夜の集い

日中にイサナ殿からのホテルマキアスの案内を受けて晩餐を楽しんだ後、レストランだった場所はバーとなりそこで倅のアレクと学園都市の商人ギルドマスター、そしてグランヒルズ宰相の4名で飲んでいた。

酒は学園都市でも売っている高級な物から安価な物、食前酒で出てきた蜂蜜酒ミードにドワーフの火酒までと王道から変わり種まで揃っている。

しかも先ほど聞いたのだが食前酒用のミードは飲みやすさと酔わないように味を調整していたとは思いもせんかった。

何せミードは高級酒、それにわざわざ手を入れるのは本来は愚の骨頂ではあるのだが恐れもせず料理に合うように調整するのはなかなか出る発想ではない。

恐ろしくもありこれからが楽しみだと思えるのは何十年ぶりだろうか。

楽隠居を決め込むつもりでいたが体が動く限り彼の動きを見てみたいものだ。


「それにしても父さん。いつの間にそんなレザーのベストを買っていたんだい?そんな上物ズルいじゃないか。」


「ズルいとはなんじゃ、ズルいとは。ワシが大枚はたいて買ったベストじゃぞ。」


「ククク…大枚か、まぁそれなりであるのは確かではあるがな。」


「宰相、何か可笑しなことでもありましたか?」


「ああ、ギルドマスター。いやなに、確かにそのリザード族の作ったレザーベストは大金であったがそれはあくまでも今の段階のでの話だ。これから我が国と荒地の交易が始まれば今の値段では買えないぐらいの値が付くだろうからな。金以上の価値がそのベストにつくはずだ。」


「さすがは宰相閣下ですな。ワシの様な平凡な商人の考えなどお見通しですか。かく言う宰相閣下のベストはワシの無地とは違って1ランク上のカービング入りだったと記憶しておるのですがな。」


ワハハと宰相閣下と2人で笑ったあと香辛料の効いた燻製肉を一口かじる。


「このホテルそのものも凄いがこの燻製肉も凄い。この肉だけで貴族が溢れますよ。」


「そうですね。香辛料といえばコショウ。そしてコショウは近隣では神武皇国しんぶこうこくでしか手に入りませんからね。船で片道半月、風待ちなどもあるのですごく順調にいっても少なくとも3カ月はかかる。僕も一度だけ行きましたが海は恐ろしかったですね。沖から先はヒトの世界じゃない、何度神に祈ったことか。どうしても高額になるのは当たり前です。だが内陸にコショウでは無いとはいえ別の香辛料があるとは奇跡ですよ。本来なら今すぐにでも買い付けに行きたいぐらいですから。」


「イサナ店長の話によれば数種類の香辛料があるが今はまだ地元での消費量でしかなかい。

増産をお願いしてるところらしいから今行っても量は確保できまい。

それに荒地の商品の目玉やはりアレじゃろ。」


そうして目を向けるのは舞台上に飾られている一本の戦斧バトルアックス

総ミスリル仕立てで作られたあの戦斧バトルアックスを求めて戦争になってもおかしくない逸品じゃわい。

勿論、非売品である。

まぁ、ワシの全財産を出したとしても買えんがな。


「ガンテツ酋長の作だとか。公国一の名工と呼ばれる鍛冶師ですら残念ながら足元にも及びませんな。」


「あれを見るまでは我が国の名工たちならドワーフにも引けを取らないのだと思っていたのですが…

思っていた自分が恥ずかしい限りです、ギルドマスターなんて地位について少し腑抜けていたのかもしれません。」


「いや、まぁ、それは正直仕方ないと思うぞ。ワシもイサナ殿から3種類見比べさせてもらって初めて知ったしな。」


「あれは衝撃的であったな。上位の物と思って所持していたのがまさかドワーフ達では当たり前の物であったからな。

それに何より凄かったのはあの新技術の逸品だ。

アレは世界がひっくり返る。」


「アレは凄かったですなぁ…実はもったいなさ過ぎて使えておりませんわ。」


「案ずるな男爵、こちらも使えていない。さらに言えば妻にすら話しておらん。ここで出るなら話そうと思っていたのだが出てこないとなると本当に数が無いのだろう。」


「そうでしょうな。イサナ店長は衝撃を与えてこちらが立ち直る前にさらに追撃してこちらが冷静な判断が出来る前に押し切ってしまう戦法をとりますからな。ワシも慣れたと思っておりましたがあの時はやられましたな。」


