第5話 猫被りの質問のような尋問

「先生、俺聞きたいことがあるんですけど聞いていいですか?」

「まぁ今は落ち着いてるから大丈夫だぞ、何だ?」


 周囲を警戒してくれている滝本先生に向かって、好川は不意にそんな質問を投げかけた。


「まず、先生達はどこまで把握してるか教えてもらえます? 俺達ってすぐ体育館に入れられたんでほとんど状況わかってないんですよね」

「そう言うわりにはえらく行動的だと感じたがな? まぁいい。とは言っても俺達もお前達とさほど変わらん。気づいたら学校の周辺が森に覆われて、生徒達がパニックを起こす前に体育館に集めた。その後、周辺を調べようと思ったらこいつ等が校門に押し寄せてきたからな」


 滝本先生はそこらじゅうに転がってるゴブリンらしき生き物を親指で指さしながらそう言う。


「そうなんです。そのはずなんですよ……でもそれにしては明らかにおかしくないですか?」

「何がだ?」

「これですよ」


 好川はそう言いながら両手を左右に大きく広げる。

 なるほど。

 好川の言いたいことは理解できた。


 確かに変だ。

 とは言え、よくこの状況でそこまで冷静に頭が回るな。

 正直感心してしまう。


「これってのは、この襲ってきた生き物の事を言ってるのか?」

「そうです。より正確にはその生き物の死体、ですが」

「その死体がどうしたって言うんだ?」

「この数ですよ? 一般常識で考えれば、何の戦闘訓練も受けていない人間が倒しきるのは無理だと思うんです。仮に倒しきれたとしても、もう少し先生方に疲労感が見えるはずなんですよね? ですが滝本先生や先程までいらっしゃった坂口先生は軽い運動をした程度の疲労感にしか見えませんでした。勿論坂口先生と一緒に行かれたお二方は凄まじく疲労している様子でしたが、それはまた別の理由だと思われますから」


 好川の言う通りだ。

 滝本先生は俺達と同じだと言うが、それにしては明らかにこの世界に対する適応速度が違う。

 この生き物だってそうだ。


 確かにぱっと見で危険な感じはするが、それにしても対応が早すぎる。

 俺達がここに来るまでの敷地内にこいつ等どころか、こいつ等の死体すら無かったのがそれを十分に物語っている。


 まるで事前にこうなる事を知っており、先んじてこの世界での戦い方を学んでいたかのような……

 そんな印象を受けても仕方がないというものだ。


「確かに普通ならお前の言う通りだろうな。だがもう普通じゃないんだよ。俺も、恐らくお前も。まぁ少し見てろ」


 滝本先生はそう言いながら左手をわざとらしく前に出す。

 次の瞬間、先生の左手の上にサッカーボール大の火の玉が突如として出現した。


「なっ!」

「……それが普通じゃない理由ですか?」

「そうだ。創作物等でよく聞く、って奴だ」


 俺は思わず驚きの声を漏らしてしまう。

 勿論体育館内で聞き集めた情報で魔法があるのは知っていた。

 だがやはり実際に目にすると驚きが勝る。


「これを使う事でこいつ等をある程度簡単に仕留める事が出来た。それにこいつ等を仕留める事で、職業のレベルとか言うのが上がってスタミナが増えたように感じるな」

「なるほど。戦っているうちに先生自身も強くなり、より戦いが楽になっていったと」

「まぁそうなるな」


 先生の話から推察するに、職業にはレベルが存在しておりそれをこの生き物を倒す事で上げる事が出来るという事なんだろう。

 そしてレベルが上がればその人自身強くなる、と。


 しかしこれを他者に教えるのはかなり危険かもしれないな。

 この生き物を仮に今後ゴブリンと呼称するとして、果たして倒してレベルが上がるのがゴブリンだけなのかという話になってくる。


 勿論この森の先にゴブリン以外の生き物が存在している可能性も十分にあり、その生き物達も言ってしまえば経験値になり得るだろうと思う。

 だが問題なのは、はどうなのか? という話だ。


 正直言ってしまえばこちらを襲ってくるゴブリンを倒すより、人間の寝込みを襲う方が圧倒的に楽で簡単なのだ。

 つまりは命がけのゴブリンとの戦闘を避け、安全に人を殺しレベルを上げる……そんな人間が現れても可笑しくないという事だ。


 クッソ……

 今後安心して寝るのは難しくなりそうじゃないか!


「先生方がこの生き物をこれだけ倒せた理由はわかりました。そうですね、では聞き方を変えましょう。戦い以前に、先生方はどうしてとわかったんですか?」


 好川の言葉に、滝本先生の表情が一瞬強張る。

 このゴブリン達がここに現れるのがわかっていた?

