幕間・とある少年の実力テスト

 僕の名前はダニエル・ロッソ、一応家は男爵の位を持ってる魔法学院の生徒だけどそう名乗ることが出来るのもあと僅かかもしれない。

 と言うのも今日、担任に言われたからだ。


「ダニエル君、君は非常に勤勉な生徒だ。どの授業も真面目に受けているし筆記テストも上位だ。そんな君に言うのは酷なのだが次の実力テストで実技の点が芳しくない場合君はこの学院にいられなくなるかもしれない。担任としてなんとかしているが非常に厳しくてね…」


 苦しそうな表情で担任の先生が僕に言った。

 確かに魔法学院に入ってからうまく魔術が使えなくなった。

 だから、必死に勉強を行った。

 筆記テストがよければずっと学院にいることが出来ると思って、だから、周りよりも頑張ったつもりだったけれど、それもどうやらここ迄みたいだ…

 せめて卒業はしたかったけど今の僕にとってそれは何よりも難しいことだ。

 気持ちを切り替えようと思って公園に来たけど一向に晴れる気が無い。

 僕の気持ちを知らない公園は今日も変わらず小さな子供が楽しそうに遊びまわっていた、いいなぁ子供は、そういえばアレぐらいの時だったかな魔術の才能があるって解ったのは。


 ・・・

 ・・

 ・


 この国でも有数な商会の家に生まれた僕は幼い頃、実は家が金持ちだって知らなかった。

 と言うのも当時商会のトップだった祖父と両親の考えでごくごく一般的な金銭感覚を養う為に一般的な家族と同じように暮らしていたからだ。

 ある程度大きくなって実は僕が凄い商会の生まれで領地も領民もない形だけの名誉貴族ではあっても貴族の男爵家だったことはとってもビックリする事だったけれどそれ以上に僕自身に魔法の才能があることにビックリした。

 解かった時は家族みんなでお祝いしたことは今も覚えている。

 その後は父さんもお爺様も高いお金を出して家庭教師を雇ったり魔導具を買ってくれた。

 その時は自分でもわかるぐらいどんどん魔術が上達していってすごく楽しかったし魔法学院に入学が決まった時の家族の喜び様はそれはそれは凄まじかった。

 でも、魔法学院に入学が決まったあたりからだんだんと魔術が使えなくなって来ていた。

 最初は調子が悪いだけかと思っていたけど、どんどん魔術が使えなくなって行って発動しても暴走して周りに迷惑をかけたことは何度もあった。

 僕は何度も原因を突き詰めようと魔導具を変えたり先生に相談したりしたけれど一向に改善する気配が無かった。

 テストは3日後きっと今回もダメだろう、結局僕の魔法学院生活は家族と周り人たちに迷惑をかけただけだったな…


「あ~、お兄さん。何か悩み事ですか?よかったら話してくれませんか?お力になれるかもしれませんよ?」


 それが僕とイサナ君の出会いであり、僕の運命が大きく動き始める音だった。


 ・・・

 ・・

 ・


 公園に来て少しボーっとしていたみたいだ、気づけば僕の目の前に見慣れない少年が立っていた。

 黒髪黒目で薄手の長袖のシャツに見慣れない藍色の長ズボン、しっかりとしたブーツを履いて彼自身が入ってしまいそうな程膨らんだカバンを背負った少年がいた。

見た目だけで言えばまさに行商人だ、恐らくずっと俯いていた僕を気遣ってくれて声を掛けたのだろう。


「ん?ああ、坊や。ずっと下向いていたから心配かけちゃったのかな、ゴメンね。僕は別に落ち込んでないから大丈夫だよ。ハハ…」


 問題無いことを言ったつもりなんだけど少年はひきつった笑みをしていた。

 僕の顔に何かついていただろうか。


「良かったら何を悩んでいるか話してくれませんか?こう見えて行商人なので、もしかしたらお兄さんの悩みを解決できる商品がご用意できるかもしれませんので。ああ、自分の名前はイサナっていいます。」


 やっぱり彼は行商人だったようで僕の人を見る目も捨てたもんじゃないなと思った。

 まぁ、話したところで彼みたいな子供にどれだけ伝わるか分からないけれどちょっと話そうかな…


「ああ、そうだね。他人に聞いてもらえたら少し楽になるかもしれないもんね。ちなみに僕の名前はダニエル・ロッソ。愚痴になるけど聞いてくれるかな?」


 僕は思いの丈を全部吐き出した。

 その間彼は静かにだけどしっかりと聞いていてくれたおかげで僕は大分気が楽になった。

 その後、2,3言葉を交わすと彼は驚くべきことを言った。


「分かりました。ダニエルさん、あなたにとっておきの逸品をお見せしましょう。」


 そういって彼はその大きすぎるカバンから一冊の本を取り出した。

 綺麗な緑色の革表紙にはかわいらしい翼の様な絵が描かれていて中のページは触ったことの無い羊皮紙が使われており見た目は重厚な本なのに手に持つと羽のように軽い不思議な本だった。


「これは、風精霊シルフのらくがき帳と呼ばれる魔導具です。名前はちょっと変だと思うかもしれませんが性能はダニエルさんが今まで見たことがない物でしょう。これを貴方にお売りします。」