倅が何を買ったんだと興味深そうな顔をしているがあえて無視をする。

ガラスの器についてはいずれ機会があれば話してやろう。


「なんだ、男四人で酒盛りとは随分とむさ苦しいでは無いか。余が一緒に付き合ってやろう。ほれ、宰相すこし席をあけよ。」


ワシら4人のもとにやって来たのは我らが女王陛下だった。

女王とは思えんほど破天荒な性格で一部の貴族なんぞは狂王なんぞと言っておるようじゃがワシはこの方だからこそ安心してこの国を任せられると思っておる。

そもそも、平凡な王なら単身ここに泊まりなど来ないし何よりも荒地の交易を拒否しておったであろうな。


「やはりこのミードは上手いな。いくらでも飲めるぞ。」


「なんでもこのミードは飲みやすさの為に味の調整をしているのだとか。」


「ああ、あやつお得意のカクテルか。カクテルで思い出したわ。メイド、すまないがイサナを呼んできてくれ、大至急と。」


「陛下、カクテルと言うのはこのミードの事でしょうか。」


「いや、カクテルと言うのは酒に手を入れる技法だそうだ。例えばドワーフの火酒は本当に火が出るようであろう?そこに水を入れて飲みやすくしたりするなどの事だ。」


「それは要するに水で薄めただけなのでは?」


「イサナはと言っていたがな。それに入れるのは水だけでない。お湯を入れたり酒にほかの酒やジュースを入れたりしていた。何が上手くて何がまずくなるかは流石にイサナも知らんようであったがな。」


なるほど、そのような前提知識があるのならミードに手を加える事にも戸惑いはないか。


「大至急って聞いたから来たけど何か問題でもあったか?」


「やっと来たかイサナ。さぁ今すぐここで1番いい酒を出せ!」


「1番いい酒って言われても俺は酒の味が分からないかどれが良い酒か分からないんだってば。」


「なら、ドワーフの火酒の3年物と10年物をだせ。1樽ずつぐらいあるだろ。」


「えぇ!!それはダメだってマジで在庫無いんだから。」


「なんだ、貴様。さっきの事で傷心中の余を慰めてくれぬのだな。余だって受け止められる事と受け止められぬ事があるというのに貴様はそんな余を慰めてくれぬのだな…」


陛下が弱弱しい演技を見せるとイサナ殿も心当たりがあるのか歯がみをしたがガックリと肩を落とし受け入れたようだ。

弱弱しい演技が絶望的に似合わないのは陛下ぐらいであろうな。


「ハァ…俺の切り札の一つだったのに。それでストレートでいいのか?何かで割る?」


「飲み方は貴様が一番上手いと思う飲み方で任せる。」


トボトボとイサナ殿がカウンターに向かう姿を見て不謹慎ながらもワシは楽しみにしていた。

なにせ陛下が態々出せと言った酒だ。

陛下は破天荒ではあるが暴君ではないのはここにいる全員知っている。

その陛下が我がままを言った酒だ、ワシだけでなくほかの3名も楽しみにしているようだ。

少し待っているとメイドが小さなカップを持って来てくれた。

中には大きな氷が入っていてその中にドワーフの火酒が入っていた。

火酒に氷を入れて飲むのは初めてだったが一口飲んでみる。


「なんだ…これは…!」

「これが火酒ですか?」

「本当に先ほどと同じ酒か?」


あまりの代わり様にワシは言葉も出なかった。

他の3人も驚いている。

たしかに火酒らしい喉を焼くような感覚は有るが最初に飲んだものに比べればかなり大人しい。

まるで酒が成長しているようだ。


「驚いているところ悪いがまだ続くぞ。次はもっと深いからな。イサナいつでもいいぞ。」


「うぇ~ホントに飲むのか。とりあえず、せっかく氷入れてるんだからもっとゆっくり味わってくれよ。氷の溶け方で酒が薄まったり冷えたりして少しずつ味が変わるんだから。」


