幕間・素晴らしきかな甘き誘惑
カタリーナ・グランヒルズ
セーレ公国の北部を治める大貴族グランヒルズ侯爵家の次女として生まれた。
幼き頃より神童や才女と言われ、男女問わず長子相続である公国においてその才能故に結婚を許されても他家に行く事を禁じられるほどであった。
彼女の結婚闘争の逸話は王都でいる吟遊詩人が一番に覚えるべき物として知れ渡っている。
それゆえに彼の夫であるジェームズ・グランヒルズは宰相という肩書よりも結婚闘争で勝ち抜いた男としての方が有名である。
そんな彼女がつい最近なって初めて知り、生涯を通して普及すべきと天啓を受けたのがアンコである。
ちなみに神々の名誉の為に説明するが神が実在するこの世界での天啓は本当に神からの指示ないし指名なのだが今回にいたっては神々はノータッチである。
ただのカタリーナの勘違いなのだがそれほど彼女にとってアンコは衝撃的であった。
公国においても菓子は何種類かあるが焼き菓子が多く全体的に固めである。
そこにあのしっとりとしながらも程よい甘さを持つアンコが現れ彼女は一瞬のうちに魅了されてしまった。
それこそ女王に過ぎたるものとさえ称される才能と宰相家の財力をいかんなく振るう程には。
手始めにイサナからアンコと善哉のレシピと材料を買いそろえると屋敷の料理人を全て集めさせた。
「皆、集まりましたね。今日のマキアスでの食事会にて想像を超える物が出てきました。それが善哉とアンコです。今も料理人の皆には入れ替わりでマキアスに出向き現代向けの料理を伝えたりイサナさんの考案した料理を教えていただいたりしておりますが、明日からはまず善哉とアンコの作り方を習得してきてください。あれはこれから公国での地位を確立する物になります。」
そう言った後に料理人たちに善哉とアンコのレシピを見せて作らせた。
それなりに形になったがどうにも違和感が残る事を伝えその違和感を取るために料理人はマキアスで秘密裏に修行をすることになったのだった。
そんなこんなでアンコに目をつける切っ掛けになった学園都市祭も終わり、イサナが街を出る前の引継ぎとしてカタリーナと
そして、これがカタリーナとアンコの第二のターニングポイントとなるのだった。
・・・
・・
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商人との顔合わせは恙なく終わり必要物資は最初はこのキツネ目の商人が届けてくれるが量が多くなったらロッソ商会が手伝う形となった。
だがカタリーナの心の中はそんなことはもうどうでも良くなっていた。
「も、もう一度、言ってくださりますか、イサナさん。アンコはまだまだ種類があるですって?」
公国一のアンコ名人達をゆうすると自負するカタリーナであったがイサナから信じられない言葉を聞き己の耳を疑った。
『カタリーナ様がアンコのお店をすると聞いたので粒あんだけではダメだろうと思って今日はいろいろ用意しましたよ。』
いつも通り裏表のない笑顔でこの店主は恐ろしい言葉をはいた。
初めてアンコを食べた時はパンの上にのせて食し、2回目はバターを混ぜた。
3回目にはたい焼きとなり、その時に気付いたのはアンコは生地と共に食べる物で生地を変えたりちょっとした物を加えるなりするといろいろとフレーバーが作れる物。
それがカタリーナのアンコへの印象であった。
だが、ここで、この見た目と中身があっていない店主は新しきアンコがあると言ってのけたのだ。
「俺もいろいろ勉強しましてね。貴族の方は一般客、要するに庶民とは別の物を求めたがったり、少しでも手間暇かけた方が喜ばれるとか。露店で出すときはスピード勝負だったので手間暇かけてられなかったんですけどお店ならある程度仕込んで置けるのでちょっと高級感のあるアンコも出せますよね。」
「確かにイサナさんのいう事は一理ありますわ。しかし、アンコに手を加えるとはどのような事ですか?」
「それは食べて見てのお楽しみですよ。とりあえずお持ちしますね。」
表情こそ平静を装っているがカタリーナは心の底で震えていた。