 どういうことだ?


 確かに俺も先生達の行動が先を行っているような気はしたが、ゴブリン達の出現を先読みしてたなんて考えもしなかったぞ。

 それに好川は明らかに確信があるかのような言い方だった。


 一体これまでのどこにそう確信する要素があったというのだ!?

 それにコイツ先程から口調と雰囲気が変わってやがる。

 コイツも俺と同じく猫被ってやがったな。

 

「……何を言ってるんだ好川? そんな事わかってたはずないだろう? ただ偶然こいつ等が校門に見えたから怪しいと思い近づいたら攻撃してきたんで、反撃してたらこうなったんだ」

「では聞きますが、その時の怪我はどれですか? 偶然居合わせたのなら等の道具は持っていなかったはずです。どれだけ先生が強い力を持ってるかは知りませんが、それでも先生は一般人です。軍人等ではなくただの一般人のはずです。そんな先生が偶然この生き物に鉢合わせて襲われた。そんな偶発的な状況では訓練を受けていない人間なら瞬時に反撃に移るのは難しいはず。運よく初撃を躱せたとしても体勢が崩れ、多少の怪我を負うはずなんです」


 好川の口からはまるで滝本先生を問い詰めるかのようにスラスラと言葉が出てくる。

 コイツ……もしかして俺よりも猫を被るのが上手かったんじゃないか?


「ですがそうですね。先生がこの生き物が怪しいと思い近づいた事を考慮しまして、即座に対応できたと仮定します。ですがその場合、この生き物の血が多少なりとも校門より内側にあるはずなんですよ。ですがここに来るとき見た限り、それらしきものは一切無かった。それどころか、校門付近はとても綺麗だ、凄まじい戦いがあったなんてとても思えない。……まるで、この生き物がかのようだ?」


 そう言い切った好川は、真剣な表情で滝本先生を見つめる。

 それに対して滝本先生は無言で好川を見つめ返す。

 確かに言われてみればそうだ!


 敷地内にゴブリンの死体が無かった事ばかりに気がいっていたが、これだけの戦いのわりに校門付近が綺麗すぎる。

 凄まじい戦いの痕跡があるのは、どちらかと言うと突如現れた森側よりだ。


 確かに偶然にしては不自然……

 一体いつから気づいてたんだ!?

 コイツ冷静に状況を俯瞰出来過ぎじゃないか?


「まだ必要でしたら、あそこに倒れてるの話をしましょうか? 流石にアレは偶然持っていたってのは不自然過ぎますから」

「……わかった、俺の負けだ。クソ。並木先生もせめてさすまたぐらい隠しておいてほしかったな」


 滝本先生は好川が指さした先にあるさすまたを見て、お手上げという風に両手を上げ、軽く首を振りながらため息まじりにそう言った。

 気づかなかった……


 状況について理解するのに必死で、あんな所にさすまたが転がってるなんて全く分からなかった。

 にしても負けって事は、好川の言ってた事が正しいという事か?


 つまりこのゴブリン達がこの場に現れるのを先生達は事前に知っていたという事……


「まず先に誤解が無いよう言っておくが、こいつ等がここに現れるのを事前に知っただけだ。決してそれ以上の事は知らんし、俺もお前達同様この状況の被害者だ」

「それを信じるためには先生が今提示した情報だけでは無理です。勿論それは理解してくださっていると思いますが」

「あぁ、当たり前だ。と言うかお前、それが素か? あまりにもこれまでと雰囲気が違いすぎるぞ」

「仮面は使い分けてこそ価値を発揮します。素の価値を上げたければ常に仮面を被り、自身を見くびらせ油断させる。そして自身の真の価値を理解させたい相手にのみ素を見せる事により、相乗的に自身の価値を更に底上げしてくれる。それが効率よく上手い仮面の使い方ですよ」

「それはつまり、その相手として俺は認められたと考えていいのか?」

「そう思ってもらって大丈夫ですよ。俺、人を見るは人一倍だと自負してますから」

「その割に信じてはくれないみたいだが?」

「勿論です、俺が信じるために嘘はつかないでくださいね?」


 …………

 もしかして俺、忘れられてる?

 先程までの険悪な雰囲気は無くなり、和やかな雰囲気になってるんだが……


 それに好川の理論だと俺も認められてる事になるが、一切そんな素振り無かったぞ。

 まずもって関りすら皆無なんだ。


 これ絶対に俺の事忘れて話進めてるだろ。

 だが正直この状況で存在感をアピールする勇気は俺には無い。

 それに二人には悪いが、このままいけば色々と有益な情報を手に入れられそうなんだ。


 態々そのチャンスを棒に振る訳にはいかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る