戦いの裏で・後

「イサナ殿早速来てくれたか。この方がワシが知る一番偉い人物。

 宰相、ジェームズ・グランヒルズ公爵だ。」


 そう、ロダンさんが紹介してくれた男性は40代後半ぐらいで口周りに髭が生えておりそれが威圧感というか威厳というかそういった物に拍車をかけている。

 服装も派手さはないが細かな細工が至る所に刻まれており素人目から見ても一級品というのがよく解る。

 こう言っては失礼ではあるがカービン子爵やストンズ子爵とは比べ物にならない、格が違うと言うのはまさにこういう事なのだろうと実感した。


「オオイリ商店の店主、イサナとお申します。お会いできて光栄です。」


 内心ビビりながらなんとか挨拶をする。

 流石に宰相は予想外だよ、正直学園関係者を狙っていたのに。

 そんな俺の心境を知らない宰相は堂々と話し始めた。


「貴殿のことはロッソ男爵からいろいろと聞いている。なんでもこちらに提案したいことがあるとのことだが早速聞かせて貰ってもよろしいか?」


「解りましたと言いたいところですが実物を見て貰ったほうがいいと思いますのでそちらに移動してからでも構いませんでしょうか?」


「よろしい、では案内を頼む。」


 と、いうわけで俺達は昨日の倉庫に向かうことになった。

 アァァ、緊張する~


 ・・・

 ・・

 ・


「この中に用意しましたのが今回宰相閣下にご提案する品物でございます。どうぞ、ご覧ください。」


 俺はヴィオラとメイちゃんに合図をして倉庫の扉を開けさせる。

 そこには酒や野菜や肉など食べ物を中心に数々の品物が所狭しと並んでいた。

 二人にこの倉庫の目録を手渡すとロダンさんは感心したように肯いていたが宰相のほうは全くの無反応だった。


「これらは全て街から出て行った他の商人達から集めた物ですので特別、高級品というわけではございませんが今の街の状況からすれば集めるのは難しい品々かと。」


「確かにその通りだ。この街は特性上周囲に農村もなく商人が品々を持ち込まなければすぐに干上がる。しかし、この町の住民はそんな時の為に常に備えているから特別必要ではないぞ。」


 宰相はこちらがとして買って欲しいと言う前にピシャリと切り捨てる。

 だが、しかしそんなことは織り込み済みであるし、そもそも俺はこれを


「いえいえ、宰相閣下。そのようなことは織り込み済みでございます。こちらとしてもこれらを救済品として買っていただく気はございません。これらは全て現在街を離れている勇者の皆様の為に揃えたものでございます。」


 あえて大げさに、道化のように芝居染みた言い方で答える。

 少しでもこちらに興味を持って貰うためなら出鱈目な方法でも何だってやるつもりだ。

 それが功をなしたのかはわからないがずっと倉庫を見ていた宰相の体がピクリと反応した。


「宰相閣下もおっしゃったとおりにこの街は基本的に物が足りていません。それでもなお、あのような立派な遠征隊を動かすための物資を集めたのはさすがの手腕で御座います。そこで宰相閣下にお聞きしたいのですが戦いで勝利し帰って来た皆様をねぎらう為の準備は出来ておりますか?今のこの街で物資を集めることは出来ますか?」


 ここでこの話に食いついてくれないと正直後が厳しいのでこちらの気持ちを悟られないように120%ぐらいの作り笑いで宰相に尋ねる。

 顔はニコニコだが内心はバクバクで見えないところは汗だらけなのを感じる。

 宰相は顔だけこちらを見るとその口を開いた。


「……続けたまえ。」


 よし、何とかつながった!

 俺は笑顔の仮面を続けながらさらに宰相に提案をする。


「こちらにご用意した物資は全て勝利を収めた勇者様方の為に用意したもので御座います。これほどあれば戦勝パーティーを開くことが出来るかと。物資の少ない街でこれほどの品物を揃えることが出来るとならば貴族世界での宰相閣下の御力と名声はさらに広がることかと。ああ、お値段の事は心配なさらずとも構いませんよ。これらすべて2金でお譲り致します。」


 そう提案するが宰相はあんまり反応はしなかった。

 因みに2金という値段は俺の目利きを使ってはじき出した値段でこちらの利益はほとんど無い。

 宰相の横にいるロダンさんが驚いているぐらいだから安すぎたのかも知れない。

 しかし、それに反応しないとなればプランBに移るしかない、正直こっちはあんまり言いたくなかったんだよなぁ。


「それとも、宰相閣下がご用意するのは拙いのですかな。たとえば、そう留学生の問題などで。」


 そう言うと宰相どころかロダンさんまで驚いた表情でこちらを振り向いた。

 そこまで反応することなのか?と思いながらも食らいついた宰相を逃がすまいと俺は一気に畳み掛けた。


「ならば、これらの商品は無償で提供いたしましょう。ただ、こちらのような無名の店主が提供となると怪しまれますのでロッソ商会と共同で言う名目で如何でしょうか?」


 俺の提案に宰相は一言「ほう」と漏らすとやっとこさ体全てをこちらに向けた。


「面白い提案だがその代価として貴様は何を望む?」


 感情のこもっていない低い声で宰相が尋ねるので俺は嘘くさい笑顔の仮面をやめて真剣な顔で答えた。


「名前を覚えておいてください。オオイリ商店のイサナ、と。」


「なるほど…あのロッソ商会の会長を務めた男が合わせたがるわけだ。

 よかろう貴様の名、よく覚えておこう。」


 今の儲けは無いがこれでうまくいけばこれから儲けられるぞ。

 とか喜んでいたのもつかの間、宰相の話はまだ続いた。


「ただし!この倉庫の品物を使って凱旋から戦勝祝いまで貴様が仕切れ。それが出来ぬのならば貴様の名前は無能者として覚えることになるだろうな。」


「え、それは…」


「何か言いたいことでもあるか?」


「いえ!何でもありません。宰相閣下。」


「遠征隊の動きなどはロッソ男爵を通じて連絡するので協力しあうと良い。

 では、ロッソ男爵、先に失礼する。」


 そういうと宰相は俺達に背を向けて歩いて行った。

 うう、最後に厄介ごとを渡されるなんてと思っていたら宰相は倉庫の入口辺りで止まり俺に振り向きこう言った。


「ああ、それと貴様。道化の真似事は止めておけ。顔が真っ赤だったぞ。」


 最期に悪戯気味に笑いながらそれだけ言うと今度こそ出て行った。

 チクショー、なんて奴だ。


「いやはや、イサナ殿。ずいぶんと宰相閣下に好かれましたな。」


 そう言って俺の肩に手を置いてくれたのは先ほどまでずっと黙っていたロダンさんだった。


「イサナ殿がどのような商談をするか気になっていたので口を出さなかったがよろしいかったのか?これでは儲けはありませんぞ。」


「まぁ、大体は予定通りですよ。ここでこれが売れてしまえばそれはそれで問題ありませんし。逆にここで名前を憶えて頂いて100年続く取引を続ければ最終的に大儲けですから。」


「…本当にイサナ殿は行商人なのかつくづく考えさせられる。とりあえず今は宰相閣下の課題をこなさなければなりませんな。一度我が家で話し合いを致しましょう。」


 ほんのちょっとの時間で疲れた体に気合を入れて俺たちは一度ロダンさんの邸宅に戻ることにしたのだった。


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