浄化の儀式 石舞台の戦い

リザード族の集落の北の岩山にある『塩の祠』

そのすそ野に石で作られた舞台が置かれそこにリーサがやって来た。

浄化の儀式の影響か今の彼女はうっすらと輝いており

ざんばら髪であるにもかかわらずその長い髪が風で揺れるたびに火の粉のような光の粒が舞うのは非常に神秘的だった。

実際何人もの女性が少し羨ましそうな眼差しを向けていた。


「リーサさん綺麗ですね。」

「そうだね。ただあの美しさの代償が焼き殺されるのはちょっと遠慮したいかな…」

「…怨念は出てくるでしょうか?」

「きっと出てくるさ。それに出て来てくれないと主の作戦が破綻するしね…」


ボクは石舞台の上の方に見える塩の祠に視線を向ける。

主の無事を祈りながら。


・・・

・・


「呪いの大本を断つ為の作戦を考えてきたぞ。」


主がそう言ったのが今日の朝だった。

小さな体で胸を張って少しでも威厳がありそうに見せるその姿は相変わらず可愛らしい。


「主様、作戦とはどのようなものですか?」


メイの疑問にボクも同意する。

なにせ浄化の儀式が行われるのはもう間もなくだ。

大規模な作戦なんて出来そうに無い。


「先ずは儀式を始めて怨念どもを祠から引き釣り出す。怨念どもがリザード族を襲い始めたらヴィオラとメイは彼らを守る。俺は祠のお祓いをする、それだけだ。シンプルイズベスト、これ以上解りやすい作戦はないだろう?」


「いろいろツッコミたいけれどまず前提して主はお祓いなんてできるのかい?それこそ1000年以上続く呪いを祓えるほどの。」


「ヴィオラは面白い事を言うな。俺は行商人であって神主じゃないんだからお祓いなんて無理に決まってるだろう。」


さも当然かのように笑いながら話す主、うちの主は何を言っているのか…

半分呆れかけた所に「だからこれを使う」といっていつも腰に付けてた木槌を手に持った。

アレは確か賊が置いて行った柵を消すときに使った魔道具だったかな。

そして主は急に真面目な顔になってボクたちに話し始めた。


「この木槌は【打ち出の小槌】って言って俺の世界のおとぎ話に出てくるんだ。その力は単純明快あらゆる願いを叶えると言う物だ。万能の願望機、万物の夢の具現化そう言い換えてもいい。」


主は本当に…何を言っているんだ…

恐らくメイもそんな事を思っただろう何せ2人して何も言えなかったんだから。


「とカッコつけては言ったもののきっといろいろ制約はあると思うんだよな。何かに作用する場合はその相手に向けて振り下ろさないといけないと思うし、欲しい物を出すときは振り下ろした所にしか出ないとか、多分万能であるけれど局所的だと思うんだよな。あ!もしかして信じてない?まぁ一番俗っぽいけど解りやすいってことで金貨でもだしてみるか?」


そう言って主が金貨が欲しいといいながら小槌を振るとバラバラバラと金貨が小槌を振り下ろしたあたりに落ちた。

ボクとメイはその落ちた金貨を拾ってマジマジと色々な方向から金貨を調べたがどう見ても本物だった。


「そんなに凄い物があるなら初めからそれで浄化をすれば良かったではないかい?」


「まぁ、それは俺も考えなかったわけじゃないが打ち出の小槌コイツはあまりにも強力すぎて力の確認が全くできてないんだよ。もし、呪いを祓ってくれって願って振り下ろした時にあの岩山そのものが消える可能性もあるからな、可能な限り呪いを弱らせてそのリスクを減らしたいんだ。それに俺自身があんまり使いたくなったんだよ。もともと魔法の無い世界から来たという事もあってだいたいの問題って人の手で解決出来ると信じてるんだ。別に魔法を信じてないわけではないけどまだ信用しきれてないって所はある。それにリザード、ドワーフ、サイクロプスと言った種族がここまで集まってきたんだからそれに水を差したくないしな。」


「そういう思いがあるのならボクは主の望む通りに動くだけだよ。リザード族はボクとメイで必ず守り切って見せよう。だけど、護衛を外すという事は主は自分自身でその身を守る必要があるのは分かってるよね?」


