足りないもの、足りすぎるもの

レディアを工房に案内した日の晩、俺とレディアは石舞台の前の広場にテーブルを出して晩御飯を食べていた。

これも貿易が始まった後の観光事業の一環で『星空の下でディナーを』という感じで売り出そうと思っているのだ。

各所にかがり火が置かれ満天の星空の下で食べるディナーはとても幻想的で俺個人としてはかなり気に入っている。

また、そう思っているのは俺以外にもいるようで最近は星が出始めるとどこからともなく人がやってきて思い思いのテーブルにつき飯を食べるというのがブームにもなっている。

俺以外のオオイリ商店のメンバーもすぐ近くでダンテス、ガンテツ家族と一緒にテーブルを囲んでいた。


「これは中々素晴らしい試みだな。星の下で晩餐を味わうとは王都暮らしでは中々出来るものではないぞ。」


「気に入ってもらえて光栄だ。俺もこれは気に入っているからな。」


「王都でも星が見えるのは見えるが城やら城壁やらで広くは見えぬからな。目が痛くなるぐらい灯を使うのが貴族の証明の様な愚かな風潮もあって晩餐は無駄に煌びやかな室内で食べるが一般的だからな。それに何よりも驚いたが食事の種類が多い事だな。正直にいうと肉ばかりかと思っていた。」


レディアは驚きながらも新鮮な野菜のサラダを食べていた。

他にも今日取れた魚やエビを焼いた物やスープに入れた物、俺の一押しの香辛料の効いたオオトカゲのステーキなんかも用意されてある。


「俺も初めて来た時はそう思ったぞ。各所にリザード族の集落があってそこはここと違って農業をメインにしてたり地底湖の近くに住んでいたりしてそういう所から食材が運ばれて来てるんだよ。まぁ、その日その日で採れるのが違うから毎日こうとはいかないけどな。それに今日はお前に感想を聞くために一番豪華なメニューを用意して貰ったんだ。高貴な身分の舌には合ったか?」


「うむ、余は実に驚き満足している。これだけのものが出てくれば大抵のものは納得がいくだろうな。このメニューは実際にここの住民も食べているのか?」


「もう少し濃い味にはなるが食べているよ。あとは出してない物にサンドワーム料理とかスコピオン料理とかあるけどな。それはさすがに厳しいと思って出してない。」


「それは英断だな。味はともかく元の形状が問題だ。か弱いご令嬢なら正体を知ったら倒れるぞ。」


「だよなぁ。美味いの美味いんだけどなぁ。ところでお前は酒は好きか?」


「もちろんだとも。店長の選んだいい酒があるのか?」


「悪いが酒に関しては俺は何も分からん。そもそも飲めんからな。とりあえず試してみてくれ。」


そして俺が用意したのはリザード族とサイクロプス族が好んで飲む『カクタ酒』だ。

カックタスと呼ばれるサボテンのように棘のある木の樹液で作られる酒で自然発酵で生まれる安価な酒、らしい。

元の世界だとサボテンで作られる酒が無いので初めて見た時は驚いたが異世界だからと納得するしかなかった。

ちなみにどれぐらいの価値があるか【目利き】をしてみると、


【カクタ酒】

・カックタスの樹液で作られる自然発酵の酒。

・時期にもよるが樹液は1日に数回取れるので大量生産できるがアルコール度数が4%と低く余り日持ちがしない。

・価格はコップ1杯あたり小銅貨2枚

・なお、カックタスは樹液に集まってきた虫などを棘で捕らえたり大型動物の老廃物養分にする性質がある


そんな感じだったし毒性が無かったので販売することにした。

ちなみにカックタスの樹液をそのまま飲むとほんのり甘いのでジュースとしても販売中である。


「ふむ、酒精もだいぶ低いうえに甘みとわずかな酸味で飲みやすいな。これはいくらで売るのだ?」


「コップ一杯辺り銅貨1枚。こっちの酒精の無いジュースは小銅貨5枚。」


「酒にしては破格の値段だな。理由を聞いてもいいか?」


「このカクタ酒は大量生産できるんだが余り日持ちがしないからどんどん捌かないともったいないんだよ。それにこれだけ弱いとたくさん飲みたくなるだろ。だからあえて安価でガンガン飲ませて稼ぐんだよ。」


