幕間・これまでの神々の動き(前編)

時は大入勇魚オオイリ イサナが呼ばれる前までさかのぼる。

神界において目下の問題は存在域リソース不足、土地不足と言い換えても良いかもしれない。

主な原因は絶大な力を持つ可能性を秘めた武具や魔導具、呪具、霊薬などなどあらゆる物を回収、保管を行う宝物庫のリソース増大にあった。

物質的な縛りを離れ霊体や精神体などで呼ばれる神界に置いてどこにリソースを割り振るかというのは土地の割り振りだけで無く自然のバランスを取る等の神々の仕事の効率化などにもつながり大きな問題になっていた。

そんな大問題をどうやって解決するかという議論は上級神達で連日連夜行われていたが良案は出されず年月だけが過ぎていった。

そして、そろそろ決めないと不味いといったときに現在の主神であるグランフィリアが驚くべき案を出した。


「宝物庫に収められている物を人の世界に降ろす」と


他の神々も考えはしていたものの博打に他ならないので口にはしなかったのだがトップである主神が言ったのならばとそれに乗る神も現れ賛否両論、口だけではなく拳や魔法が飛び交う激しい話し合いの末、条件付きで主神の考え通りに行こうとなった。

その条件とは、神が直接渡さないこと、宝物庫の宝自身に渡りたい相手を選ばせることの二つだった。

簡単なようであったがこれが思ったように進まなかった。

神が直接渡さないと言う事は第三者を立てるという事なのだがこれが見つからないのだ。

宗教家の力がかなり強いこの世界において神の代理をしてもらおうというのだから何をしでかすか想像も出来ないのだ。

久しぶりに生命でも作るかグランフィリアが悩んでいた所かねて寄り付き合いのあった元異界の神から提案があった。


「この世界の人が使えないのなら異世界の人はどうか」と


この提案にもともとが博打なのだから更に博打を打つのも有りかと思い異世界の神々にコンタクトを取ったところとある島国の福の神が名乗りを上げてくれた。


「話しは聞かせてもらったで。ワイらに任せとき!」

「余った物を必要なところに持っていくのはワテら商売人の十八番や!」


妙な喋りかたと変なテンションの神々に若干の不安を覚えながらもグランフィリアは彼らに人選を任せることにした。

これがオオイリ イサナがこの世界に来る少し前の話である。


そして、オオイリ イサナがグランフィリア達が管理している世界に降り立った時多くの神々が彼に注目していた。

異世界の、ましてや商人なのだから注目されない訳がなかった。

なにせこの世界において商人というのは好かれる職業ではないのだ。

金にがめつく、売れるためなら平気で噓を付き、利益の為なら簡単に他者を裏切る、

そういったイメージが先行していた。

勿論、すべての商人がそういったわけでは無いのだが話題に上がるのはそういった悪徳商人が多かったのだ。

そういった背景もあり嫌われるのも仕方ない商人として生きる事を決めたイサナだったが彼本人はそう言った事実を知らず慣れないながらも頑張って開拓村で売買をしながらのんびり旅を進めていた。

そんな彼の姿を見守るのが神界の流行りブームになるまでさして時間はかからなかった。

時間があるものは常に見守り、見れななかった者は見た者から様子を聞き、果てには録画のような技術まで開発されるのであった。

特に工房の職人たちの視線はかなり本気だった。

もしかしたら自らが作った品が店頭に並ぶかも知れないのだ。

まだ、イサナのカバンと神界の工房及び宝物庫はリンクしていないが今のうちから彼らはイサナの商売の仕方を観察するのが日課となっていた。


そんな大歓迎している場所もあれば彼の登場で修羅場を迎えている場所もあった。

それは自然のバランス整える部署だ。

原因は彼に与えられた彼自身も把握しきれていないチート群だった。

面白がった元の世界の福の神が洋の東西問わずにあらゆる加護を与えたのだからそれはもう凄い事になっている。

なにせ、神というのは多面性を持っているだけでなく『福』という曖昧な物をメインに据えたものだから加護を与えた神側も暇を持て余していたかつ、久しぶりに加護を与えるという事も相まって与えた側も与えられた側も完全に把握出来ずにそのしわ寄せがここで出てしまったのだ。