これが恐怖か歓喜かは彼女自身も分からない。
あの用意周到なイサナが持ってくるのに時間をかけるわけがない。
だが、新しいアンコを持ってくると言ってから永遠の時を待たされているような気がしてならない。
そんな彼女の顔に汗が一滴流れ落ちた時にお待たせしましたと言って彼がかえって来た。
皿には3つの茶色い貝の様な物が載っていた。
「これは最中と呼ばれるお菓子です。その茶色い
イサナに案内されるままにカタリーナ達は手前の最中に手を伸ばす。
サクッとした食感とアンコの柔らかさと豆の粒を噛むごとに広がる仄かな甘さが非常にかみ合っている。
「このサクサクとした食感は素晴らしいな。」
「手で持って簡単に食べられるというのは貴族のお嬢さん達に受けそうだね。」
「美味しいですが少し種が違うような気がします。」
「「おいしー!!」」
女王陛下のいう通りこの食感はアンコと非常に合いますし、イサナさんの護衛の一人であるヴィオラの言う通りこのように小さく手で摘まんで食べれるようなお菓子は多くの女性貴族が好みます。
ただ、もう一人の護衛であるメイはこの種と呼ばれる皮の部分に違和感がある様子、という事はアンコの本場である
そしてファルクにアルメア、母もアンコは至高だと思いますよ。
カタリーナがそのような事を考えてる中、マキアスのメイドがお茶を皆に注いでいく。
普段はマキアスの名物であるハチミツ入りであるが今回はあえてストレートである。
甘みの無いお茶は逆にアンコの甘さを際立たせるのでこのお茶の入れ方にもカタリーナは興味をひかれた。
「メイちゃんが気づいた通り種の本来の材料があまり手に入らなかったから小麦粉で代用したんだよ。次から少し手を入れたアンコになります。まずは手前からどうぞ。」
言われるがままに皆が手を伸ばし食べると三者三様の反応を見せる。
その中で一番衝撃を受けたのはやはりアンコに感銘を受けたカタリーナであった。
「イ、イサナさん。このアンコ…粒がありませんわ!?」
「その通りですカタリーナ様。こちらはこしあんと言いまして先ほどのアンコ。種類で分けるなら粒あんというのですがあちらから豆の部分を裏ごししまして滑らかさを追求したアンコになります。」
「同じアンコでもこれほど違うのか。」
「驚くほど滑らかだね、言われなければ気づかないかも。」
「メイは粒あんの方が好みですね。」
「「おいしー!!」」
一口目はあまりの衝撃にしっかりと味わう事が出来なかったが二口目は確かめるようにゆっくりと口を動かすカタリーナ。
丁寧に裏ごしされたコシアンは皆が指摘する様に驚くほど滑らかだ。
手間暇がかかっているのが良く分かるこれは確かに貴族に受けそうである。
「最後は小倉あんになります。どうぞご賞味ください。」
最後の最中に手を伸ばす。
それは最初に食べたアンコ、粒あんによく似ているがこしあんの滑らかさも残っている両方の良い所を合わせたようなアンコであった。
「イサナさん。こちらのアンコですが先ほどのコシアンの滑らかさもあるのに豆の粒も残っていますがどのように作っているのでしょうか?」
「こちらはまずはこしあんを作った後に甘く煮た豆を追加で入れているんですよ。かなり乱暴な言い方ですが高級な粒あんですね。」
一言でアンコと言えどここまでバリエーションを用意できるとはカタリーナには考えもつかなかった。
だが、イサナの猛攻はまだまだ終わらないのである。
「ここまでは基本的なアンコの派生になります。輸入物でもありながら価格を抑えれる黒砂糖をメインにするならこの3つのアンコをベースに考えれば良いかと思います。なのでここからご紹介するのはアンコを使ったより高級なお菓子になります。」
「何!まだあるのか!?」
レディアの言葉にカタリーナも無言で賛同する。
笑いながらレディアの言葉を受け流したイサナが次に用意したのは先ほどと全く色の違う白いアンコであった。
「こちらは今までアンコに使っていた物とは別の種類の豆で作ったアンコになります。見た目のまま白アンと呼んでいます。この白さを残すためには白い豆は勿論の事砂糖もできうる限り白い物で無ければいけませんので値段は上がってきますね。」
