煮ても炊いても食えるもの
アレクさんから3樽分の高級黒糖を買ったので小袋1袋だけ試食用に貰い残りはホテル・マキアスに送ってもらうようにした。
リュックに黒糖を入れると黒糖を活かすための食材を探しに学園都市の露店が集まるエリアにやって来た。
俺がいつも露店を広げてる貴族街に近い北側は上品な雰囲気で物静かな印象ではあるが南側は多くの商店がひしめき今日も盛況でここを通るだけでもそれなりに楽しめる。
それに最近は学園祭が近づいているからなのかいつも以上に露店も多く、この国とはちょっと違ったイントネーションの客引きの声も聞こえるので他国の商人も来ているのだろう。
そんな南側の露店をブラブラしていると奥まったところにある露店の店主に目が留まった。
…正しくは、店主の持つ白い粒粒が固まってできた食べ物にだが。
俺は全力でダッシュして店主に尋ねた。
「あ、アンタ!今食ってたのおにぎりだよな!?」
「へぇ、まぁ、握り飯なんで坊ちゃんの言う通りおにぎりとも言えなくはないですが…」
「その握り飯かコメは無いか!あれば言い値で買うぞ!!」
「ありがたい申し出でございやすが実は今食っちまったのが最後の1個で、コメもこの国では人気がないんで持ち込んでないんです。」
今生まれて初めて膝から崩れ落ちるっていうのはこの事だと知った。
ハハツ、人間って絶望すると自然と四つん這いになるんだな…
「ぼ、坊ちゃん。元気出してくだせぇよ。コメを知ってるってことは他にも知ってるものがあるかもしれませんよ。」
四つん這いで絶望してる俺に怪しい言葉遣いの店主が声をかけてくれる。
糸目に茶色い髪のなんとなく胡散臭い感じのする店主に言われるがまま露店を確認する。
着物の反物にかんざし、勾玉っぽいアクセサリーになんだこれ、コケシか?
なんだか和風な感じの商品に親近感を覚える。
「アンタ、
「その通りでさぁ。メインは紙を卸してるんですがね。たまにこういった露店でも店を広げてるんですよ。どうです坊ちゃん、何かお一つ。」
そう言われても特にこれって無いんだよなぁ…
貿易品である
メイちゃんの着替えもたまに鬼の神様が反物持ってきてくれるから十分足りてるしどうしたものか…
「?アンタの後ろにあるその袋はなんだ。」
「あー、これですかい?値段も手ごろで持ってきたのはいいんですがやはりこの国には馴染みが無いようで受けが悪いんでさぁ…坊ちゃんはこれを知ってます?」
そうして店主が大きな袋の中に升を入れて中身を俺に見せてくれた。
中に入っていたのは茶色身を帯びた赤紫色の小さな豆だった。
「小豆か…確かにこの国では見ないな。」
「おお、さすが坊ちゃんよくご存じで!こいつは質のいい大納言でさぁ。長く保存できますし売れると思ったんですが煮ると赤い汁が出るでしょ。そいつが嫌だって言う人が多くいやして思ったより人気が無いんでさぁ…安くするんで坊ちゃんいかがです?」
これも何かの縁だと思うんだけどこんな事ってあるんだな。
「仕方ないから買ってやるよ。ほい、代金。」
「ありがとうごぜぇやす!ささ、どうぞ。学園祭の間はこの街におりやすので毎度ご贔屓に。」
店主から小豆の袋を受け取ると俺はその足でホテル・マキアスに帰ることにした。
・・・
・・
・
ホテル・マキアスのレストランには調理する俺と料理担当マキアス。
味見役にヴィオラ、メイちゃん、レディアに宰相婦人のカタリーナ・グランヒルズ様が仲良く席に付いていた。
貴族の夫人はお茶会やらなんやらと自由に見せかけて半分は仕事の様な物らしい。
カタリーナ様はそうしたお茶会ネットワークで手に入れた情報を定期的にレディアに報告に来る。
かなり下世話な話もあったりするらしいが火のない所に煙は立たぬとも言うし、いろいろと噂話を繋げて整理していけばいろいろ見えてくるとはレディアの言葉だ。
さて、元の世界で作ったことがあったので作り方は大体覚えていたが初めて使う異世界の小豆に慎重になりながらもなんとか
いやはや、元の世界とこの世界の小豆に大きな差が無くてよかった。
メイドタイプのマキアスが善哉と餡子を味見係4人に配膳していく。
「豆のスープはよくあるけどこんな色は初めてみるね。」
「香りは問題ないな。むしろかなり美味そうだ。」
「初めて見る豆ですわ。どのような味なのかしら。」
「メイはお餅を入れるのが好きです。」
ヴィオラ、レディア、カタリーナ様、メイちゃんが見た時の感想を口々にする。
やはり馴染みの無いようで3人は少し戸惑っていたがメイちゃんが気にせず食べていたので彼女たちも食べ始める。
ちなみに俺は焼き餅を2個入れるのが好きです。
「これは見た目では考えられない優しい味だね。」
「うむ。甘くはあるが甘くなりすぎずとても美味い。」
「まぁまぁまぁ、甘い豆のスープがこれほど素晴らしいとは思いませんでしたわ。これはお茶会に出せば好評ですわよ。」
「美味しいです。主様、お代わりはございますか?」
善哉は大好評だったので次は餡子に移る。
餡子はそのままだと味気ないので一口サイズに切ったパンに乗せている。
今回はあえてバターを入れてないので小倉トースト風になるけどな。
「今度は汁物ではなく固形なんだね。」
「これは豆のペーストになるのか?珍しいな。」
「ペーストなので必要量だけ用意できるのはご婦人への受けが良いですわ。」
「餡子をパンに乗せるなんてメイは思いつきもしなかったです。」
先ほどと同じように食べる前に感想を聞いて食べてもらう。
善哉を最初に食べたので今度は戸惑うことなく口に入れた。
「これはいいね。ペースト状だから持ち運び出来やすそうだ。」
「豆のペーストはこういった食感なのか…我が国の豆でも試してみるか。」
「これも素晴らしいですわ。パンと
「主様、メイはお代わりが欲しいです。」
この後、あんバターも紹介すると4人のテンションはさらに上がった。
やはり甘味は世界が変わっても女性に強いというのを改めて知った。
その後、落ち着いたレディアとカタリーナ様から貴族から見た砂糖事情を聴いてみた。
「黒糖のほうが安いのは私も知っておりましたがどうしても料理の色が変わってしまうので少しでも色の薄い砂糖を用立てておりました。このように最初から濃い色ならば使っても問題ないと何故考え付かなかったのでしょうか。」
「それはある意味仕方ない事かもしれんがな。王宮でさえ砂糖を大量に使うときは客人がある時だ。日ごろから使うわけではないからそれほど考えることもなかったのだろう。」
「それはあるかも知れませんわね。客人に出すときは鮮やかな料理を作るように料理人が頑張りますものね。一度当家の料理長と話してみますわ。ところでイサナさん。今回の料理を学園祭で出すなど考えておりませんか?もしも出しますなら我が家もご協力致しますわよ。」
「え!?いや、そこまでは考えていなかったのですが…そもそも売れそうですかね?」
「もちろん、大丈夫ですわ。このオリエンタルな味を広めるならいくらでもご協力致しますわ。」
カタリーナ様からの思いもしなかった質問に面食らってしまったがよくよく考えてみたらありかもしれない。
ちょっと露店で出せそうな餡子メニューを考えてみようかな。
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