酒と男と年の功

「ドワーフの酒造り一同!世界に轟く酒を造る事を火の山とドワーフの神、イサナ店長に誓いましょう。」


「うむ。長く厳しい試みになると思うが試してみる価値はある。そして、お前らにしか頼めない試みじゃ。しっかり頼むぞ!」


ガンテツの言葉にドワーフの酒職人たちは深々と頭を下げる。

職人たちは皆やる気に満ちていてその熱意の炎が見えそうな程だった。

しかし、いろいろあったがここまであっさり行くとは思ってもいなかったな。

俺はその辺に転がる空タルなんかを見ながら今回の騒動を思い出すのだった。


・・・

・・


事の発端は今日の早朝、日の出と共にガンテツが一人の年老いたドワーフを連れて来た事から始まった。

100%不機嫌です、って感じの老ドワーフの一歩前に満面の笑みのガンテツが出る。


「こいつは集落の酒職人達の頭でな。サイクロプス族やリザード族の作った酒を味わってみたいって前々から言っておったから連れてきておったんじゃよ。昨日のカクテルも飲ましておるぞ。」


「首長が言った通りワシが今の酒造りの元締めだ。昨日のカクテルという技法は見事だったと褒めておこう。しかし!ワシらの火酒を美味くするなどと簡単に言ってくれたようだな。火酒はワシらドワーフが心血を注ぎこんで作り込んだ秘技中の秘技。酒を飲めぬ素人が口を出していいもんではないわ。」


不機嫌は顔をズイッと俺の目の前に近寄らせる老ドワーフ。

ドワーフ頑固者で職人気質からすれば何も知らない素人が横から口を出して来たらそりゃ機嫌も悪くなるわな。

ただ、ここで起こって怒鳴り散らさないのは昨日のカクテルを認めくれているからだろうな。


「確かにそちらの言う通り職人の技術に素人が横から口を出すべきでないのは解っておりますので作り方については口を出す気は無いですよ。自分が試してもらいたいのはただ一つ。タルの中で酒を寝かして欲しい、それだけです。実際にそれで美味しくなるかは分かりません。ただ、試してみないとどんな結果になるかはわからないのでやって欲しいだけです。」


「タルの中で寝かすというのはアレだな。前に首長の誕生祝いにお前が持ってきたワインっていう果実酒でやっとったやつだな。しかし、アレはお前自身が言っとっただろ。ワシらドワーフには出来んと。お前の言う通りワシらは酒が出来たら直ぐに飲んでしまうぞ。」


「確かに言いましたし、我慢できない事も聞きましたね。なので今回だけは俺のとっておきの秘宝を使います。それがあれば今回だけは我慢できずに飲める事ができます。味さえ知ってしまえば我慢出来る様になりませんかね?」


「我慢できずに飲めるようになるならそれは素晴らしいが我慢できるかどうかは分からん。とりあえず試して見ようではないかタルで寝かしたワシらの酒がどうなるか。」


この後、乗り気になったドワーフ2人に荷物の様に担がれて俺は馬車まで運ばれていった。

今回はヴィオラとメイちゃんとレディアの3人が同行することになった。

リーサも行きたがっていたがこれからに向けてリザード族はいろいろと忙しくネフェルと一緒にお留守番である。

リーサを開放する日はそう遠くはなさそうだ。


馬車に揺られて数時間。

ドワーフの集落についた俺たちはガンテツの案内でそのまま酒の工房に連れていかれた。

鉄で作られた門には武装した門番がおりとてもじゃないがここで酒を造っている様には見えなかった。


「ほんとにここで酒を造ってるのか?いくら何でも厳重すぎないか…」


「ここは昔から食料置場を兼ねた工房でな。大戦の時に避難所として作り直されたらしいわい。今はそんな風には使う事は無いがたまに酔っ払いが酒を求めてやってくるから門番は置いとるんじゃよ。」


ドワーフの酒に対する熱意は天井知らずだなと思いながら工房に入るとますます強くそう感じる物が置いていた。


「ポットスチル…蒸留器があるのとは思っていたけどまさかコレがあるとは…」


大きな涙の様な形の銅製の蒸留器がドンッと並んでいた。

技術が進んでいないと思っていたけどコイツだけは余りにも近代的過ぎないか?


「やはりイサナ店長は蒸留器を知っていたか。これはドワーフの集落に伝わる秘伝中の秘伝の結晶だがな。」


「強い酒を作り出す方法なんて限られてるからな。ただ、俺が知ってるものとほぼ同じ物が出てくるとは思っても無かったけどな。しかし、よく蒸留の仕組みに気づいたな。酒があればある分だけ飲むものだと思っていたのに。」


「それに関してはワシが教えてやろう。むかしむかし、仕事が終わりの一杯を楽しみにしている職人がおったんじゃ。ある日、杯に入れた酒を工房に置き忘れて次の日にそれを飲んでみると全くと良い程酒精が無い酒になってもうたんじゃ。そこで職人は1晩置いてしまったから酒精が抜けたと思い杯にフタをすることにした。そしてある日いつものように酒を飲もうとするとフタに水滴が付いていてなそれを職人がもったいないと思い舐めてみるとビックリするほど酒精が強かったんじゃ。それから強い酒造りが始まって長き年月とドワーフの知識と情熱が合わさり今の形の蒸留機になったそうじゃ。」