 シルフと言う名前はもっとも有名な風の精霊と言ってもいいだろう。

 確かに名前を聞いたらこの本の色も手触りも軽さも風を表してるようにすら感じる。

 それに中に書かれている絵や不思議な模様も魔導具の物なのだろう。


「…どうしてこれを僕に?」


「簡単なことです。私が貴方の為に選んだんじゃない。この商品が貴方を選んだのです。お代はそうですね…100銀でお支払いは3日後のテストらしいですから4日後。テストに合格したらでいいですよ。」


 なんと、彼は100銀もの商品を後払いで良いと言った。

 100銀と言えば4人家族が1年は暮らしていける金額だ、それを後払いとは彼は商売が分かっていないのだろうか…

 だけどもすでに僕はこの本が欲しくて堪らなくなっていた、彼はこの商品が僕を選んだと言ったが僕もこの商品を選んでしまったのだ。

 手元には新しい魔導具を買おうかと思い持っていたお金があったのでここで支払うことにした。


 そして、僕は支払いを済ませると家に帰ることにした。

 来たときは落ち込んでいたのに今はとても嬉しい気持ちなのはこの商品に出会えたからだろう。


 ・・・

 ・・

 ・


 あれから3日後、僕は今実技テストの為に魔法学院の校庭に来てた。

 この3日間、彼から貰った魔本をずっとニヤニヤしていた記憶がある。

 それぐらい何故か異常に気に入っていたのだが、それと同時にこの魔導具を使っても魔術が発動しなかったらどうしようかという不安感のせいでこれまで使えずにいた。


「次、ダニエル・ロッソ。」


 担任が僕を呼んだので近くに行くと僕にしか聞こえないような声で「がんばれよ。」と言ってくれた、迷惑しかかけてこなかったのにいい先生だ。

 今ここで初めて魔本を使うことになるので不安はある、でもどうせ、今日が最後の日になるんだから全力で魔力を込めよう。


 僕は魔本を開き、手を前にだし、目標となる的をしっかり見据えた。


 <風よ、塊となり、敵を討て ウインドボール>


 詠唱と共に魔力を一気に込める。

 見えないはずの風がどんどんとかざした手の前に集まっていくのを感じるのだが、

 僕の身長の倍以上に膨れ上がったので慌てて魔術を解き放った。

 巨大な風の塊は校庭の土をえぐりながら進み的に当たったのだが、そのまま的を飲み砕きながらもなお、進みつづけ的の後方にあった巨大な石の塊に直撃し相手を粉砕したと同時に掻き消えた。


 あまりの光景に僕は当然ながら先生も級友も唖然としていた。

 周りから「また、暴走か?」と聞こえたが術者である僕には解る、今の魔術は間違いなくにあった。

 先生も僕がちゃんと魔術を行使できていたのは分かっていたようだが確認の為もう一度確かめることになった。

 先生が的に指定したのは校庭の隅に生えてる一本の木だった、そこに魔術を当てるように言ってきた。

 僕は先ほどと同じように魔本を開き、今度は手を高く掲げて詠唱をした。


 <風よ、刃の如く、敵を切れ ウインドカッター>


 手を振りおろし魔術を振り下ろすと不可視の何かが凄まじい速度で飛んで行った。

 飛んで行った風の刃と思わしきものは木の後ろにある魔法障壁に当たったようで、バチィっと魔法障壁から凄い音が聞こえたが木自体は変わらずそこに立っていた。

 不思議に思った僕と先生が木に近づくと驚きの状態になっていた。

 

 僕はあまりの驚き様に言葉も出なかったのだが先生が声をかけてくれた。


「ダニエル・ロッソ、本来実技テストの点数は公表しないが特別に教えてあげよう。今回の実技テストは満点、疑う余地なく合格だ!!」


「先生!ありがとうございます!!」


 合格、合格したんだ!

 これでまだまだこの学院にいることが出来る!

 この喜びを誰に言おうか父さんかな、母さんかな、それともお爺様かな、ああ、神様ありがとう!!!


「ところでダニエル君。君に一体何があったんだい?その、君は昨日まで実技は、その、だっただろう?流石に1日2日でここまで使えるようになるなんて先生、驚きを隠せないんだけど。」


「新しい魔導具を使っただけなんですけど、正直、自分でも驚いているんです。これほどの力がある魔本とは思わなかったので。」


 そう言って先生の前に魔本を差し出すといきなり何かが飛び出して僕の鼻に直撃した。

 痛む鼻を抑えながら前を見ると緑色に輝く何かが浮いていた。


 ≪ちょっと、ニンゲン、なによあのマジュツはマリョクをこめればいいってもんじゃないのよ!アタシがてつだってあげないとまともにマジュツもつかえないのかしら!!≫


 出会ってそうそう僕は緑の何かに怒られた、何故なんだ。

 先生にこいつが何かを聞こうとすると先生は口はパクパクさせた後震えた声で言った。


「ま、まさか妖精か…?」


 ≪そだよ~ あたしはかぜのようせい。ちなみになまえはまだないよ。≫


「妖精!?これが!!先生、妖精っておとぎ話のだけなんじゃ!?」


「いや、妖精は実在はする。ただ、凄まじく珍しいだけで…」


「そんな存在がまさか僕の魔本に憑いていただなんて…」


 ≪ちがうぞ、ニンゲン。あのショーニンがいってただろ、『ショウヒンがえらんだ、って』アタシがニンゲンをえらんだんだぞ。カンシャしろよ。≫


 運命の出会いと言うのは往々してあると言うけれど僕の運命の出会いは間違いなくこの時だった。


                   ~伝記 大商会の大魔導師より抜粋~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る