裸の付き合い

夕食も食べ部屋で少し休んでいると部屋をノックする音と共にイサナが頼みごとがあるとドア越しから声をかけてきた。

部屋に入る許可をやるとイサナが入ってきたがその表情はなかなか妙だった。

困ったような申し訳なさそうな表情をうかべるイサナを余は初めて見る。


「どうしたイサナ、不思議な顔をして。余に頼みごとがあるのであろう?」


「あぁ、それはそうなのだがなんというか中々難しい事でな。もしかしたら断りたくなるかもしれないけど出来れば受け入れて欲しいことなんだ。」


「さっぱり分からんな。とりあえず要件を言うがよい。」


「実はとあるお方がレディアと一緒にお風呂に入りたいと言っててな。あぁ、もちろんその方は女性だから混浴とかじゃないから安心してほしい。ただ、まぁ、レディアからすれば見ず知らずの方になるから難しいかなって。でも、俺としてはパトロンみたいなものだからできれば入って欲しいなって。」


「いろいろと気になるところがあったがまずこのホテルに余達以外にも客はおったのか?」


「いたと言うか来たって感じかな。今日に先駆けて少し相談してた相手なんだ。かなりざっくり言うと俺が使ってる職人たちのまとめ役の上司になる。前々からレディア達が来るのを伝えていたからさすがに泊りではなく日帰りにするとは言ってくれてるけどな。」


「ますます分からんな。そもそも余が出向くという事がどういう事かイサナ。貴様なら分かっておるだろう?」


「そりゃぁ分かってるさ。この国でお前より上はいないんだから本来は相手が出向くのが筋だ。ただ、それは相手が格下だった時の話だろ。このお方に関しては残念ながらレディアより上だ。そもそも俺はこの方より上の方を知らないからな。」


全く持って理解できん。

イサナはこちらに話すときは無理難題を言う男ではない。

こちらが考え付かなかった事や突拍子もない考えを出したりはするがそれは全て理にかなっている。

それが全く理解できない、いや言葉の意味としては理解できるが理解できるからこそ納得できぬ。

余より上で女だとこの世におるのか?

余の国は隣国の王国やその隣の聖国、南方の帝国に比べれば小国成れど王は王だ。

周辺の国で国家元首が女なのは余か聖国の教皇ぐらいだが教皇もかなりの年だ。

それがお忍びで来るとはとてもじゃないが考えられん。

しかも、イサナの後援者パトロンだというではないか。

あの宰相が血眼になってこやつの裏を探っておるのかまさかこやつからその裏を見せると言っておるのだ。

腑には落ちなんがこの話受けた方が良いか。


「全くと言っていい程、理解は出来んが他でもないイサナが言うのだ。付き合ってやろう。余を呼び出した相手の顔を見てみたいしな。」


「本当か!ありがとう、助かる。向こうも無茶ならば良いとは言っているがお世話になってるから叶えたかったんだよ。」


上機嫌なイサナの後についていき脱衣所に入るとそこにはヴィオラとメイが待ち構えていた、完全武装の状態でな。


「脱衣所というには随分と無粋では無いか。余ほどこの中にいるお方が大事のようだな。」


「確かに大事なお方ではあるけどこの武装はどちらかというと君の為さ。何があっても君に死なれては困るからね。それに、この装備は最上級だと言えるけど実際にどこまで役に立つかは分からない物さ。」


「イサナといいヴィオラといいお前たちは一体何に合わせようというのだ。」


「そうだね…かの方の呼び名は数あれど今ここで伝えたとしても無意味だよ。何せ納得できないだろうからね。だから直接会うしか説明する方法が無いんだ。店長も随分と濁してただろ。」


「ああ、全く意味が分からなかった。」


「まぁ、この会合はそういうものだよ。どんな言葉を並べたって当事者以外意味が分からないと思うよ。不安なら君の自慢の剣を持っていくといいよ。大きさぐらい変えれるのだろ?」


「それは出来るが構わないのか?」


「ああ、構わないよ。いった通りボクとメイは君の護衛だ。やらかした時に少しでも時間を稼ぐ手段は多いほうがいいだろうからね。それと最後に言っておくけどこの中の方に直接的な関係があるのは彼だけだ。ボクもメイも彼の関係で出会っただけで特別な繋がりは無いよ。」