「酒飲みのもったいない精神ががここに繋がってると思うとある種の執念を感じるな。」


「ワシらドワーフは頑固じゃが言い換えればそれは一途という訳だ。さてついたぞ。ここが出来た酒を保管してる場所だ。古い物でも3ヵ月ぐらいしかないぞ。」


その、3ヵ月前の日付が書かれていた銅製のタンクもドワーフに担がれて運ばれていった。

経った今売れたのかな。


「なるほど、出来次第ハケて行くなら熟成なんて生まれないのは当然でしょうね。

しかも、保存容器は銅製のタンクですし。まずはこのワインの入っていたタルに詰め替えて貰えますか?」


そう言うと元締めは若そうなドワーフに指示を出してタルいっぱいに火酒を入れてくれた。


「本来なら未使用のタルの方がいいですし、タルによって合う合わないがあるので今回はあくまで1例という事でお願いします。」


「タルによって味が変わるというのは面白いな。それでどれだけ寝かせればいいのだ?」


「自分が知ってる酒の場合は最低3年ぐらいですね。というわけでまずは3年物を行きましょうか。」


腰につけてる打ち出の小槌を手に取って熟成3年目になれと思いながらタルを叩く。

タルはカタカタと少し揺れたがすぐに収まったのでコックを捻って火酒をガンテツのジョッキに注ぎ渡した。

すこし、匂いを確認してからガンテツはグッとジョッキを呷った。


「これは!」


眼を見開きマジマジとジョッキを見るガンテツ。

…不味かったかな。

ガンテツは自分の何も言わずに別のジョッキに火酒を入れるとそれを元締めに突き出した。

受け取った元締めは恐る恐る一口飲むとガンテツと同じように目を見開き残りを全部飲み干してしまった。


「美味い!酒精の強さは残ったままだが荒々しさが薄くなり飲みやすい。これがタルで寝かせる意味か。」


ガンテツも同じように感じたのか笑顔で元締めと肩組んでいた。

一緒に来ていたレディアやヴィオラも味わってみたが彼女たちもその変貌ぶりに驚いていた。

掴みはバッチリ、問題無いようだしちょっと熟成期間を延ばしてみるか。


「では次は10年熟成させようと思います。自分の国では10~12年前後が人気が高かったですよ。」


打ち出の小槌でまたタルを軽く叩くと先ほどと同じようにカタカタと震え始める。

タルそのものも若干黒ずみ年月が進んだのが目に見えてわかるようになった。

ガンテツと元締めがそれぞれのコップに注ぎ乾杯して飲み始めた。

先ほどと同じように一気に呷るのかと思いきや一口飲むとため息を一つついた。


「…美味しくなかった?」


俺はガンテツに恐る恐る尋ねると彼は静かに首を振った。


「ワシは今、生まれて初めて酒を味わっておる。味は文句なく美味い!だがそれだけではない。香りに喉越し全て感じた事無い酒だ。これが本当の酒の味という物をワシは生まれて初めて感じたんじゃ。」


「首長の言う通り。長年酒を造り続けてきたがこのように味わって飲む酒は造れんかった。酒はまだまだ手を入れる価値があると断言出来る様になったわ。」


しみじみと一口ずつ味わいながら酒を飲むドワーフを見るのは中々不思議な光景だ。

そんなドワーフとは反対に暗い顔をしているのはレディアだった。


「どうしたレディア。熟成させても度数は変わらないから酔ったのか?」


「そうではない、そうではないのだ店長。よくも余にこんな恐ろしい物を飲ませてくれたな。もっとずっと味わいたいのにこれが出来るは10年かかるのだろう?今ほど自らの寿命の短さを恨んだことは無いぞ。」


「そんな事言われてもこればっかりはどうしようもない。これから10年待ってくれ。なんだったらガンテツと直接交渉して予約したらどうだ?ただ、交渉は自力でしてくれよ。」


レディアの実家がどれぐらいの規模かは知らんが間違いなく上位の家だろうし一つぐらい予約出来るだろう。


「イサナ店長。タルで熟成というのは寝かせば寝かすほど美味くなるのか?もしよければもっと味わってみたいのだが。」


「残念ながらそういう訳では無いですね。寝かせすぎると今度は逆に渋みが出てきますので逆に飲みづらくなっていきます。とりあえず15年目と20年目を味わってみますか?」


結果として15年目は香りが強くなるが若干の渋みが生まれ好みが分かれそう、20年目は渋すぎてダメと言った結論になった。

とはいってもこれは原料やタルの種類などで変わるのでこれから試行錯誤を繰り返して至高の酒を造るという事になった。


「素晴らしい酒を味わえたのはいいがこれを集落に広めたいのだが良い案はないか?」


「ワインの空タルはあるが全員に配れるかと言われると正直分からん。とりあえず酒職人に振る舞って口伝えで宣伝するしかないんじゃないかな。味はとってもいいが作るのに時間と費用が掛かるって感じで良い事と悪い事両方のな。そしたらまだすぐに量産は出来ないことも伝わるしな。今は交易を見据えての仕込みだけどもし交易がポシャったら全部負債になるから集落で売れる体制を整えておく必要があるから子供が成長した時用の祝い酒とか結婚何年目の時の為とか未来のお祝いの為様にって感じで売り込むのはどうだ?」


「ふむ、とりあえずその案で行ってみるかの。では兄弟は振舞の準備を頼む。」


そうしてワインの空ダルに火酒を入れては打ち出の小槌で叩くのひたすら繰り返し酒を振舞った結果。

信念に燃えるドワーフの酒造り職人達が出来たのだった。


とりあえずこれで荒地の受け入れ態勢はあらかた揃ったかな。

あとは、外に出ていく準備だな。

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