招待客の到着

とうとう招待客の皆がホテルに泊まりに来る日がやって来た。

荒野の面々が泊まれるようにデザインはしているものの彼らが泊まりに来るのは街道が出来上がって交易が始まってからなのでかなり先だ。

それまでは公国の富裕層がメインターゲットとなるわけだから今回の宿泊で高評価が出ればいいスタートを切れるはずだ。

そういうわけで扉の前でソワソワうろうろしながら待つ。

最初は出迎えに行こうかと思ったのだけど宰相に止められたのでその話は無くなった。

こういう時は爵位の低い者から到着するべきと言う暗黙のルールがあるらしく爵位の高い者と低い者を同じように迎えに行くのはよろしく無いらしい。

ならば宰相とかレディアだけでもと思ったが家族総出で出るので家紋付きの馬車が必要らしく流石に俺も家紋付きの馬車は用意できないので各々が自分の家の馬車でやってくるようだ。

待ってる間に隣にいる老執事姿のマキアスに服装チェックをしてもらっている。


執事のマキアスはピシッとした黒いタキシードなのだけど俺はいつも通りの長袖シャツにズボンとハンチング帽。

そこにリザード族が作った黒いレザーのベストに靴を履いている。

なんでこんな変わった服装かと言うとレディアの指示になる。

長袖のシャツにズボンと帽子と言うのは男性のよくある組み合わせだ。

これは貴族も平民も大差ない。

違いがあると知ればその組み合わせの上にジャケットを着たり帽子のデザインが違うなどのようで一番ラフな格好を少し足してフォーマルでも使えそうなこの組み合わせを今回の招待客に見せろという指示だった。

ようするに動くマネキン扱いと言うわけだ、解せぬ。


服装チェックを終えたころに門の開く音が聞こえた、どうやら最初の招待客が来たようだ。

門から2台の馬車が通ったと連絡が来た一台は秤か天秤が描かれていてもう一台は何も描かれていないとの事。

爵位の低い順で来るって話だしロダンさんと商人ギルドのギルドマスターかな。

2台の馬車が扉の前にいる俺たちの前に停まると無地の方からはギルドマスターと奥さんであろう女性が降りてきてもう一台からはロダンさんと若い男女が降りてきたからこの2人がロダンさんの息子夫婦なのだろう。


「イサナ店長、本日はお招きいただきましてありがとうございます。本日は妻と共に泊まらせて頂きます。」


「ギルドマスターようこそお出でいただきました。本日は奥様と共にお楽しみください。」


ギルドマスターとあいさつを終えると次はロダンさんとご夫婦が前に来てくれた。

今日はダニエルくんはいないらしい。


「イサナ店長、今日は招待してくれてありがとう。孫は卒業研修で王都に行っていていないが約束通り息子夫婦とやって来たよ。」


「初めましてイサナさん。ロダンの息子のアレクです。こちらは妻のマリー。貴方の話は父と息子からよく聞いています。2人が大変お世話になったようでありがとうございます。」


「ロダンさん、アレクさん、マリーさん本日はお忙しい中わざわざありがとうございます。こちらもホテルを作ったのは初めてな物ですので至らない点があれば是非ご指導のほどよろしくお願いします。」


挨拶もそこそこにアレクさんとマリーさん、そしてギルマス夫婦も入って話の内容は俺のベストと靴になった。

この中で先に見たことあるのはロダンさんだけだし仕方ない。

そしてそのロダンさんだけど着ていたジャケットを脱ぐとなんとその下にはリザード族のレザーベストが!