ヴィオラと話しても腑に落ちないだけであるので服を脱ぎ余の剣。

神器【守りしもの】を短剣サイズに変えてひっそりと隠し持つ。

…それにしても今日は静かだな。

普段このような行いをすれば≪マナー違反だ≫とか≪常識知らず≫とか喚くものを。

まぁ、うるさいよりかはいいか。


風呂場に入ると信じられない浴槽が目に入る。

大浴場とはよくぞ言ったものだ、ここを作るだけでどれだけの金がかかるのやら。

その巨大な浴槽に1人の後ろ姿が見える。

向こうもこちらが入ってきたことに気づいたのだろう鮮やかな緑の髪が揺れゆっくりと振り向いたのだから。

だが、余はしっかりと目を合わすことが出来なかった。

一瞬だけで顔を見た瞬間、余は跪いていた。

これまでさんざん騎士から受けてきたように、生まれて初めて跪いていた。

この時ばかりは自分の勘の良さを褒めたたえたい。


あの男イサナ!一体何を考えているのだ、こういう時はもっと事前に準備をしてだな、そもそも浴場で合うお方では無いぞ、何故もっとちゃんと説明しないのだ、あぁいや聞いても信じられんかっただろうな、むしろ名前を聞いていたら神の名を借りるそんな怪しい奴に合うかと答えてしまってただろうな、という事はあの男イサナの対応は間違ってなかったのか、それはそれでムカつくな!


「顔を上げてください。貴女はこの国で一番偉いのでしょう。いつまでも頭を下げていてはダメよ。」


「しかし、王といえどこの身は矮小なる人でございます。ご尊顔を拝し奉るには畏れ多く。」


「でも、ずっと下を向かれていては話し辛いわ。だから顔を上げて。」


流石に2度断るのは不敬になるので顔を上げる。

冬を乗り越えた春の平原の如き鮮やかな緑の瞳を見るだけで跪きそうなになる衝動を抑え改めて挨拶をする。


「ご尊顔を拝し奉る栄光に「ダメよ、ここではそういった硬いの無し。だからイサナさんに無理を言ってここに来てもらったのだから。私の事はフィリアで良いわ。だからこちらもレディアって呼ぶわね。」分かりましたフィリア…様。」


「様も要らないのだけど、まぁイサナさんもなかなか取れないと仕方ない事なのかしらね。」


イサナさん…だと。

あの男、グランフィリア様に敬称つきで呼ばれているのか。

本当に何者だ…


「浴室なのにずっと立っているのは持ったないわ。一緒に湯につかりましょう。」


グランフィリア様がそう言って一番大きな浴槽に向かって行ってるうちに隠し持っていた剣を別の浴槽に投げ捨てた。

そういえば神器こやつ静かだったのはグランフィリア様に気づいていたのではないか?

仕置きを兼ねてしばらく沈めておこう。


「イサナさんの国の言葉で裸の付き合いって言うのがあるのですって。互いに着ているものを脱いで話せば気楽におしゃべりできるって意味らしい。その言葉を聞いていいなって思ったの。」


「イサナの国の言葉ですか。そもそもあの男は何者なのでしょうか、もしかしてあの男も神なのでしょうか。」


「そうね、イサナさんを説明するとかなり難しくなっちゃうわ。イサナさんはもともと異界の神の世界の人間だったわ。本来はその世界で生まれ直すのだけど訳が合って私が異界の住民を求めたの。その時にたまたま選ばれたのがイサナさんよ。神か人かで言うと間違いなく人よ。このことを知っても急に態度を変えないで上げてね。イサナさんは神に選ばれた結果甦る事が出来た、でもその事が幸運かどうかは分からないわ。だって、甦る条件は過去を全て捨てる事ど同じ意味だったから。環境も、国も、家族も、ありとあらゆるものを捨てないといけない。どんなに覚えてても記憶してても2度と出会うことが出来ないの。」


「それは…我々が判断できることでは無いですね。イサナのおかげで余は、いや、この国は変わろうとしています。止まっていた流れ、交わる事とすら考えてすらなかった物が彼の小さな一歩で今動こうとしています。少なくともイサナに出会えた我々は幸運です。余は彼に報いたいと思っております。」