「まさかの色違いと来たか…」
「確かに黒いのよりも豆の粒が大きいから食感がいいね。」
「黒い物の他に白いのが来ると高級感が違いますね。」
「「白いのもおいしー!!」」
「この豆はもしや公国の豆ではありませんか?」
レディア達が味や見た目に感想を言い合ってる中、カタリーナはこの豆が公国でも馴染み深い豆であることに気がついた。
サラダの上などに装飾の様に乗せられているよく見る豆であったからだ。
「ええ、カタリーナ様の言う通り豆自体は公国で一般的に食べられている豆ですね。色味がいいのでアンコにしてみましたが元々癖が無いからか食べやすいアンコになりましたね。」
この何気ない一言が一番恐ろしいのだとカタリーナとレディアは思った。
イサナよりも圧倒的に長くこの国に住んでいるにも関わらず公国の物を使ってアンコを作るという発想が出てこなかったからだ。
もちろん、イサナは元からアンコや白アンの事を知っていたという事も原因ではあるだろうがこの白アンに使われた豆にいたっては昨日、カタリーナの晩餐に出ていたのだ。
それにも関わらずこの豆を使ってアンコを作ろうと思いもしなかった。
改めてこの小さき賢者の発想力と創造性に畏れながら白アンを味わっていく。
「さて、次で最後ですがこれに関してはちょっと納得のいくものが出来ませんでしたのでお披露目だけになります。レシピも売りませんし今後こちらで開発を進めていくこともないつもりです。それでもお披露目するのはアンコ、ひいては和菓子と呼ばれるジャンルが非常に繊細で美しい物だと認識して欲しかったからです。」
イサナそう宣言した後に出てきたのは皿の上に乗せられた一つの真っ赤な花であった。
「なんて美しいのかしら…ところでイサナさん。もしやこれもアンコなのですか?」
「正しく言えば白アンにあるものを混ぜて作ったお菓子なので純粋なアンコではないですがアンコの派生したお菓子と言えます。ただですね、その混ぜる物がどうしてもうまくいかなかったので本物には及びません。」
「我が公国においての菓子は焼き菓子がメインだ。そこに色どりを見せるために白い砂糖を振ったり果実を置いたりするが菓子その物で花を作るのは存在しない…メイよ、お主の国にはこのような菓子が実際にあるのか?」
「はい!練り切りと呼ばれるお菓子で季節ごとに季節ものを模るので花以外も存在します。ただ、色はもうちょっと淡い感じでした。」
「メイちゃんの言う通り色に関しては大分濃くなっちゃったね。食紅が無かったから森で赤い花を摘んできたんだけど思ったより色が出すぎちゃったんだよね。それも失敗点かな。」
「それでもだ。まさかこのように美しき菓子がこの世にあるとは思ってもいなかった。」
「陛下。冷静に考ればこの周辺国で砂糖を大量に作れるのは
「そうだな…カタリーナの言う通りだ。イサナ、この菓子を重臣だけでも良いので味合わせたいのだが用意できるか?」
「この菓子は生菓子とも呼ばれる程で日持ちが出来ないんだよ。だからお土産には正直難しい。そうした理由もあって公国には入ってこなかったんじゃないかな。」
「むぅ…日持ちしないのは仕方ないな。重臣をここに一度に集めるのは無理があるしな。今回はあきらめて我々だけでいただくとしよう…うむ、美味い!」
「お菓子の完成形を見させてもらった感じだね。味も申し分ない。」
「まさか異国で練りきりを食べれるとは思いもしませんでした。」
「…アルメア食べないの?凄く美味しいよ。」
「待ってファルク。もう少しこのお花を眺めていたいの。」
(これが練り切り…この
こうして様々な思惑を各々が内に秘め、イサナの主催のアンコ試食会は終了する。
この時の衝撃があまりにも大きく菓子に無限の可能性を感じたカタリーナが宰相夫人の地位と財力を大いに発揮し公国で初めての和菓子専門店である『大丘屋』を立ち上げ
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