それを見たアレクさんは怒っているのか羨ましがっているのかよく分からない表情をしていた、簡単に表現するとすればぐぬぬ…って感じだろうか。


皆で最上位者レディアを待ちつつ扉の前で俺が荒野の人たちについて話していると門が開く音が聞こえた。

整列して待っているとロダンさんが乗ってきた馬車より一回りは大きく山と獣が描かれた4頭引きの馬車が目の前に停まった。

最初に宰相が降りてきて次に奥さんと思われる女性が宰相の手を借りて降りてきて次に10歳ぐらいの女の子と男の子が降りてきた。

そして宰相一家が頭を下げるとレディアが堂々と降りてきて今日の招待客が全員揃った。


「商人、今日は招待感謝する。こちらは妻のカタリーナと息子のファルクと娘のアルメアだ。よろしく頼む。」


「初めましてイサナさん。ジェームズの妻のカタリーナです。いつも陛下と夫だけでなく我々や使用人にもプリンを持っていただきありがとうございます。」


「「ありがとうございます。」」


「いえいえ、こちらこそアドバイスを頂きましたので。カタリーナ様も、ファルク様もアルメア様も本日はお楽しみください。」


「プリンもありますか?」


「勿論ご用意しておりますよ。ですが、プリン以外にもたくさん美味しい物をご用意してますので楽しみにしておいてください。」


おずおずと聞いてくるアルメア様に笑顔で答えると後ろから抱きかかえられた。


「イサナ、余に挨拶は無しか?余は寂しいぞ。」


「こういう時はまず初対面の方から挨拶をして回るべきだろ。」


俺とレディアのやり取りを初めて見る面々は信じられない物を見たって表情をしていた。

まぁ、そらそうだわ。

国家元首がごくごく普通の子供と他愛無くやり取りしてたら俺だってびっくりする。


「さて、今日集まった皆の衆。余に抱かれているこのイサナだがだ。余や宰相ですら舌を巻くほどの考えと発想の持ち主である。そのことは僅かでも付き合いを持てば嫌と言うほどわかる。故にこのホテルに入る前に伝えておく。この中で見たもの聞いたもの感じたものは有るがまま受け入れよ。己の常識や固定概念で測ろうとするな。そのような物はこやつの前では風の前のチリと同じ程度の価値と思え。有るがまま受け入れそれをいかに活用するかを考えよ。余が言えることはそれだけだ。」


俺を抱きかかえてレディアは集まった皆に行き成り演説を行った。

宰相やロダンさんギルマスは納得の表情だったがそれ以外の人たちは若干困惑気味だ。

その思いは分からんでも無いがレディアが言った通り有るがまま受け入れて欲しいのは確かだ。

そもそも俺はこの世界で生まれ育っていないから常識とかずれてても仕方ないんだよね、とだけ言い訳しておきたい。

てかこの演説俺褒められてる?若干けなされてない?


「と言うわけでイサナ。まずは最初のぶちかましと言うわけでその男の紹介を皆に頼む。」


レディアは俺を下ろしてマキアスを指さして言った。

なるほど、なるほど確かにマキアスの紹介は一番ぶっ飛んでるわな。


「陛下からもありましたので皆様にご紹介いたします。彼はマキアス。当ホテル・マキアスの管理人であり従業員でありホテルそのものでございます。」


俺の言葉にレディア以外何言ってんだこいつって顔になってる。

分かる、分かるよ。

俺が頭おかしい事言ってるのは分かるよ、でもその通りなんだよ。

だから受け入れて欲しいな。


「自分も魔法とか魔術的な物の知識があまりないので詳しく説明できないので理解し辛い事を言っているのは分かるのですが彼はこの屋敷の精霊や付喪神みたいなものと考えてください。」


「それは屋敷妖精ハウスフェアリーのようなものなのかしら?」

屋敷妖精ハウスフェアリーは使用人の様なものであって屋敷そのものではなかろう。」

「付喪神とはなんだ?神なのか?」


俺の答えにますます混乱する皆。

なにかいい答えはないか?


「静まれ!混乱するのは分かる余もそうであったからな。だが先ほど言っとおり有るがまま受け入れよ。ここで混乱しておったらこの先ますます頭が痛くなるぞ。とりあえずこのホテルの経営はイサナがしておるが従業員は屋敷の精霊がしている。理解は出来なくとも構わん。そういった不思議なホテルだと思え。」


俺が良い説明を考え付く前にレディアが場をまとめてくれた。

混乱していた面々もレディアの言葉を受け入れすぐに落ち着いた。

これが女王の威厳カリスマというやつか、凄まじく心強い。


「とりあえず皆様中にお入りくださいませ。見ていただければ少しはそういうものか理解は出来なくとも納得は出来るやもしれません。」


マキアスがドアを開け案内役の俺、レディアそして宰相と爵位が高い順に入っていく。


「「「ようこそホテル・マキアスへ。皆様のご到着を心よりお待ちしておりました。」」」


出迎えてくれたのは数十名のメイドと執事タイプのマキアスだ。

そして、メイドと執事はそれぞれ同じ顔をしている。


「な、なるほど…これは確かに屋敷の精霊が管理していると言うのも解る。」


流石の宰相も同じ顔がズラッと並んでいると驚きを隠せない様だ。

他の面々もなんとなくだが理解できたようだ。


「では、改めて皆さま。本日は当ホテルにご宿泊いただきましてありがとうございます。宿泊中は世界最高の御持て成しを致します。」


そうして俺は招待客に恭しく頭を下げたのだった。

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