「…要するにイサナさんが来てから現地の妖精や精霊が張り切り過ぎていると?」


「端的に言うとそうです。まさに狂喜乱舞といった所ですね。普段からあれぐらい張り切って欲しいところです。」


「それに関しては分らない訳じゃないけれど、その件で何か問題があるのかしら?」


「有ると言えば有りますし無いと言えば無いと言えますね。イサナ君がいるエリアの妖精も精霊も自主的に頑張っているだけですのでこちらとしてはリソースを割かなくていいので楽と言える半面、こちらがどれだけ指示してもほぼ効果がない暴走に近い状態とも言えます。」


「それは…どうすればいいかしらね…」


「正直な所お手上げです、手の付けようがありません。これまでのデータも全く意味を為さない状態ですからね。」


「困ったわね…イサナさんに言って何とか力を制御して貰う術を覚えてもらったほうがいいかしら?」


「いえ、出来れば見なかった事にして欲しいのです。豊穣神として豊作でうろたえるわけにはいかないので。まぁ、部下には右往左往してもらいますけどね。」


「…あまり、部下を虐めちゃダメよ。」


グランフィリアの言葉に豊穣神はニッコリと笑顔で返すだけでそのままグランフィリアのもとを後にした。

その後、豊穣神が担当している場所では、


「うそ!その精霊が反応しちゃうの!?あなた昔にいろいろやらかして引きこもってたじゃないの!この子が動くとなるとリソースを慎重に変えないといけないわね!」


と言った豊穣神の嬉しそうな声と


「あ”あ”ぁ”お願いだからイサナ君動かないでぇ~」

「イサナ君が美味いと言った野菜がやたら繁殖してるんですけどぉぉ!」

「もうヤダお家帰る…」


と言った部下達の悲痛な叫びが響く神界でも1、2を争う程に混沌とした場所になっていくのであった。


神々の苦悩なんて知らないイサナは学園都市を目指しながらひたすら西に進んでいた。

そして、道中で賊が怪しげな商人を襲っているところに出くわしたが雇っていた護衛と神馬セキトの活躍により難なく撃破し荷台にいた奴隷を開放した。

だが、解放された奴隷を見た瞬間一部の神々が騒めいた。

なにせ彼女たちはイサナから見れば異種族であるエルフと鬼だったからだ。

正体を隠しているとはいえいつバレるかは時間の問題である、エルフの神に至っては蒼白と言って良い顔色になっているのだが鬼の神はどこ吹く風の全く気にしていない様子だった。


「落ち着きなはれ、エールダールはん。かの国のヒトはエルフの事を何とも思っとらんよ。なんせ、向こうにはおらんからね、エルフは。おらん相手に嫌悪を抱く事はあらんよ。」


「しかし、あの子もヒトですよ。ヒトがエルフにした所業を知っているでしょう…」


「そやね。それぐらいにはもうこっちに来とったからね。それでも心配する必要は無いよ。どっちかと言うと鬼のお嬢ちゃんの方が気になるけどあんなに愛らしゅう子やから大丈夫やと思うけどね…」


その後、宿屋で2人は正体をバラすのだがイサナは特に気にも留めなかった。ただ、事前に教会に行ったことが誤解を招きかけたのだが3人の前にグランフィリアが現れてイサナの事を全て話して納得させた。

このやり取りを見ていた神々ももう問題無しと判断し各々の持ち場に帰っていったのだった。


その後、学園都市で商売を続けるイサナ達を見守りながら神々は各々の職務に励んでいた。少しずつだが工房の品や自我持ちの道具達が売り払われていきゆとりが出来つつあるのを感じていた時に神界に衝撃が走る。