【目利き】で出た値段は小銅貨2枚だが実際は小銅貨10枚分の銅貨1枚。

この差は何なのかというと状況による付加価値である。

【目利き】を使って分かった事は材料費や職人の人件費などは考慮されるがプラスアルファにあたる付加価値が入って無いという事だ。

こっちの世界に来た時はあんまりわかって無かったので表れた値段そのままで売っていたが今回から実験を兼ねて付加価値を上乗せしている。

今回は『貴族向け観光地』と『ここでしか飲めない』といった所だろうか。


「産地限定だが日持ちしないとなると銅貨1枚というのは妥当と言った所か。ところでは無いのか?」


?」


「商売上手なお前の事だ用意してあるのだろ?ドワーフのを。」


「アレか…あるにはあるが飲みたいのか?」


「それはもちろん!ドワーフに出会ったのであれば飲まねばな。ドワーフのを!」


誰が言ったか分からんがドワーフの作った酒は火酒と呼ばれる。

由来としては火が出るような酒だから火酒だ。

実際に火が出る程のアルコール度数では無いが喉が焼けるように感じるぐらい高いらしくうちのメンバーも飲んでみたがリーサ以外受け付けなかった。

そんな曰くつきの酒ガンテツに頼んで持ってきてもらいレディアの前に出すとワクワクしながら彼女は飲んだ。


「くわぁ~~ これが噂のドワーフの火酒かの威力か!これは確かに喉から火が出そうな酒だな。さすがの余もこれ程の酒は始めて味わったぞ。」


「ガッハッハ そうじゃろ、そうじゃろ。ワシらの酒はそんじょそこらの軟弱ものとは違うからの。」


「軟弱ものって酒につける言葉か?まぁ、それはともかくこれは貴族たちに売れると思うか?」


「なかなか難しいな。話のタネに1杯2杯程度なら飲むだろうがその程度だろうな。ヒトの作る酒ではここまで強いのは出回っていないからかなり人を選ぶと思うぞ。」


「ムム、確かにワシらの酒はワシらに似て無骨な酒って感じじゃからのう。ワインのように軽く華やかな物を呑みなれておったらちょっと辛いじゃろうな。」


飲みなれない酒を呑むって結構厳しいからなぁ…前世ではそれで失敗したこともあるし。

とりあえず付け焼刃ではあるが火酒に手を入れてみるか。

ガンテツとレディアがあーだこーだと相談してる中、俺は水とカクタ酒とそのジュースを持ってきて近くで飯をくってる連中に集まるように声をかけた。

うちのメンバーや、リザード族、ドワーフ族が集まって総勢約20名集まってくれたのだった。


「主、こんなにも集めていったい今から何をするつもりかな?」


「ドワーフの火酒を少しでも飲みやすく出来ないか実験しようと思ってな。ただ、付け焼刃だから美味いかどうかは別だがな。」


「飲みやすくなるならワシらとしては異論はないぞ。美味ければなおいいがな。」


「美味くなればいいけどなぁ。という訳でまずはこれを飲んでくれ。」


「ほぉ、これは…」

「冷たいのはいいのぉ!」

「確かに飲みやすくはなってるね。」

「ただ、味気ないね。」


概ねこんな感じの感想だった。


「兄弟、こいつは水で薄めたのか?」


「ああ、水割りって言う飲み方だな。ほかにもお湯割りとかソーダ割とかあるぞ。俺の国は酒好きだが酒に弱いって言うのが多かったからこういった飲み方が生まれたんだ。」


「ワシらからすれば考えられん飲み方じゃが飲みやすくするという点で見ればアリなんかのう。」


「酒ってのはお国柄がでるからな。さて次からが本番だ。多分甘くなってるはずだ。」


「ほほう、確かに甘い!」

「わずかな酸味が爽やかさを生んでいるな。」

「わたしコレ好きな味だ。」

「これは美味いな。」


「主、これはまさかカクタ酒を入れたのかい?」


「ご名答!これも酒を飲みやすくする技法の1つだけどこれは薄めるんじゃなくて味を足して改良したんだ。酒に何かを入れる技法をって言うんだ。じゃ、最後はカクタスジュースで作ったカクテルだ。さっきより甘みが強いと思うぞ。」


「確かにより甘く酒としてはより薄いな。」

「嫁が好きそうな味じゃ。」

「カクテル、恐ろしい技法よ。」


「今の3つの飲み方は割合を変えると味が変わるから好みを味を作れるっていうのが利点だな。だから各自で好きな味を探してくれ。」


そう言って机から離れると飲み足りない連中は自分たちで酒を作っていった。

とくに面白かったのがいつもは大笑いしながら飲んでるドワーフ達がチビチビと味を変えながら飲んでることだった。

一度火が付くととことん追求しないと満足しないんだな。


「見事であったぞ。まさかこのような方法で酒を飲みやすくするとは余も知らなかったぞ。」

「嬢ちゃんの言う通りだ。この飲み方はドワーフの中で間違いなく流行るぞ!」


「喜んでくれるのは嬉しいけど俺としてはあんまり納得できてないんだ…」


「何故だ?皆火酒を飲めるようになっているではないか。」


「確かに飲んでいるけどそれは火酒の本来の味じゃないだろ。なにせ初めて世に出回るんだ。だからって印象をつけたくないんだ。俺は強くても味わいたくなる酒って感じに売りたいんだ。」


「酒造りってのは鍛冶技術と並ぶほどドワーフ達が重きを置いてる技術だ。だからこそこれまでさんざん研究され改良されつくしてるんだぞ。それに手を入れるのはかなり厳しいぞ。」


「そうだろうな。俺も素人ながら酒造りの難しさの知識はある。でも、今回するのはもっと手を入れる方法じゃないぞ。前に飲んだだろ?ドワーフには作れない酒を。」


「アレか!確かに試してない方法じゃな…一か八かじゃがやってみるか。ワシは酒の職人に声をかけてくるわい。明日の朝にまた来てくれ。」


ドタドタとガンテツは走っていった。

さて、俺も明日に備えて寝るかな。

未だにカクテル熱が冷めない酔っ払いの喧騒を背に満天の星空のした帰るのであった。

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