第4話 未来を見据える教師VS明日を見据える教師
教職員達の元に近づくにつれて、悲惨な状況が嫌でも目に入ってくる。
教職員達の服は血で赤く染まり、地面には大量のゴブリンと思わしき生き物の死体と所々水溜りのように溜まった血。
「うっ!!」
風によって運ばれてきた空気に一瞬吐き気を催すが、ギリギリのところでこらえる。
運ばれてきた空気からは濃厚な血の匂いがし、これが現実であると脳に直接叩き込まれたかのようだった。
「大丈夫か? 流石にこれは頭でわかっていようと、体が拒絶するのも仕方ない」
チャラい男子生徒はそう言いながら、歩を止め俺の背中を撫で落ち着かせてくれる。
クソ……
頭では理解していたが、覚悟が足りなかった。
だがその覚悟が出来るのを待っていてはここまで行動した意味が全て無意味とかす。
いまするんだ。
血の匂いが充満するあの戦場に立つ覚悟を……
あの生き物と命のやり取りをする覚悟を……
死なない為に立ち向かう覚悟を……
敵対するものを殺す覚悟を……
動じない覚悟を……
…………
「フゥ……もう大丈夫、です」
「それは良かった」
「迷惑をお掛けしました。急ぎましょう」
俺の言葉にチャラい男子生徒は頷く。
俺はそれを確認してから再び歩を進める。
「クソ、やっと一息つける」
「滝本先生!!」
俺は校門付近に居た体育教員、
「朝倉に
「それについては実は……」
そう言いながらチャラい男子生徒は、滝本先生にここまでの経緯を説明し始めた。
好川……それがこのチャラい男子生徒の名前か。
それにお前達までという事は龍美もここに来たという事。
だが周囲に龍美の姿がない事から、既に別の場所に移動してるんだろう。
「……という訳でして」
「あの馬鹿! 要らん手間を増やしやがって。まぁわかった。それを急ぎ伝えに来てくれた事には素直に感謝する。だがどうしたものか?」
好川の話を聞いた滝本先生はそう言って頭をかく。
教職員達がどういった対応をしているかはわからないが、体育館の扉が破壊された以上、出来るだけ早く体育館の方に数人の教職員を向かわせなければならない。
「どうしました滝本先生」
「坂口先生! 実はこの子達に聞いたんですが……」
滝本先生はそう言って近づいてきた眼鏡をかけた教員に対して事情の説明を始めた。
坂口……確か国語教員だったか?
俺のクラスの担当じゃないからうるおぼえではあるが。
「なるほど」
「それでご相談があるんですが……」
「何でしょう?」
「坂口先生には並木先生と岡島先生を連れて体育館の方の対処をお願いしたいんです」
滝本先生の言葉に坂口先生はチラッと視線をそらす。
そらした坂口先生の視線の先を見てみれば、学校を囲む塀にもたれてうずくまっている大人が二人居るのが目に入る。
恐らくだがあの二人が今滝本先生が言った並木先生と岡島先生なんだろう。
ここから見た限りでは顔は確認できない。
それに俺自身二人は担当教員ではないので、並木先生が男性で岡島先生が女性だという事ぐらいしか知らない。
後滝本先生と坂口先生に比べて、二人は服がそれ程血に染まっていないのが気になるぐらいか。
「人選の理由はわかります。ですが大丈夫ですか? 私が抜ければほぼここを守るのは滝本先生だけになりますが……」
「それは大丈夫です。今は奴等が出てくる気配はありませんし、来たら来たで何とかして見せます。それにあっちは坂口先生じゃないと恐らく収集が付きませんから」
「……わかりました。二人を連れて私が行きましょう」
「ありがとうございます」
「いいですよ、危険度で言えば滝本先生の方が高い訳ですから。それより彼等二人はどうしますか? 私が一緒に連れて行きましょうか?」
「いぇ、彼等は後でそちらに向かわせます」
滝本先生は少し考えてからそう答える。
その言葉に坂口先生は眉をひそめた。
「それは、戦わせる……と言う事ですか?」
「状況次第では」
「それについては断固として反対させてもらいます! 彼等は私達と違い学生ですよ? 大人である我々教員ですら心が折れた人間が出ているんです! それにこれは遊びじゃないんです! 命に係わる事なんですよ! もし未来ある彼等が命を落としてしまったら貴方は責任をとれるんですか!」
坂口先生は怒りをあらわにしながら、滝本先生に向かって抗議する。
正直、言っては悪いが坂口先生がこれ程生徒の事を考える熱い教師には見えなかった。
どちらかと言えば冷めている教師と言った雰囲気に見えたからだ。
「もし仮にそうなった場合は……俺の一生をかけて償います」
「そうやって言うのは簡単です! ですが一度死んでしまえばもう取り返しがつかないんです! 一生かけて貴方が償おうと、彼等は生き返らないんです!! それを本当に理解して言ってるんですか!!」
「勿論です。それにこれは彼等の為でもあるんです」
「彼等の為? 死ぬかもしれないのが彼等の為? 何を馬鹿なこと言ってるんですか!! それでも貴方は教師なんですか!」
「教師だから言ってるんです。いつ元の世界に戻れるかもわからず、俺自身いつ死んでもおかしくないような状況なんです。こいつ等をいつまでも守ってやれると断言すればカッコいいですが、それは無責任というものです」
滝本先生のゆっくりとした冷静で力強い口調に、坂口先生は先程までの勢いが失われる。
恐らく滝本先生の言った事に理解を示したんだろう。
「それは、そうかもしれませんが……」
「勿論、坂口先生の言っている事も理解できます。ですが彼等の事をより考えるなら、せめて自衛できるだけの力を付けさせるべきなんです。俺達教師が生きている間に、出来得る限り安全に力を付けさせてやるべきなんです。それにこいつ等は周りの話に合わせて内心嫌々ついてきた人間じゃありません。自分の意志でここまで来た奴等です。この惨状を見ても、折れなかった奴等なんです。こいつ等二人なら大丈夫だと思ったから言ってるんです。無論言うまでもないですが、こいつ等二人が断れば強要はしません」
滝本先生がそう言い切ると、二人は見つめ合いその場に沈黙が流れる。
二人の先生はどちらも俺達の事を真剣に考えてくれている。
その事が今の会話で痛い程伝わってきた。
「……滝本先生はこう言ってるが、君達二人はどうしたい? あの生き物と戦うのはかなり危険だよ?」
「自分は……滝本先生の仰ったように、せめて自衛できるだけの力をつけておきたいと思っています」
「俺も悠椰と同じ意見です。この先何が起こるかわかりませんから」
俺と好川の言葉を聞いた坂口先生は、両手を腰に当て大きなため息をつきながら俯く。
「……わかりました、本人達がこう言ってるなら認めます。滝本先生が仰った事にも一理ありますから。それに冷静に考えれば教師全員が戦えるわけじゃなくなってしまった以上、教師だけで全校生徒を守るのは物理的に不可能になってしまいましたからね」
どうやらようやく結論が出たようだ。
それだけ俺達生徒の事を真剣に考えてくれていたという事だろうがな。
「では結論が出たところで私は、並木先生と岡島先生を連れて体育館の方に向かいます。ですがくれぐれも、くれぐれも二人を無事連れ帰ってくださいね。頼みましたよ、滝本先生」
「勿論です。そちらも生徒達の安全確保を頼みましたよ、坂口先生」
二人はそう言うと互いに微笑みながら頷きあう。
そして坂口先生は塀にもたれかかっている並木先生と岡島先生の元に向かい、二人を元気づけるかのように話を始めた。
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