幕間・執行者

「今頃奴らはゴーレム達と戯れているところか。ふん、神に逆らった小国の分際で神の使徒である我々に逆らうからだ。」


聖国の大神官はその丸々とした体をソファに沈め心地よくワインを飲んでいた。

部下である大神官補の男にオークションを襲撃させて公国の権威を落とすのが狙いだ。

ただ、むやみやたらに突撃させても大神官補という役職についている者に襲撃させれば聖国の責任となる。

そこで大神官は聖国の宝物庫で封印されていた【分御珠わけみたま】を使わせた。

不死になれると眉唾物であったが使った男は実際に大神官の目の前で心臓を刺されてもすぐに元通りとなったのを見たとき大神官は己の勝利を確信して人目もはばからず大きく笑ったほどだ。

勝利の美酒に酔う大神官に誤算が2つほどあったとも知らずに。

1つ目はオークション会場に公国の女王であるレディアが参加していた事。

近年は公国の最大手であるロッソ商会がオークションの主催をしており公国のパワーバランスを保つために開催の祝いの手紙を送るだけで王弟含め王家は参加はしていなかった。

もう1つは封印されるほど禁忌の品である【分御珠わけみたま】監視している存在がいた事だった。


学園都市の教会から寄付の名目で奪った少し赤みがかった高価な蜜蝋のロウソクを惜しげもなく使用し浴びるようにワインを飲み、自らの立身出世を思い浮かべていると突如何かが木製の窓を粉砕し飛び込んできた。

粉砕した窓から強い風が入り込んだためにろうそくの灯が全て消え青白い月明りだけが部屋に差し込む。

酔っているため正常な判断がついていない男は怒りのあまり顔を真っ赤にし飛び込んで来たものを手に取った。

粗末な麻袋に包まれた中身を取り出すとそこにあったのは自分が送りだした部下の生首だった。

恐怖にかられた男は咄嗟にその生首を投げ捨てたのだがその衝撃で今まで気を失っていた生首の目が見開き狂ったように喚き始める。


イタイイタイ‼

アツイアツイ‼

タスケテ、ジヒヲ、ダイシンカンサマ‼


パニックになった男は喚き続ける生首を麻袋に戻し声が聞こえないように布団を覆いかぶせたがそれでもまだかすかに狂った絶叫が聞こえる。


「アハハ!酷いね、酷いよねぇ~自らの為に働いてくれた部下に労いを入れる前にそんな扱いをするんだ。これが聖国の大神官の姿だなんて興ざめだなぁ~」


男が慌てて声のする方を見ると月明りさす壊れた窓枠に腰掛ける人影があった。

逆光のせいでなのか暗く男か女なのかもわからないが固まった血の如き赤黒い瞳だけがやたらと輝いて見えた。


「な、何者だ!キサマ!ワ、ワシを聖国の大神官と知っての狼藉とは神が許さぬぞ!」


「アンタみたいなゴミなんてほんとに興味ないけど聞かれたからには答えてあげるよ。レーラさんはヴァンパイアのレーラさんだよ。それともアンタのような似非宗教家には魔族って名乗った方がいいかな?」


「ヴァンパイアに魔族だと?おとぎ話の執行者を名乗って神罰から逃げようとは不届き者が。神はすべからく見ておられるキサマのような大罪人が許されるわけないだろう。」


「信じる信じないはどうでもいいけどさぁ。目の前にレーラさんがいるのが事実なんだよ。大人しくしたらちょっとは減刑されるかもよ。」


「黙れ、黙れ、黙れ!<光よ 矢となり 神敵を討て>」


男の詠唱の終了と共に光が矢の形となってレーラを襲う。

だが、光の矢に当たったレーラはホコリでも払うように手で払うだけだった。


「神敵じゃないのにその術が効くわけないじゃないか。そもそも魔族が神敵や神の名を使って好き勝手する愚か者を狩る執行者なんだよ。アンタたち宗教家が狩られる事を恐れて魔族こそ悪といった事を吹聴してるみたいだけどね。本当に無駄なことするよねぇ~そっちが何を言おうと魔族は我らの母であり偉大なる主神グランフィリア様の正式な使い。そもそもアンタたちが神聖視してるけど戦乙女ヴァルキリーも魔族なんだよ、それも高位の。ホントにアンタたちの教えって無茶苦茶だよね。ノエイン様への毒でしかないんだから全部刈り取ってしまった方がいいと思うんだけど神様って本当に優しいよね。」


「黙れ、黙れ!キサマが軽々しく我らが神であるノエイン様を口に出すな!」


男が言い終わるとほぼ同時にレーラが顔を蹴って男を壁に突き飛ばす。

壁に激突した男は痛みと衝撃でそのままうずくまってしまったがレーラはそんなことはどうでも良いと男を見下しながら話す。


「むしろお前が口を出すな。ノエイン様の状況も知らずによくもまぁそんなことを言えるもんだ。さっきも言ったがお前は毒なんだよ。更に言うとお前だけじゃなく聖国そのものがノエイン様を蝕んでるんだよ。お前たち間違った神官が民にまで愚かな信仰を押し付けたせいでな。はぁ…このままだと勢いで殺しちゃいそうだからお仕事しますか。」


レーラはうずくまっている男をひっくり返すと怪しく黒光りする物体を無理やり男に飲み込ませた。


「今お前に飲ませたのは【悪夢の塊】だ。お前が寝るたびに必ず悪夢を見る。その悪夢にはお前が虐げた者達や陥れた者達が現れお前を無限に責め続ける。ちなみに罪から逃げれないように気が狂る事は無いし、自死も出来ないよ。とはいえお前が清廉潔白な神官ならそんなに苦しくは無いだろうさ。」


「な…ふざけるな!ワシを元に戻せ!」


「あーはいはい。元に戻す方法ね。もちろんあるさ、神からの罰は試練でもあるからね。ちゃんと乗り越えられるとも。元に戻る方法は簡単だよ。アンタが魂から虐げた者達や陥れた者達に謝ればいいらしいよ。こんな事で赦してくれるなんて神様はホントに優しいよね。」


レーラの言葉に男は何も言えなかった。

無駄に傲慢なプライド故なのか、そもそも下位の者へ謝るという考えが無いのかわからないがレーラとしては男の喚き声を聞きたくも無いのでどうでもいいかと無視した。


「ああ、そうだ。最後に片付けだけしておかないとね。」


レーラはそういうと自慢の大鎌で大きく薙ぎ払った。

刃のきらめきが部屋を一閃したが壊れたのはただ一つだけだった。


「アンタが枢機卿からもらった【分御珠わけみたま】は壊したからもう使えないよ。アンタがこれなら枢機卿はどれぐらいの罰になるだろうね。アハハ…」


レーラは笑いながらその身を霧に変えると窓から入り込む風と共に掻き消えていった。

僅かに聞こえていた部下だった男の絶叫もいつのまにか消えていて部屋には静寂が訪れていた。

何も考えが付かないまま男は先ほどまでワインを飲んでいた椅子に座ると憔悴のまま眠りについた。


そして、男は本当の悪夢に襲われるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る