふ……ローストが能力アビリティを発動したなら、必ずそれを止める者が現れる。あんたの言った通りね」


 高速で駆け抜けていた彼女の顔へ向け放たれた蹴りを素早く引き抜いた刀身により受け止める。回転しつつ受け身を取った彼女の前に、蒼く短い髪の格闘妖精が立っていた。


「ちょっとぉー邪魔しないでくれる? あの黒い閃光止めないとローストが文字通り丸焼けローストになっちゃうでしょう?」

「ロースト? 能力アビリティ封じはそいつの仕業? そう、そいつの仲間なら、私は任務を遂行するのみ」


 格闘妖精――ツカサが独特の構えで赤髪の女性を出迎える。その姿を見た女性は、右下へ剣を払い、笑みを浮かべた。


「へぇー、さっきの高速移動にその構え……確か、〝水戟のツカサ〟ね。面白いわ。私はシェイクって言うの。相手してあげる!」

「興味ない」


 赤髪の戦士、シェイクが素早く旋回、斬り上げ、突き出しと連続した剣戟を加える。ツカサは上体反らしで鋒を交わし、振り下ろされる刀身を右腕・・で受け止める。彼女の右腕は斬り落とされる事はなく、右腕に纏っていた水流が弾けると同時に、両者は距離を取った。


「そう、そうやって水を纏って防御も出来るのね。便利な技ね」

「それだけではない」


 ツカサが力を籠めた瞬間、両手に収束された水が鋭い刃の形を成す。流れるような剣戟に対して両手から放つ水戟による刃。水飛沫が舞った瞬間、ツカサがしゃがんだ状態から剣を突き出した腕を蹴り上げ、一瞬シェイクの態勢が崩れる!


水劉拳すいりゅうけん――水撃掌すいげきしょう!」


 圧縮された水流が一気に爆発し、シェイクの身体を吹き飛ばす! 片手でお腹を押さえ、口から血を流した戦士がツカサを睨みつける!


「ちょっと! 鎧に守られてないデリケートな乙女のお腹を狙うなんて卑怯よ!」

「貴女がそんな格好をしているからいけない」


 淡々と任務を遂行するツカサに死角はない。最早どちらが暗殺者か分からない状況に見えた。ゆっくりとシェイクへ近づいていくツカサ。しかし、赤髪の戦士は不敵に笑い、地面へと刃を突き立てる!


「ただの戦士と思って嘗めないで貰えるかしら? 隆起土撃ダクドライズ!」

「……土属性魔法!」


 隆起した地面が一瞬にして爆発を起こし、ツカサへと襲いかかる! 地面へ広がる魔力を瞬間的に感知し、飛び上がったツカサだったが……。


「――大地閃刃アーススラッシュ!」

「かはっ!?」


 赤銅色に光る刃が空中へ浮かぶツカサを一閃し、彼女が地面へと叩きつけられる! 両腕を交差させ防御しようとした彼女だったが、土属性の力を帯びた剣戟は、纏った両腕の水刃を打ち破り、周囲に血飛沫が飛散した。内臓をやられたのか、口から血を吐き出すツカサ。


「形勢逆転。あっけないわね。終わりよ……水戟のツカサ」

「そんな力がありながら、なぜ暗殺者になった?」


 土属性の魔力を刀身へ籠め、地面に横たわるツカサへ迫るシェイク。


「何よ、命乞い? そうね、気まぐれよ? 強いて言うなら、私の力を欲している者が此処にしか存在しなかったから……かしら?」

「そう……それは残念」


 そう告げたツカサは観念したのか目を閉じる。その姿を見て満足そうな笑みを浮かべ、刀身へ土属性の魔力を籠めるシェイク。


「最後に言い残す事はない? 水戟のツカサ」

「――終劇」 


 それは突然の出来事だった。ツカサは目を閉じたまま横たわり、全く動いていなかった。にも拘らず、シェイクは背後からの不意打ちに目を見開き、そのままツカサの横へと倒れてしまう。倒れて初めて女戦士シェイクは、周囲の異変に気づく。シェイクとツカサの周辺には幾つもの巨大な水泡が光を乱反射させたシャボンのように煌めきを放ち、宙に浮かんでいたのである。


 シェイクは刹那出現した水の塊から慌てて距離を取る。その様子を視ていたかのように、ツカサは目を閉じたまま立ち上がる。


「何よこれ……何なのよ!」

「この空間は既に、私の魔力に満ちている。戦いの最中、大気に含まれる水へ私の魔力を籠めた。貴女はもう終わり」


「おのれ……水戟のツカサーー! ――大地閃刃アーススラッシュ!」

水劉拳すいりゅうけん! ――水砲爆裂陣すいほうばくれつじん!」


 土の魔力を籠めた一閃を放たんとするシェイクへ周囲を覆っていた水泡が戦士の身体へ激突し、連続した爆発が起きる! 水泡が弾けた瞬間、圧縮された水が水流となり渦巻き、水蒸気が巻き上がる。やがて、水流が収まり視界が晴れた時には、シェイクの姿は跡形もなくその場から消えていた。


「あの力……暗殺者にしておくには勿体ない」


 指を揃え、片手を胸の前へ出し、お辞儀をするツカサ。赤髪の戦士――シェイクと水戟のツカサ。彼女達の戦いを視た者は誰も居ない。

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