なんという事だ。

高級感を増すだけの氷ではなかったのか…

ただ水を入れるだけでは薄くなるだけだが氷を入れることで自らの好みを調整することが出来ると。

イサナ殿は酒の味が分からないと言ったが信じられんな。


皆で少しずつ飲んで飲み終わったころ次の酒が来た。

先ほどと同じように大きな氷が入っているがこちらは先ほどと違い色がついている。

色がついている火酒など初めて見たのだが。

事前に知っている陛下はちゅうちょなく飲むとこれだとばかりに満面の笑みを浮かべた。

それを見て我々男4人はカップに口を付けた。


…信じられん、これがあの火酒だというのか。

確かに、この強さは火酒だが火酒特有の荒々しさが無い。

芳醇な木の香りに口の中を進む滑らかさ。

気づけばワシは氷が溶けるのも待たずに飲み切っていた。

だがこれはワシ以外も同じで皆が飲み切ったカップを見て絶望的な顔を浮かべていた。


「…もう、樽の封切したのであの樽分飲み切っていいですよ。」


その言葉を聞くやいなやみんなしてお代わりを頼んでいた。

1人3杯ほど飲んで樽はもう無くなっていた。

本当に数が僅かな量しかなかったのか。


「これが次に飲めるのは10年後か…今ほどエルフが羨ましいとか思ったことはないな。」


「陛下それはどういうことですか?」


「今の酒は出来た酒を樽に詰め長き年月寝かして作るのだ。それを熟成というらしいのだがな最初のが3年間、次のが10年間と言うわけだ。」


…なんと言う事だ。

あの酒好きのドワーフが酒を飲まずに10年間置いていたのも驚きだが、それをイサナ殿は手に入れられたのだ。

イサナ殿とドワーフの関係がいかに優れているかの証左では無いか。


「店長…さすがにこの酒の代金は払うぞ。」


「いえいえ、お代は結構ですよ。酒も熟成しすぎはダメですしここで出すのがちょうどよかったのでしょうから。」


宰相もこの酒の重みを感じたのか代金を払うと言ったがまさかの拒否。

これは迅速に交易を進めなければイサナ殿の負担が重すぎるな。


「イサナ、流石にこれが1番の酒か?」


「え!?あぁ、うん。そうそう。これ以上は無いヨ。ホントに無いヨ。」


陛下も流石に冗談で聞いたのであろうが対するイサナ殿の返答があまりにもおかしかった。

明らかに嘘だ、嘘丸出しの答えに冗談で聞いた陛下ですら驚いていた。


「貴様、何か心当たりがあるのか…これより、上の、酒の…」


「いや、ホント、これはダメだって量もマジで無いし。開発中だし、奉納してるし、『奉納してるの出していいわよぉ~』………悪いけどあの酒持って来て貰える。」


イサナ殿が必至で抵抗してるのに聞いたことが無い声で許可が下りた気がするが気のせいだろうか。

だが、イサナ殿はメイドに酒を持ってくるように指示をして準備をすると言って一度ここから離れた。


メイドが小さい容器を持って来たと同じタイミングでイサナ殿も小箱を持って帰ってきた。

酒を飲む段階で持って来たという事はもしやあの小箱の中にあるのは。


「イサナ、その中に入っているのはもしや…」


「多分考えてる通りだよ。世の中には格に見合った見た目が必要だと思うんだ。王様には王様の服、商人には商人の服。酒は服を着ないから器が服の代わりだな。火酒はドワーフがワイワイ飲めるような器、この酒は奉納していた酒だからいただくときは敬意を払わないとな。」


そういうとイサナ殿はガラスのゴブレットを取り出しそこに奉納していた酒を入れていく。

酒は照明に照らされると深紅に煌めきながらを放ちながらゴブレットに満たされていく。

ワインも赤いがそこまで透明では無いしそもそも煌めいていない。

まるで紅い宝石をそのまま酒にしたように透き通り煌めいておる。


「イサナ、その、本当に飲んでいいのか?」


「ああ、飲んでくれ。まだ名前も決まっていない秘蔵中の秘蔵だぞ。」


流石に想像を超える酒が出てきたことで陛下も戸惑って確認したがイサナ殿は飲むように促す。

我々5人は目で合図を行い同時に口を付けた。


………これが酒か

一瞬神々の世界に言っていたのかもしれない。

確かに酒精を感じるので酒ではある。

甘みの感じ方からしてミードなのはわかるがこのような味は初めて飲んだ。

あらゆる花から香りと甘みに最高の部分だけ集めそれが反発しないように綿密に混ぜ込んだようだ。

いまならこの世全ての悪さえ許せそうだ。


「どう?美味い?」


「あぁ。それとすまないイサナ。余の言葉ではこれが美味さ以外の言葉で飾り付けれぬ。この世全ての美辞麗句を並べてもこの酒の美味さを表現できぬ。」


「そうか。まぁ不味くなければ良いんだ。ほかに飲んだ人も美味い以外表現できないって言ってたし美味すぎて逆に危険だって言われたからな。ついでだからこれに名前を付けてくれないか。まだ名前がついてないんだ。」


「それは最高の名誉だな。だが、しばらく考えさせてくれ。酒が抜けた後本気で考えたい。」


翌日、我々5名は再度集まりこの酒の名前を付けるために壮絶な話し合いがあったのだった。


◆◆◆


【沈黙の秘宝】


・ホテル・マキアスの開業当時から作られている究極の銘酒と名高い酒。


・ルージュ・ビーの蜜から作られている蜂蜜酒ミードの類であることは分かっているのだがそれ以外の製造方法は不明。


・現在は年に1本だけ作られており希望者の中から完全にランダムで選ばれており各国で代表を出し合い輸送専用チームが作られる。


・名前はセレンディア14世を含むプレオープン時の招待客達が考えたと伝わっている。


・名前の由来はあまりの美味さにこの世の全ての美辞麗句を並び立てても表現が出来ず黙ってしまうしか他が無いと言う事から。


・また、セレンディア14世に振舞う時に『あまりにも美味すぎて危険』とオオイリイサナが話したという逸話もありそれを実証するかのように近年行われた機器を用いて成分分析をかけた際には全ての機器がエラー表示しか出なかったという科学的資料が残っている。


                        『世界銘酒大全』より抜粋

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