オオイリイサナの野望

数日のプレオープンによる宿泊が終了し宿泊客の皆さんは帰っていった。

…一部を除いて。


「では陛下。お部屋の物は戻り次第運ばせます。」


「うむ、頼んだ。」


レディアはこのホテル、というよりもベッドが気に入ったようでこちらに住むと断言した。

流石に宰相が止めようとしたがレディアは断固反対。

最終的に宰相が折れてレディアの連泊が決まったが、これは一種の茶番の様なものだ。

というのも元々俺はこの国の民でもないし臣下でもない。

なのでかなりの極論を言えばレディアに従う必要性は無いので国としては一応王を諫めましたよという配慮示した形になる。

そうすることでもしもレディアが問題を起こした時は国は止めようとしたのに王が我がまま言ったのだから文句は王家までにしてねって事が言えるらしい。

この辺の政治的なバランスはかなり難しいので俺も分からない事ばかりでこの件も一連の動きが終わった後にギルドマスターからこそっと教えて貰わなければ『ま~た、レディアが我がまま言ってるよ。』程度で終わっていたと思う。


そんな政治的な裏話がチラッと見えたレディアの連泊だがこれに関しては実は悪いことはほぼ無い。

レディアは現在宰相の屋敷に間借りしている状態なので宰相一家も心休まらない日々であるとは理解していたが、凄まじく強いとはいえ女王陛下が単身で信頼できるか分からない宿に泊まるわけにもいかず現状のままだった。

そこに俺が建てたホテルが登場、しかも超極上なので文句も無いという事で我がままを押してこっちに移ることになった。

まぁ、レディアが城に戻らずにこっちに残る理由の一つが俺のホテルが気になるからと言うのもあったのだけどな…


こちらとしては宿泊代金さえ戴ければ文句は無いので相応の値段を貰っている。

ざっくり言うと王都で一番高級な宿よりも数倍高いぐらい。

これは学園都市の商人ギルドマスターとこの国最大の商会を作り上げたロダンさんと現商会長のアレクさんと話した結果だ。

最初はそこまで高いと宿泊客が来ないのではないかと言ったが格が違いすぎてそれぐらいしないと公国の全ての宿が破産すると経済界のトップに位置する面々に言われた。

このあと宰相とレディア女王陛下の貴族のトップにも聞いたがもっと吊り上げてもいいとすら言われた。

なんでも、このホテルに泊まらせるのを褒美の一つにしたいらしい。

そこまで言われると嬉しいしこの値段設定で行くしかないのでしばらくは知る人ぞ知る名店的な感じの運営になりそうだ。

ただ、知る人ぞ知る名店も知る人がいない状態だと閑古鳥が鳴くわけで、レディアの連泊はこちらにしても渡りに船だったわけだ。

そうして茶番の後、レディアはこのホテルの常連客になったわけだ。

…仕事がしやすいように個室ブースがある図書館でも一棟計画するかな。


・・・

・・


レディアの荷物が来て暫くしたのち、俺は今レストランで各地の税収報告書に目を通していた。


「…なぁレディア。昨日も言った気がするけど俺がこの書類見るのって不味くないのか?」


「何を言う。貴様程見せても問題無い相手はおらんぞ。それに貴様は信じられん速さで正確に計算を行うでは無いか。やはり余の下で働かんか?」


「嫌だよ。俺は気ままな行商人でいたいんだから…あとこの家、領地と収入吊り合ってないんじゃないか。納税額だいぶ少ないぞ。」


「ほう、ここか…助かる。こんなに少なくなる土地では無いのだがな。」


どうしてこんな事になったのかと言うと原因は一昨日の事だ。

仕事の書類を宰相が届けに来た時にたまたま俺が通りかかったのだがその時に宰相の持ってた書類が一枚落ちてしまい俺が拾った。

じっくり読む気が無かったのだがチラッと目に入った数字で計算がおかしい事が分かったので書類を返すときに計算が間違ってるぞと指摘するとレディアと宰相が再計算し実際に書類上の計算が間違っていることが判明した。