「フフ…それでいいのよ。ヒトの動きは神々が干渉してはいけない。私はそう考えているわ。私たち神がヒトを先導しなくなって長い年月がたったわ。そのことで良いことも悪いこともあった。でも貴方たちヒトはちゃんと動いていた。だから出来る限り見守ってあげる。でもね、どうしても、どうにもならない時は私たちに願って。ほんの少しだけ手助けできるかも知れないわ。」


「手助けですか。」


「そう、手助けよ。でもね貴方たちヒトが心配で、心配でついついお節介を焼きたがる子達もいるの。例えば、貴女に守護剣を貸し与えた妹とかね。ほんとにあの子ったら心配性なのよね。だからかしら自分でやった方が良いと考えちゃって常に前線を走るのよ。」


「それはもしや戦神様のことでしょうか。」


「そうよ、貴方達がそう呼ぶ彼女。貴女達の家系は彼女の唯一の弟子の家系なのよ。弟子に子供が出来た時も守護剣を貸していたわ。そして守護剣が返ってくる度に貴女達の誰かに貸しちゃうの。本当に心配性よね。」


「では、あの神器が無くとも王にはなれると!?」


「王になるならないはあくまでもその時の国の状態次第よ。あの神器が王を選んでいる訳ではないわ。神剣の所持者が王になるというのは多分あの事のせいだと思うのだけどその剣とあなたの神器はまた別よ。だから、貴女の弟が王になる事に神々がとやかく言う事は無いわよ。でもね、私は弟より貴女の方が王に向いていると思うわよ。」


「何故、でしょうか。弟は優秀で姉である余よりも賢く慕われております。だからこそ弟の方が王に向いているのです。」


「弟は優秀なのは間違いないわ。今は平時だからきっと良き賢王になるでしょう。でもね弟さんが王になるという事は貴女がいなくなるという事。すこし城を離れるとかそういうことでは無く完全にいなくなる事になるでしょう。そうなれば彼は最大の味方がいなくなってしまうわ。そうなってしまえば残念だけど彼では弱すぎるわ。だから貴女が彼を守ってあげればいい。それに彼自身王になりたいと思っていないでしょう。たとえ城を留守にしていても貴女という王がいることで彼自身すごく守られているのよ。後で彼に関する調査書を上げるわね。貴女という存在がいかに守護者として優れているかわかるわ。」


「調査書ですか?」


「ええ、流石にこれだけヒトが沢山いると神とはいえ常に見れないから気になる子の事はちょっと調べるのよ。彼は王としてはイサナさんと合わないけど私人としてならすごく仲良くなれるわよ。だって、破天荒な所とかイサナさんと貴女の気質は近いもの。」


「そうですか、弟と仲良くなれるというのは嬉しいのですがヤツと似ているというのは喜んでいいかどうかわかりませんが素直に受け止めておきます。」


「それでいいのよ。イサナさんはその気が無くてももっともっと世界を動かしていくわ。貴女はその時に素直に受け止めて美味しい所を貰って行けばいいの。それは貴女にしか出来ないわよ。って、あら流石におしゃべりしすぎたわね。流石に帰らないと私が弟に怒られちゃうわ。」


「フィリア様も弟に怒られることがあるのですか?」


「フフ、しょっちゅう怒られているわよ。そもそもここに来るのだって内緒だからね。名残惜しいけどここでお別れね。次に会えるかどうかは正直分からないわ。少なくともこのホテルの様に魔力に満ち溢れていてイサナさんがいてなるべくヒトがいない時でないと難しいから。同じ姉同士、貴女の行く末に幸運があるように祝福してあげるわ。」


そういうとグランフィリア様は光に溶けるように消えていった。

いまだに信じられん。

頭がふわふわするのは湯に浸かりすぎたのかグランフィリア様の魔力にあたられたのかどっちだろうな。

とりあえずここを出たらイサナに一番良い酒を出させよう。

文句を言ったら殴ってでも出させる、それでこの件は終わりだ。

今日の事は酒を飲んだことの夢ぐらいに収めるのがいいのだからな。

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