技術の結晶

俺はプレゼントの熟成ワインを渡し一歩さがると入れ代わりにダンテスが前に出た。

その手には桐で作られた綺麗な箱を持っている。


「おお、やっと来たか我が弟よ。それで今年の贈り物はその見事な木の箱か?慣れない木工作業なんてするから凄い顔になってるぞ。」


ガンテツが言った通りダンテスの顔はヒゲこそ整えられているが目の下の隈が凄まじく鬼気迫る物さえ感じられるほどだ。


「この木箱も見事なもんだけどこれはイサナが用意してくれたんだよ。大事な物を渡す時は気合を入れないとダメだってな。こうやってアニキに畏まって贈るのはちょっと気恥ずかしいけど今回はオレの職人人生で一番気合を入れた一品なんだ。ただ、他人に見せるのは初めてだし相談できる相手もいねぇからちょっと自信はないんだけど…あぁ、いや、何を言ってるんだろうな寝不足でちょっと不安になってるのかもしれねぇ。とりあえず黙って受け取ってくれ。」


「ダンテス、おめぇ…分かった。オマエがそこまで言う程の品だ。ワシも気合を入れて受け取ろう。」


ガンテツはダンテスからしっかりと木箱を受け取るとゆっくりと蓋を開け赤い毛氈もうせんをちょんと摘み一度深呼吸をして緊張した面持ちで開いた。

ガンテツはその包まれていた品を見るとおぉ、と一言もらし安心させるようにダンテスの肩を叩いた。


「凄いじゃねぇか!水晶の削りだしとかいつの間に覚えたんだか。しかもこれほどの重さなら相当大変だっただろ「「違う!違うんだアニキ!そいつは水晶じゃないなんだ。とりあえず壊れやすいからゆっくり持ってくれ。そしたら直ぐにおかしいと思うぞ。」」


ダンテスはガンテツの言葉を遮ったがその不安そうな表情にガンテツは何も言えずに言われるがままにダンテスからの贈り物を手に取った。

寸胴の様な形に無骨な取っ手がついている半透明なジョッキ、それこそがダンテスが寝る間を惜しんで作り出したこの世界で初めてのガラスの一品だ。

それは元の世界でさんざん見慣れた俺からすればかなりデカいし取っ手も綺麗な形では無いしお世辞にも透明とは言えないがこの世界で初めて世に出た物なのだからその価値は俺の【目利き】ですら計り知れない。


「確かに持ってみると水晶とちょっと重さが違うな。だけどこの辺りでこんな見た目の材料ないだろうよ。ダンテス、オマエは何でこいつを作ったんだ?」


「ヘッヘッヘ、聞いたら絶対驚くぜこいつはなガラスで作ったんだよ!あのクズ石だったガラスでな!」


ダンテスのその言葉で回りが驚きの声を上げるかと思いきや何故か周りは沈黙していた。


「・・・それは、本当か?こいつはガラスを使って作ったのか?」


「お、おおう。ガラスを溶かして膨らませて作ったんだよ。」


「ガラスを溶かしただと!?」


ダンテスの一言に周囲はざわつき始めた。

「溶けるのか?」や「冗談だろう」といった信じられないといった反応が大半だった。

流石に良くない流れになって来たので俺は慌てて口を挟んだ。


「ガンテツ様、いきなりの新技術で驚かれるのは分かりますがダンテスさんが言ってるのは全て本当ですよ。少し、皆さんに2つ程最近の事で思い出してほしいのですが一つ目はもしこの品が削り出しだったとしてこれを作れそうなほど大きなガラス原石はここ最近で出てきましたでしょうか?二つ目はダンテスの奥さんがガラスの素材であるキラキラ石をいっぱい家に持ち帰っていたことです。結構往復してたはずなので見て事ある人もいると思いますよ。まぁここまで言いましたが一番早いは後でダンテスさんの工房に見に行く事だと思いますけどね。」