その後、宰相から別の書類を数枚渡され確認作業を頼まれたので行ってみると一部に間違いが発覚。

間違いを見つければ見つける程、無表情になっていく宰相とレディアに怯えながらとりあえず計算していった結果出るわ出るわ間違いの山。

大半はほんの少しの間違っている程度なのだが中にはがっつり間違っているところもあってそれを言うと宰相とレディアが何かこそこそと真顔で話し合っていたのが怖かった。


「商人。すまないがこれから数日間書類を持ってくるので確認をお願いしたい。もちろん報酬は払う。」


こうして俺は付きたくもない税収報告書の再計算という大役を任されたのだった。

ちなみに俺のこの異常な計算の速さはこっちに来る時に貰ったギフトチート群の一つの【読み書きそろばん】に由来するものだ。

速読、速筆、即計算の力が身につく事務作業において最高のギフトチートだ。

それが裏目につくとは思ってもいなかったなぁ…


「これは問題無し。これで今日の分は終わりだな。」


「もう終わったのか。相変わらず信じられんな。普通は城の文官達を使って一カ月かけて行うのだぞ。軍の後方活動とかしてみんか?安全なところで出世できるぞ。」


「や~り~ま~せ~ん。とりあえず休憩しよう、休憩。誰か甘いの持って来て。」


出てきたのはいつものプルプルした柔らかいプリンじゃなくて少し硬めがある焼きプリンだった。

付喪神である元スチュワート邸は使用人たちが動いていた記憶を基に料理や掃除を行っていたのだがいろいろ教えたり職人やフィリア様達の世話をしたことで料理方法を変えるなど発展性を持つようになった。

だって、焼きプリンとか教えた事無いしね。


「…なぁ、イサナ。お前はこの先どうなりたいのだ?」


レディアと2人で焼きプリンを食べて休憩しているとかなり真面目な顔でそんなことを聞いてきた。


「グランフィリア様からどこまで聞いているか分からないが俺はこの世界のヒトじゃないだ。もしかしたらヒトですら無いかも知れない、何せ一度死んだ身だからな。

この世界に多少のお願い事を言われたが基本的には自由にしていいって言われた。

最初は大変だったさ、何も知らない素人商人が栄えているとは言えない開拓村をふらふら巡って、おっきい街があると聞いて目指してみたら道中でヴィオラとメイちゃん拾って、街についたら怪しまれないように露店広げて頑張った。少しでも後ろ盾が欲しくて貴族の方と知り合ってそうこうしてるうちに南に魔物が表れて商機と思ったら宰相と知り合って目を付けれてドタバタしてるうちにあっつい北に移動よ。そこでリザードとかラミアとかサイクロプスとかドワーフ達と知り合って実は集落の近くには神々の敵が封印されてて倒さないとリザード達が絶滅するかもってなって倒したらドラゴンが出たと。倒したのは良いけど広い荒地だといずれ限界が来るのは目に見えてるから経済的にまず自立出来るように頑張ってたら怪しい女がデカい剣もって来たわけだ。その後一緒に旅したら荒地の面々が泊まれそうにないのが発覚して道中ごまかしながら目的地に来たら怪しい女が女王とか分け分からん事を言われたけど正直どうしようもないから見なかったことにして荒地の種族が休めるようにホテルを建てたわけだ。」


「イサナ…想像以上の生き方をしているな。」


「あぁ、ホントにな。元の世界の何十分の一ぐらいしかこっちで過ごして無いのに密度で言えばこっちの方が何百倍も濃い。しんどい、辛い、休みたいと何回思ったかわかんねぇよ。旅人が多いくせに道はガタガタだし、寝る場所もベッド硬いわ飯もいまいちだわ、挙句にトイレは微妙に使い辛い。魔法があるのは良いけど魔法に依存しすぎて技術面が弱すぎる。ガラスが無いとかありえないだろ、紀元前にはあったんだぞ。」


「それは…その、すまん。政治をするがわの不手際もあるな。」


「でもな、レディア。あきないってのは飽きないんだ。こっちの素材と技術と元の世界の知識を活かしての極上品を考え、作り、売る。神界の宝物庫に眠る逸品達の担い手を探して、説明して、売る。これはホントに最高だぜ!