「その辺は大丈夫だ。何せセキトがいるからな。後は状況を見て臨機応変に動くだけだ。」


若干の不安を残しつつもこうして作戦会議は終わったのだった。


・・

・・・


朝の事を思い出してると浄化の儀式が始まりポンポン、カンカンと骨と皮で作られたリザード族の楽器が音を出し始めると周囲の空気が一転した。

薄っすらと殺気混じりのピリリとした戦いが始まる直前の独特の空気、恐れと不安そして緊張が走る。

ボクとメイは大ジジ様やババ様のいるリザードやラミアとドワーフ達の非戦闘員が集まる中心部の担当になった。

その周りをリザード族の戦士がグルリ包囲し更にその周りをドワーフの戦士たちが守っている。

そして、儀式を行っている石舞台はサイクロプス族が守りに着いた。


そして儀式が始まってすぐに澱んだ魔力を含んだ空気が漂い始めた。

ますます、緊張が走る中とうとうソレが現れた。


「コロス コロス コロス ドラゴンコロス リザードコロス ラミアコロス ウロコモツモノ コロス」


不気味な声を上げながら黒い汚泥の様なモノが塩の祠から飛び出てくると空を覆い尽くした後空から襲いに落ちて来た。

弓を構えひたすら連射を行う、輝翠晶ユグドラシル・クリスタルで作られた魔法弓は力を入れずに引けるうえに矢を魔力で作るからあらゆる形状に変更できる利点がある。

その力を最大限に活かし飛べば飛ぶほど矢が増えるように作り打ち続けたおかげでリザード族達に直接落ちるのは防ぐことが出来たが地面にはすさまじい数の汚泥が落ちて来ていた。