【オオイリイサナが封印指定された魔剣を降ろす】


そのニュースは神界中に一瞬にして伝わった。

イサナに宝物庫の封印について話しに言っていたグランフィリアが神界に帰ってくると多くの神が詰め寄った。


「姉上、イサナに封印を解かせるおつもりですか!?異世界から来たとはいえ彼はヒトの子ですぞ!」


口火を切ったのはグランフィリアの弟である火の神だった。

ドワーフ族を創造した彼は日ごろからグランフィリアに対するご意見番としての立ち位置にいた。

グランフィリアが何かをしでかす時は大体彼が一度ノーを突きつけグランフィリアが説明すると言った図式が成り立っており今回も同じようにグランフィリアは彼に説明をしたのだが…


「まぁまぁ、大丈夫ですよ。元々イサナさんが魔剣とか封印された物を取り出すのを想定して初めて封印物を取る際には術の核に直接触れて解除できるようにカバンとリンクしてますから。魔法に関する詳しい知識無くともいつも通りカバンに手を入れれば簡単に封印は解けますよ。」


「だから、それが問題なのですぞ!100年ほど前に酔っぱらった勢いで宝物庫の封印術式を無茶苦茶にしたのを覚えておらんのですか!?」


「…え?」


「もしや、お忘れですか…常に核が動き続け運よく核に触れたとしても即座に虚無の彼方に飲み込む様に改造していたのを…」


「そう…でしたっけ…」


そう一言発して青ざめるグランフィリアとグランフィリアの答えを聞いて青ざめる神々。

まさに絶句と言うに相応しい状況に陥った彼女たちに追撃の如くけたたましい音が響く。


「警報 外部より封印指定物品への干渉を確認 封印防衛陣を起動します 繰り返します 警報 外部より封印指定物品への干渉を確認 封印防衛陣を起動します 繰り返します…」


非情なアラームが鳴り響き跳ねるように飛び出したグランフィリアを火の神がガッシリ丸太のような腕で抱き止めた。


「離しなさい!宝物庫の封印を解かないとイサナさんが!」

「死にに行くようなものが解ってて離すわけなかろう!あの子も姉上も無二の存在ですが姉上の方が重要度が上なのですぞ!」


火の神だけで無く他の神々もグランフィリアを宝物庫に行かせまいとしてもみくちゃになっていた時にドーンと遠くから何かが爆発するような音がしてみんなの動きが止まった。


「警告 警告 封印防衛陣の破損を確認 防衛部隊は宝物庫から出てくる可能性に備えてください 繰り返します 警告 警告 封印防衛陣の破損を確認 防衛部隊は宝物庫から出てくる可能性に備えてください 繰り返します…」


本来なら喜んで聞いてはいけない警報はこの時においては戦勝報告となった。

グランフィリアの執務室に歓声が響くと火の神は安堵のため息をつきグランフィリアを開放し彼女はイサナが封印を破った喜びと彼を失わなかった安堵感から力が抜けてしまいヘナヘナと尻を付いたのだった。

その後、イサナから魔剣を受け取った2人の若き女騎士は絶大な魔剣の力を使い見事にゴーレムの群れを切り伏せたのである。


その後は非常に平和な観測だった。

見られているイサナは小さくない学園都市をあっちに行ったりこっちに行ったり大変だったが見てる方としては楽しく、仕事外で普段は気にしなかった現世の人間の生活を見る息抜きとして最適でもあった。

一番かかわっている工房もイサナと言う顧客が現れたことで凄まじい活気に満ちており今日も今日とて「誰それの品が売れた」とか「贈答用の品を頼まれた」とか「ビンゴの道具とかどうやって作ればいいんだ…」とか職人一同楽しそうに過ごしていた。

ただし、そんな日々も終わりを告げようとしていた。


「豊穣神様、観測班から緊急連絡です!イサナ君の次の目的地ですが北部の非観測地域に決めたようです。」


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