こればっかりは口で説明しても伝わらないもんだ。売り手である商人にしかわかんねぇ最高の味わいだぜ。俺の元の世界にはニンゲンしかいなかったし魔法も無かった。だけどこっちにはニンゲン以外のヒトがいっぱいいる。エルフ、鬼、リザード、ラミア、サイクロプス、ドワーフ、アラクネ、セイレーンとか俺がパッと思い浮かぶだけでもこれだけいるしもっともっと多くの種族がいる。しかも魔法を使う連中もいっぱいいるわけだ。その中にはきっと俺が想像をしなかった物を持ってるのもいるだろうからそれを仕入れて他に売る。その為に世界を回ってあっちこっちを巡るつもりだ。それが俺のこれからの生き方だ。」


「そうか、それは凄まじく大それた野望だな。」


「野望…そうだな、野望だな。これが俺の、大入勇魚オオイリイサナの野望だな。」


「全くそんな事を考えていたとは悩んでいたこちらが馬鹿らしいな。その野望に余を混ぜよ。出会った種族全部公国に連れてくるがいいまとめて面倒見てやろう。」


「おいおい、出来るのかそんな事。荒地の種族ですらいっぱいいっぱいなのに。」


「出来るとも。我が国は遠い先祖が他種族と共に興した国だ。他種族と共に栄華を極めてやる。それが余の野望だ。」


「俺たちの野望に…」

「余たちの野望…」


「「乾杯」」


※…………………………………………※※※…………………………………………※


学園都市


魔法学院と騎士学校が両立する大型都市。

元は国境を守る城塞都市であったが国境線の変更と学問の推進の影響を受けて改築された都市である。

その性質上、年若い貴族や才能を見出された若き平民が多くいる為に非常に活気に溢れている。

一応互いの学園をライバル視しているが元々の分野が違いすぎるのでそこまで大きないがみ合いは発生していないのだがそれは平時の話、とある時期に近づくと火花を飛ばしあう形になる。

そして、その時期がもう間もなく近づきつつある。


〔両校合同学園都市祭 近日開催のお知らせ〕


都市の中心部の位置する掲示板に今年も学園都市祭のお知らせが張られると市民達はもうそんな時期なのかと感慨深げに感じていた。


そんな市民達の流れを無視して赤い瞳が掲示板をじっと見ているのだった。


         ~ 第3章 オオイリイサナの野望 END ~


◆◆◆


【ホテル・マキアス】


・今から約500年ほど前に建てられた現存する最古の老舗ホテル。


・当時はスチュワート邸を基にした本館と宿泊者向けの新館と離れの礼拝堂ぐらいしかなかった。


・ここはオオイリイサナが当時交流の無かった荒地の種族向けに建てたホテルで現在の他種族向けホテルの第一号としても有名であり特に大型種族向けの部屋はマキアス様式と呼ばれるようになるほど設計、建築に大きな衝撃を与えた。


・本館である旧スチュワート邸は精霊邸と公式の歴史書に初めて登場し今も最古の精霊邸として存在している。


・最古のホテルだけあり多くの歴史書にその名が挙がるので『歴史はマキアスから動く』とさえ評されている。


・多くの歴史学者がマキアスに情報提供を求めたがマキアスは『宿泊客の名誉の為』としてほぼこれを拒否。


・マキアスが開示した数少ない話しの中でオオイリイサナとセレンディア14世の話がある。

当時は荒地地帯との交流を始める直前でセレンディア14世がイサナにこれからの動向を聞いた時の話しでイサナはセレンディア14世にいずれは世界を巡り他種族と関わっていきたいと伝え、セレンディア14世はイサナが関わった他種族を国民として迎え入れることを約束したと伝わっている。

実際にこの後に他種族を迎え入れた公国は多くの技術を取り入れ大きく発展していく事になる。


・なお、当時の女王であったセレンディア14世がこのホテルのベッドをたいそう気に入り王城に同じベッドが届けられるまで滞在したという話しも残っている。

その気に入りようは凄まじくベッドが届けられた後新たに寝室を一つ設えたと伝わっている。


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