俺の言葉を聞いて周りのドワーフが思い出すように言葉を出し始めた。


「あの大きさに加工できそうなキラキラ石は最近見てないな。」

「確かにいくら普段気に掛けないクズ石だからって大きかったら記憶に残るわな。」

「そう言えばダンテスの所の嫁さんが両手いっぱいにキラキラ石を持ってるのを見たな。てっきり細工の素材にでも使うのかと思って気にしてなかったな。」

「大工房の依頼所にもキラキラ石が欲しいですって来てたわよ。クズ石置き場に置いてあるから好きなだけ持って行ってくださいって答えたわ。」


これだけドワーフが話してくれたら信じる材料としては十分だった。

さっきまで信じられないといった顔をしていたドワーフ達も今は賞賛の眼差しをダンテスに向けている。

そして一人だけ沈黙を保っていたガンテツが口を開いた。


「…ダンテス、オマエは今日何をしでかしたか分かるか?」


「え、いや、アニキへの一番の贈り物を作って持って来たつもりだけど…」


「そうだな、その通りだ。間違いなく今日の贈り物で一等凄い物を持ってきたな。だけどなそうではないのだ。オマエが持って来たこのグラスはな!ドワーフのいや、あらゆる種族で初めてガラスを加工する技術を手に入れた職人なのだ!ガラス職人という新技術の職人がこの世に生まれたという事だぞ!お前の偉業は死後、神々の工房に招かれる可能性があるということだぞ!」


大興奮のガンテツの言葉に沸く周りのドワーフ達だが当の本人は未だに何が起きてるのか理解できていないようだった。


「そう言う事ですよ、ダンテスさん。アナタがこの世界で初めてのガラス職人です。」

「いや、でもよぉ、オレはお前に作り方を教えてもらっただけだぞ。だから世界で初めてのガラス職人てのはほかにいるんじゃないか?」

「そうですね、もしかしたら遠い遠い異国の地にはいるかも知れませんが少なくとも自分が知る限りではダンテスさんしかいませんよ。だって、自分のいた国はこの世にはありませんから。」

「イサナ、それはどういう事なんだ?」

「どうも、こうもそのままの意味です。詳しくは言えませんが自分の生まれた国の人間は自分以外この世にはいないんですよ。」


「ダンテス、イサナもこっちに来い。せっかくじゃからオマエらが用意した品で乾杯をするぞ。」


ダンテスと内緒話をしているとガンテツが声をかけてきたので二人で近寄った。

ガンテツの手にはガラスのジョッキがありそこには並々と熟成ワインが入っていた。


「透明な入れ物というのはいいものだな、ダンテス。中に入ってる酒がより一層美味そうに見える。さてと、乾杯の前に少しやりたいことがある。アレを持ってきてくれ。」


ガンテツがそう言うと一人の女性ドワーフが俺の前に銅製のグラスを置いてくれた。

・・・何故俺に?


「さて、イサナよ。そのグラスはワシらドワーフでも特別なものでな、いろいろと使われ方があるのだが今回は『血盟の誓い』と言う奴で簡単に言うと血も種族も越えて義兄弟になろうというものだ。ここ数日を見てお前さんはワシらはドワーフに新しい風を持って来た。きっとこれからもお前さんはワシらに栄光と繁栄を持ってくるだろう。しかし、ワシらもただその恩恵を受けるだけではダメなのだ受けた恩は返さねばならん。そのためにもその器を受け取ってくれないか。」


「…それは、自分でいいんですか?自分で言うのもアレですが文字通りの若輩者ですよ?」


「何を今さら、もうこの集落にお前を侮る奴はおらん。それに若造だからといって舐めるなと兵士に啖呵きったのどこのどいつじゃ?」


「あ~そこを突かれるとちょっと痛いですねぇ…解りました、この誓いありがたく受け取らせてもらいます。」


「お前ならそう言うと思っとったわい。よし、聞け!我が同胞よ!今日という素晴らしきにワシらドワーフに新しい風が舞い込んできた!一つは今まで見向きもしなかったクズ石がこのような美しきものに代わる新技術!そしてもう一つは血も種族も越えた新しい我らが同胞イサナだ!今での栄光と繁栄。そして新たな二つが持って来る新たな時代に乾杯!!!」


「「「乾杯!!」」」


この後はもう、しっちゃかめっちゃかだった。

俺の持って来た熟成ワインを飲もうと集落中のドワーフが詰めかけたりガラスの加工方法を教えろとダンテスが囲まれたり、兄弟!兄弟!とベロベロに酔ったガンテツが絡んできたりと、俺のドワーフの集落の滞在の最終日はこうして波乱のままに終わったのだった。

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