厄介な客

暑かった日も少しずつ涼しくなっていく中、俺は商人ギルドやロダンさんの屋敷、宰相の屋敷などを行ったり来たりしていたのだがようやくひと段落がついた。

露店のほうは学園祭の時期が晩秋の頃と言うことで善哉ぜんざいとアンコを使ったものになる予定だ。

宰相婦人のカタリーナ様がすごい乗り気で宰相家が俺の出す露店のパトロンになっていると宰相が気づいたのはほぼほぼ段取りが終わった頃だった。

そこまで進んでいると宰相も口出しが出来ず、流れに身を任せるしかない状態だった。

宰相を出し抜くとかスゲーなとか子供みたいな感想しか出なかった。


俺の方は基本的に販売する商品の準備だ。

オークションに出す方は問題はないとして露店に出す物の原材料である小豆の準備が大変だったので金の力ゴリ押しで解決することにした。


「これは、これは坊ちゃんようこそおいで下さいました。本日は何にいたしやしょう?」


糸目の胡散臭い露店の店主が俺に話しかける。

品は良い物置いてるのに売れないのはこの胡散臭さもあるんじゃないだろうかと思うことすらある。


「この前買った小豆だけど後どれだけある?」


「小豆ですかい?とりあえずはこの樽にあるだけですねぇ。」


そうして店主が樽を叩く。

樽の形状も洋酒用のではなく日本酒を入れる一斗樽だな。

ここはとことん和物だな。


「少ないな。もっと手に入らないか?」


「仲間内に聞けば用立てするのは可能ですが…坊ちゃん先立つものはおありで?」


待ってたぜぇ、その言葉をよぉ!

俺は懐に忍ばせていた革の袋財布を叩きつけると店主に逆に尋ねる。


「この前買った小豆で甘味を作ったらとある奥方が非常に喜んでな。是非に学園都市祭の露店で販売しないかとお声がけがあった。その中に入ってる分で学園祭までに手に入る分の小豆を買い占めたい。」


袋財布の中に入っているのは金貨数枚と銀貨がいっぱいだ。

店主は俺の話を聞きながら細かった目を限界まで見開いて俺と財布の中身を交互に見ている。

いやぁ、一度金が入った袋財布を叩きつけて威圧感与えるってして見たかったんだよなぁ。

満足、満足。


「ぼ、坊ちゃんこれはいったい…」


「それだけあまり買えないか?」


「いやいや、まさか!逆に多すぎますよ。こんなには受け取れねぇ。」


「だったら、迷惑料込みで受け取ってくれ。アンタの仲間がどこにいるかわからんが大急ぎで持ってきてもらうんだからな。納品先はその財布の中に入ってるからそこに頼むぜ。」


俺はそのまま店主に背を向けて帰ることにした。

…あ、店主のところの小豆だけでも先に貰っておけばよかった


・・・

・・


久しぶりの自分の露店で学生や使用人相手に商売をしていると珍しい客がやって来た。

白を基調にしたローブっぽい服を身に着け、髪をキッチリ整えた神経質っぽい男が困ったような申し訳ないような表情をしたこの街のシスターを連れ立ってやって来たのだ。

この街の教会関係者とは顔見知りだがこの男は見たことないな。

そもそもこの街の教会トップの神官が腰の低いしたまにうちの露店でお茶飲んで帰るおじちゃんだからシスターも基本的にユルいというか朗らかというか雑談大好きなおばちゃんみたいな感じなのだ。

そのシスターがあんな顔して来るなんてこれは厄介ごと以外何物でもない気がする。


ヴィオラが対応に行って少し話したと思ったらこっちに来た。


「主、お客さんだよ。」


いつもキラッキラのイケメンスマイルで老いも若きも関係なく女性たちを魅了して来た王子様系ヴィオラが相手に見えないからと言って無表情でやって来るのはマジでヤバい客じゃないか…

俺はため息一つ零して問題の客の対応をした。


「初めまして。オオイリ商店の店長のイサナと申します。どういった御用でございましょうか?」


俺があいさつすると神官っぽい男は眉をピクリと動かし、後ろにいたシスターの方に振り向いた。


「どう見ても子供だが間違いなく店長なのかね?」

「ええ、間違いございません。いつもお世話になっております」


隠す気もない声量でシスターに確認を取るとシスターは申し訳なさそうな声で答えた。


「まぁ、店長であるなら大人であろうと子供であろうと問題は無いか。私はノエライト聖国から来た大神官補である。こちらに見事な品があると聞き参ったが噂通り立派な品が多く驚いた。全て教会で使うので後で教会に持ってくるように。」


「なるほど。お運びするのは問題ございませんがここにあるのは相応の値段をしたものでございます。値も見ずにお選びしてお支払いは大丈夫でしょうか?」


「何を言って、ああ、子供故に知らぬのだな。教会に持ってくるようにと言うのは教会に持ってきて奉納するすべしということだ。勉強になったな、子供よ。」


「…という事はお支払いする気は無いと?」


「当たり前であろう。むしろ神に献上できるのだ名誉と思え。」


こいつは…何を言っているんだ?