地面に落ちた汚泥は2,3度バウンドすると矢のような速度でラミア達に襲い掛ったがメイの傀儡でまとめて切り払われた。


「地上に落ちた相手はメイにお任せを!」


メイの傀儡が斬る事に特化した槍(主曰くナギナタというらしい)を振るうとまとめて払われていった。


「グワァ!」


声の方を見るとリザード族の戦士が汚泥に捕まっていた。

戦士は苦しそうにもがき苦しんでおり矢で払おうとするとその戦士に向かってドワーフの戦士が体当たりをした。


「大事ないか?リザードの戦士よ」

「アア、問題ない。流石はドワーフの戦士の体当たりだ、眠気覚ましにはちょうどいい。」


汚泥はそのリザード族の戦士から離れ彼も多少は咽ているが冗談を交えながらドワーフの戦士にお礼を言っていたので命に別状はないようだ。


石舞台の方は浄化の儀式の中心であるため怨念も近寄る前に祓われてしまい偶に浄化されない怨念が近寄るがサイクロプス族がガッチリと守っているので無事である。


今のところ多少の怪我程度で大きな被害は無いが今の状況は追い払っているだけに等しくほとんど数が減っていない。

ボクやメイにドワーフ達、サイクロプス達はあくまでも呪殺を行うのを邪魔しているだけに過ぎない。

なにせ数を減らす方法が浄化の儀式の舞とリザードとラミアの攻撃でしかないのだ。

浄化の儀式の舞は元々がこの呪いを祓う為のものなので浄化の力があるから当たり前だが怨念という性質上害そうとする相手からのカウンターでしか倒せない。

今回の場合はリザードやラミア達が対象なので彼等なら無条件でダメージを与えることが出来るのだが何せ怨念の量に比べ数が少ないのでこのまま行くとこちらが押し負ける。


「グヌゥ!!」


そんな中また苦悶の声が聞こえたが今回はリザード族からではなくドワーフの戦士だった。

急ぎ矢を放つと今まで追い払っていただけだった汚泥が霧散した。

まさかと思い他の汚泥にも矢を放つを全て霧散していった。

周りを見渡すと汚泥がドワーフやサイクロプスを襲いリザード族が彼らを助ける光景が見える。


「コロス コロス コロス ジャマスルヤツラ コロス」


暴走する恨み故か奴らは自らの優位性を放棄し無差別に襲い始めた。


「今だ!今ならドワーフでもサイクロプスでも怨念を倒しきれる!」


「ドワーフの戦士よ!ワシらの力を1000年前のサビ共に見せつけてやれ!!」


「サイクロプス族も続くだぁよ。荒地の門番の二つ名を見せつけるときだぁよ!!」


ボクの言葉にドワーフとサイクロプスの族長が乗り両種族から力強い声が上がる。


<リザード族も負けるんじゃねぇ!!守われるだけなんて赤の部族の恥だぞ!!>


リーサも舞台の上で舞いながら吼えるとリザード族からも雄叫びがあがる。

リザード族固有の言葉なので詳しくは分からないが彼女も自らの種族を鼓舞したのだろう。

そこからの怒涛の勢いは凄かった、もともとここにいる種族が皆戦闘向きだったのもあるのだろうがみるみるうちに怨念が討ち祓われていった。

リザード族が槍で薙ぎ払い、ラミアは魔法で撃ち払い、ドワーフは斧で切り払い、サイクロプスは剛腕で打ち払っていき気づけば空を覆っていた汚泥は全て消え失せ地上に残る汚泥も大分少なくなっていった。

そして、残りわずかと行ったところで怨念が大きな動きを見せた。

地を這っていた汚泥が一か所に集まると見る見るうちに大きくなりサイクロプスより一回り大きな歪なヒト型になったのだ。


「コロスコロスコロス ヒトモカミモダイチモ スベテコロス」


暴走した怨念が暴れまわるので巻き込まれないように離れていくなかただ一人その場に留まるヒトがいた。


「これを倒せば全て終わりだぁよ。1000年前の戦も300年前の悲劇も今日、ここで終わりにするだぁ!サイクロプスは神の瞳、主神に造られし魔族の一柱の末裔、大地を穢すものに鉄拳を!!!」


白く輝くガントレットを付けたサイクロプスの大神官は勢いよく走って行き巨大化した怨念の顔面にその勢いごと拳を叩きつけ怨念は吹き飛び、殴りつけた衝撃は離れた位置にいたボク達にも伝わって来たほどだ。

大神官は追撃の為に再度詰め寄るが怨念もタダではやられまいと反撃を行う。

しかし、大神官はそれを紙一重で躱し、ときには捌き距離を詰め怨念の胴にその剛腕が食い込むような強打を放った。

その後も怨念が反撃を行うも致命的な一撃は全て防ぎ、対して大神官は的確に相手の隙を見つけ決定打を与えていった。


「凄い、まるで相手の動きが全て見えているみたいだ…」

「見えている見たいではなく実際見えてるんじゃろうなアレは。ほれ、あの辺を見てみろサイクロプスがおるじゃろ。それにアッチにもおるしコッチにもおるな。ああして四方八方をサイクロプスが囲む事で中心にいる大神官は相手の動きを全方向から見ることが出来るわけじゃ。まぁ、見えたからと言って対処できるかは別じゃからなそこは大神官の今までの修練の成果なんじゃろうな。」


ガンテツの言う通り大神官を中心にサイクロプス達が布陣していた。

彼等の瞳が今は全て大神官の目と言う訳だがそれをちゃんと処理する本人の凄さはいかほどか…


そんな中一方的な殴り合いにもとうとう動きがあった。

大神官の攻撃でよろけた怨念の隙を逃がさず渾身の頭突きを与えると怨念が大きくたたらを踏んだのを今の大神官が見逃すわけがなく地面を舐める様に腕を振り上げると怨念の顎を打ち砕くように打ち抜いた。

怨念の巨体が高く上がると同時に塩の祠から天に向かって光が伸び上って行った。

光は雲を貫いて荒地全体に広がると先ほどまで辺りに満ちていた澱んだ魔力は消え巨体の怨念も散りと化していた。


呆然とするボク達の元にリーサの大きな声が届いた。


「何をボーッとしてルンダ!勝ち鬨をアゲロ!アタシ達は歪悪イービルに勝ったゾ、1000年の呪いを浄化出来たンダゾ!!」


一拍おいて荒地中に響く勝ち鬨が響いた。

泣き、笑い、抱き合い、皆が喜びを出してる中塩の祠からの道をゆっくり歩くセキトの姿が見えた。


いろいろあったけれどどうやら無事に終わったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る