第17愛 忍び寄る暗殺者

 ユズキとレミリアのマリン達による訓練は日々続いた。ユズキはツカサより接近戦による回避の仕方や変則的な攻撃の動きを学び、レミリアはノゾミから魔法や能力アビリティの使用するタイミングや戦闘中の動きを改めて学ぶ。特に、普段荷物を運んだり、移動に使っていた夢渡りを戦闘に使うスタイルは斬新だった。慣れて来ると、瞬間移動により背後から敵を襲う……なんて事も可能になるのだ。


「最初の頃よりは……だいぶマシになったかな」

「私も、ユズ君の〝寵愛〟なしでも以前より戦えるようになって来たわ」


 この日、訓練を終えたユズキとレミリアは、冒険者協会を出て、蒸気風呂により火照った身体を冷ますため、いつもの大通りを通らず裏通りを歩いていた。たまにはいつもと違う道で帰ろうかという気分転換だ。マリン達はにくテロのため、ジューシーお肉の丸焼きが有名なお店へ行くとの事で今日は別行動だ。


「なんか〝ドリスタ映え〟とか言っていたけど、夢端末ドリームアンドロイドって面白いのかな?」

「依存性もあるみたいだし、めた方がいいわよ、ユズ君」


 夢妖精は夢渡りを使い、夢見の回廊という〝実在する仮想空間〟に入る事が出来るため、夢端末はそもそも必要ないのだ。端末を使って空間上にある情報を交換する行為は、夢妖精にとっては不思議でならなかった。


「僕は……気持ち分かるかも。孤児院で過ごしていた時も、周囲が優しくしてくれたからよかったけど、一人は寂しいものだから……」

「そっか。ユズ君は幼い頃しか親と過ごした記憶がないんだったわね」


 夜風は火照った身体には心地よく、穏やかな気持ちにさせてくれた。懐から取り出したを握り、ユズキは物思いに耽る。


「……母親の笑顔が今もうっすら脳裏に残ってるんだ。父親も優しい印象の人だった。ただ、その日、僕はいつの間にか孤児院の前に倒れていたみたいで、前後の事は覚えてないんだ」

「それで自分が冒険者になって強くなったら、冒険者である親に会えるかもしれない……だったわよね?」


 優しい笑顔でユズキを見つめるレミリア。


「うん……そうだね。この扇だけが、僕と母親を繋ぐ唯一の手掛かりだから……」

「そっか。大丈夫よユズ君、私もずっと一緒に居るから」

 

 (それまでは私がユズ君の保護者になってあげるね……)


 心の中でそう思うレミリア。やがて、裏通りの奥、人通りのない路地に入ったところで、二名ふたりは立ち止った。


「……レミリア」

「……ええ」


 暗闇の中、上空より振り下ろされた鋭利な刃がキラリと光り、ユズキの美しく艶やかなマリンブルーの髪が数本はらりと落ちる。初撃を交わされた事で、上空から舞い降りて来た何かは再び距離を取る。


「雷火――地奔り!」

「避けろ! レミリア!」


 ユズキを襲った者とは別の手練れが地面に手を置くと、ユズキとレミリアへ向かって蒼白く光るいかづちが地面を奔った。慌てて左右に飛び、避ける二名。


「へぇーー、二名共初撃を交わして衝撃なのん。……ってよく見ると可愛い顔してるのん」

「お姉様! 早く片付けてしまいましょう! 参ります!」


 だんだんと闇に慣れ、視界がはっきりすると、そこには鶯色と桜色の美しい髪をそれぞれ桃色の頭巾で覆い、忍び装束を身に纏った女妖精がユズキとレミリアを挟み撃ちにしていた。


「大人しく死んで下さいなのん!」

「……君ら……暗殺者か!?」


 ユズキの言葉に返答する事なく、鋭く尖った刃を突き立てる女妖精! 首元を狙った攻撃を交わし、水流を纏った扇で弾くと、水圧により相手の身体が後退する。鶯色のポニーテールが揺れる。


「お姉様! 死ねっ!」 

「確か、忍びと言われる者達が使う〝くない〟とかいう武器……!? ユズ君、この子達やっぱり暗殺者よ! 気をつけて!」


 電流を帯びたくないを杖で受け止め応戦するレミリア。刹那、夢渡りで敵の前から姿を消す。 


「なっ! 消えた!」

「――童夢音波ドリームウェイブ!」


 ノゾミとの訓練で覚えた戦術を実践で使うレミリア。背後からの目に見えない攻撃により、一瞬相手の膝がガクンと落ちる。


「大人しく眠っていて下さい……甘味妖霧スウィートミスト!」


 経験を積んだ相手に眠りは効き辛いが、弱った相手の動きを鈍らせるのには充分だ。そのまま手をつき動けなくなる女妖精。桜色のツインテールが地面に触れる。


「ちっ、君の相手は後回しなのん!」

「何っ!?」


 しかし、妹のピンチに姉が動く! 目にも止まらぬ速さでユズキの前からレミリアの元へと移動し、刃を突き立てる! 夢渡りが間に合わず、回避した太腿へと刃が入る。その瞬間ペロリと舌舐めずりをするポニーテールの暗殺者。


「終わり……なのん」 

「うぅ……!?」


 傷口が紫色の痣となり、赤い血が流れる。痣が少しずつ広がっていくのがわかった。


「レミリアーー! くそっ!」


 レミリアの下へ駆け寄るユズキ。彼女はユズキの顔を確認し、力なく笑う。


「ユズ君……身体に力が入らない……私もうダメかも……」

「お前、レミリアに何をした!」


「ふふふふ……それは魔獣や黒蛇の牙から創り出した神経毒よ! その子は数分であの世逝きなのん。大丈夫、君もすぐに同じ場所へとイカせてあげるのん」


 ポニーテールを揺らし、毒を塗ったくないでユズキへ迫る暗殺者。絶体絶命……と思える光景。だが、青年の瞳は怒りに震えていた。


「……お前の思うようには……させない!」


 怒りに震える状態で目を閉じ、カッと見開くユズキ。


「……えっ、なっ、なんなの……これぇっ!?」


 (待って……精神攻撃による鍛錬は積んで……でも、この全身にじんじんと伝わるこの疼きはなんなのぉ!?)


 標的を眼前にして身体を震わせ身悶える女妖精。首を振り、自らの内部より湧き上がる快感と葛藤している。


「もう大丈夫だよ、レミリア」

「……ユズ君……熱い……ありがとう……このまま天国へイケるわ……」

「馬鹿! レミリア、僕が助けるから! 大丈夫だよ!」


 レミリアをそっと抱きかかえるユズキ。力なく笑うレミリアは、そのまま気を失ってしまう。


 (まだ間に合う……! レミリアは絶対助ける、そして、こいつらを止める、それだけだ)


「くそっ、こんな辱め……許さない……殺す! 君はその子と一緒に天国へ逝くのん!」

「……天国に逝くのは……お前だよ」


 ユズキの瞳が怒りの炎を宿した!

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