本気で購入するという考えが無い感じだな。

聖国はどうだか知らんが買う気が無いならようなんでとっとと帰ってもらおう。


「申し訳ございませんがうちの様な小さな露店ではそのよう事を致しますと立ち行かなくなりますのでご容赦を。」


「キサマ…何を言っている。神に奉納する機会をみすみす見捨てると言うのか!」


「ここにある品は我々、オオイリ商店一同が暑い中荒野に向かい手に入れた物でございます。それを無料で手放せと言うのはこちらとしても生死に関わりますので。」


「なんというガキだ。ニンゲンに劣る蛮族の作った物を引き取って野郎というのに」

「テメェ、今、なんつった?まさか北部の皆を蛮族呼ばわりしたんじゃねぇだろうな。」


男の言葉にブチ切れた。

気付けば普段は腰の飾りになっている打ち出の小槌を両手持ちサイズに大きくして手に持っていた。


「その通りだとも。ドワーフなんて酒飲みで暴力的で蛮族そのままじゃないか。他の種族もそうだ。ゴブリンもオークもエルフも我々ニンゲンにあだなす蛮族ではないか。」

「とっととこの店から出ていけ!二度と来るんじゃねぇ!!」


この男はどうやら地雷を踏んだようだ。

俺だけでなくヴィオラもメイちゃんも周りにいたこの国の学生や貴族の使用人やつれて来ていたシスターまでもが殺気立っている。

男もやっと周りが殺気立っていることに気付いたのか慌てて逃げて行った。


「あー、クソ、まだイライラするな。メイちゃん塩撒いといて。」

「わかりました!」


メイちゃんはこぶし大の岩塩を一つ手に取ると女の子らしいかわいいフォームで岩塩を投げた。

本来ならそんなに遠く飛ぶはずもないのだがメイちゃんが可愛くてもその実態は鬼族。

細腕からは想像もできないようなパワーで投げられた岩塩はまっすぐ飛んで男の背中に当たり見事に倒れた。

倒れた男は恨めしそうな目でこちらを振り返ったのだがまだ殺気立った目が男を見ていたので何も言わず逃げて行った。

…周りの人たちはメイちゃんの行動を褒めていたが後でちゃんと塩を撒く意味とやり方を教えておこう、いつか無駄にけが人を出すことになりかねないからな。


自称、大神官補は追い出した者の道案内をしていたであろうベテランシスターは残っており青い顔して頭を下げた。


「イサナ店長。この度はあのような者を連れてきてしまい申し訳ございませんでした。」


「こちらとしては被害は特になかったので良かったのですがいったいどういった男なのですか?」


「簡単に言いますと聖国と公国の教会とのわだかまりが原因なのです。我々ノエライト教はニンゲンと造りし神であるノエイン様を崇めているのは変わらないのですが300年前に袂を分けました。」


「聖国の新興派と公国の古典派でしたっけ?」


「その通りです。300年前聖国の教会の上層部がノエイン様から神託があったという名分で戦争をしかけました。それに対し信徒がノエイン様の教えに反するとして上層部を糾弾し聖国を去りました。そして聖国のやり方に異を唱えた者を集めて戦ったのが今の公国です。」


「それがなぜあんな男と関係が?」


「今の教皇様に代わってから古典派と新興派の融和の道を取っているのです。聖国と公国に交互に使者をおくっておりまして今年は公国が受け入れる年だったのです。」


「あの男が融和の使者ですか…失礼かもしれませんが人選ミスでは?」


「ええ、我々もそう思っております。初めて十数年は融和に熱心な方が多くこちらも心配はしていなかったのですが教皇様が倒れてから少しずつおかしなことになりまして…とりあえず帰るまでは問題が起きないように教会から出ないように誘導をしていたのですがいろいろありまして外に出るようになりあのような暴挙を…」


「そういう事ですか…とりあえずこちらもいろいろと対処できるように動きますので大丈夫ですよ。ある意味そちらも被害者みたいな感じじゃないですか。」


「ありがとうございます。何かありましたらすぐに知らせてください。こちらも動きますので。」


そういうとシスターは帰っていった。

学園祭前なのに面倒事が増えたなぁ…

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