各々の動き・その5(レディア編)
学園都市の貴族街。
そこの宰相家に用意された屋敷の書斎で屋敷の主を退けレディアは書類に目を通していた。
たまには無心で、たまにはしかめっ面で書類に目を通して時にはサインをし、時にはごみ箱に入れたり、粛々と公務を進めていた。
「あの商人の最大の功績は放浪癖のある陛下をこのように引き留める事かも知れませんな。」
王都に送るべき書類の手配をしていた宰相が軽口と共に部屋に入ってくると軽く鼻を鳴らしごみ箱に入れるべき書類を宰相に投げつけた。
「この国は余がおらんでも弟がおれば恙無く回る。弟も譲位を受け入れれば良いものを。」
「王弟殿下も陛下が王位のまま方が恙なく国が回るとお答えになられますよ。」
「そこそこ内政の出来る者が名乗り出れば譲ってやって構わんのだが誰かおらんか?」
「残念ながら心当たりはございませんな。それに内政に携わっておればおるほど王位の重さに気づきましょう。」
「ハァ…余はもっとイサナのように悠々自適に暮らしたいのだがなぁ…」
「自由ではありましょうがあの商人は気づかぬうちに自らを縛っているように見えますが。」
「そうかも知れんな。イサナは商人とは思えんほど甘すぎるからな。多少でも利益が出ればそのあとは義理人情で判断する男だ。それで奴についてどれほど調べがついた?貴様の事だから徹底的に調べ上げたのだろう?」
「結論から申し上げますと何もかも謎でございます。学園都市の東から来たのはわかりましたがそれだけです。何処から仕入れた解らない高品質な塩をメインに開拓者の村々を回り学園都市に流れ着いたようです。それ以外の情報は全く持って分かっておりません。まるで行き成り現れたかのようです。」
「ジェームズ、とりあえずイサナに関する調査はこの辺りで辞めておけどうせ調べたところで無駄に終わろう。やるなら信頼できるものを近くに伏せてヤツに迅速に振り回される準備を整えておけ。」
「振り回される準備ですか…」
「ああ、そうだ。余がいまだにこの街におるのは振り回される為よ。イサナが次に何をしでかそうとしているかは貴様もしっておるだろう。」
「荒野の異種族の為の宿泊所の建設でしたか。」
「その通りだ。その為に結構な量の食料品が日々動いているのはしっておるだろう。」
「ええ、商人ギルドが総力を挙げて用意しておるようですな。かなり多くの商人から買い集めているようで広範囲に利が行き届くようにし、買占めにならないように準備している手腕は見事と言えますな。」
「余もギルドの不思議な動きが気になって探りを入れてみたがあれもどうやらイサナの入れ知恵だそうだ。ロッソ男爵に解説を頼んだがあのような事が出来るのはギルド様に数多くの格を問わず商人を把握していないと無理だそうだ。今はイサナが自ら使って終わりだから良いがもしもあの仕入れた物を販売し始めたら商人同士のバランスが狂ってしまう可能性があるそうだ。」
「まさか…それほどですか…」
「余もロッソ男爵に聞いた時は信じられずにそれほど変わるのかと聞いてみたが帰ってきた答えは革命的だと言っていたぞ。ロッソ商会のように自ら仕入れる力がある大規模な商会には恩恵は薄いが行商人や農家や漁師達には凄まじい効果が出る可能性があるとの事だ。」
「商人ギルドなので行商人はわかりますがなぜ農家や漁師たちにも関わりがあるのです?」
「今の手法は農家や漁師が余剰分を自ら市に持っていき売っているだろう。それだと売り上げが安定せずどうしても高くなるそうだ。それが余剰分をギルドが一手に買い上げれるのがわかれば売り上げを一定以上確保できるのである程度抑えた値段で売る事ができるそうだ。そして行商人の場合は今までは仕入れから販売を自らの足で行っているだろう。そうしれば賊や魔物に襲われる心配もあるので護衛を雇う必要が出てくる。そうすると最終的に民に届くときはいろいろな経費が含まれて高額になってしまう。だが行商人も仕入れをギルドに行えるのであれば今まで仕入れにかかっていた費用が減り今までより安価に売る事が出来るそうだ。」
「なるほど…ですがそれだとギルドが安く買い付けたり高く売りつけたり不当に価格操作を出来るのではありませんか。」
「余もそれが気になってそれも聞いたのだが。そうなればロッソ商会などの大店がギルドの代わりに農民や漁師から買い付けを行ったり行商人に売ればよいと言っていたわ。一度形が出来てしまえば模倣は簡単なので横から簡単に手出しが出来ると。だからこそギルドはこの仕組みの利点を奪われないように非常に難しい舵取りを迫れられると言っていたぞ。」
「貴族の我々には考え付かない仕組みですな。それをあの商人が考え付くとはやはり脅威ではありませんか?少し前にゴーレムによる襲撃事件もありました事ですし。」
「貴様の気が済むまで調べるがよい。余は先ほども言った通り無駄だと思うがな。それにゴーレムを連れ込んだのは聖国の司祭であったのだろう。」
「ええ、襲撃の後森を調査に入った兵士が発見致しました。干からびた司祭の遺体と近くに魔術かスキルかで小さくされたゴーレムと共に。」
「何度聞いて理解できぬ死体であるな。確か死因は背後から剣か何かで貫かれたことによるものであったな。」
「その通りでございます。貫かれた穴の角度から分かったのは背後から胸に向かって斜め上に向かって貫かれたことです。どのような制限があるかは不明ですが戦力を小型にする特殊能力がある者を失敗したとはいえ易々と殺すとは思えません。それに殺すにしてもわざわざ背後から襲うことは無いかと。あまりにも不可解な遺体ですので調べた者は魔族にでも襲われたのでは無いかと冗談を言うほどです。」
「魔族などおとぎ話の存在であろう、と言いたいがイサナと関わってくると表に出てこないだけでいるのでは無いかと思ってしまえるな。ただ、まぁ、おとぎ話のような存在であれば我々ヒトは既に全滅しておる。だが全滅していないという事はヒトに対して敵対的ではないのであろうよ。」
「そう願いたいものですな。ところで陛下本日は良き酒が入りまして召し上がりますかな。」
「勿論頂こう。しかし、普段はあまり飲まなかった貴様が酒を飲むようになるとは貴様もイサナに毒されてきたな。」
「それは否定できませんな。あのガラスでできたグラスで飲む事に完全にはまってしまいましたな。酒を飲む事にあまり良い反応をしてこなかった妻も同様ですな。」
「ガラス、あの加工だけで世界が揺れるであろうからな。今までは物好きが大きなガラスの塊を趣味で集める程度だったがそれがあのように変わるのだからな。そうそう、酒と言えば熟成と言うのがあってなこれもイサナの知恵なのだが…」
世は全て事も無し。
こうして今日も世界は回っていくのでした。
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