少女から見た不思議な商人

 砦での戦いから2日程森の状況確認の為に留まったが問題無しとバーデン辺境伯が判断し私たちは帰路についた。

 襲撃があった周囲を木に囲まれた街道を超えると両学園を象徴する大きな尖塔と街をぐるりと囲む城壁が見えてきた。

 どこからか大きく息を吐く音が聞こえるがそれも仕方がないことだろう終って仕舞えば短い時間だったけれどあの時の私たちは誰が死んでもおかしくない状況だったのだから。

 それが重傷者はいたものの死者無しとは神の奇跡としか思えなかった。


「マルチナ~。どうしてそんなにガチガチなの。ここまでくればもう大丈夫だからリラックスしなよ。」


 ケラケラと笑いながら私の横を並走するブリッサが軽く私の背中を叩いた。


「っ!!!」


 私は声にならない悲鳴を上げ体中に痛みが走る。


「あ、ごめん。まだ治ってなかったのね…」


 そう、私はあの戦いの後から全身筋肉痛に悩まされていた。

 戦闘があった次の日は本当にひどく立つことさえままならない状態だった。

 おそらくこれは魔剣を使った代償なのだろう。

 何せ戦闘中は魔剣とはいえ、細みのレイピアでウッドゴーレムを一刀両断出来る程の膂力を得たり、馬の様な速さで駆け抜けたのだ。

 その結果がこれだとしたらその代償としては軽すぎると思って受け入れざるを得ない。

 とはいえ、辛いものは辛い。

 私は全身をプルプルさせながらブリッサを睨みつけた。


「もう、悪かったって。家に帰ったら筋肉痛に役立つ薬上げるからそれで許してよ。それに街にイサナくんが残ってたらいい薬があるか聞いてみようよ。彼ならきっと持ってるよ。」


 うんうん、と一人納得しているブリッサを横目に私はイサナさんについて思い返していた。

 初めて会ったときは卒業訓練の帰りの宿場町で保存食を買おうとしてイサナさんに声をかけたのが始まりだった。

 そのあとイサナさんの提案で学園都市まで護衛をすることになり道中ちょっと問題はあったが無事町まで送りとどけそこで一度別れたがすぐに再開した、それも驚くような形で。

 ブリッサと共に我が家にやってきた彼は何年にも渡って我が家を苦しめていた問題をいとも簡単に消し去ってしまった。


 私が幼い頃に巻き込まれた火災で母は正常に声を出すことが出来なくなってしまった。

 火災の現場に置かれていた薬品や魔道具のせいで母の喉は焼け爛れ医者から治すのは不可能だと言われていた。

 それでも父は何とかして母の声を取り戻すためにあらゆる物にすがった。

 高名な医師や神官がいれば我が家に招き、喉に効くと聞けば高価な薬も購入していった。

 そのため我が家の財政はひっ迫することになったが父をはじめ使用人たちも母の為に耐え忍んでいた。

 そこにイサナさんがやってきて綺麗な缶と共に薬を持って来てくれた。

 藁にもすがる思いでイサナさんの薬を使うと劇的に効果を発揮してくれた。

 …まぁ、そのあと父も母も3日ほど見かけなかったがそれは仕方ないことだったのだろう。


 そして、いつの間にか学園の近くで露店を初めており店主は子供だが面白い品物や素晴らしい武具が置いてあると話題になっていた。

 極めつけは私とブリッサに持ってきた魔剣だろう。

 学園の展示室にも魔剣は飾られているがあれは言い方は悪いかもしれないが魔力が少し宿っている剣としか思えなかったがイサナさんが持ってきたのはそんなものではなかった。

 イサナさんが持ってきた箱を開けた瞬間部屋中に満ちた魔力の奔流に大人たちは驚いていたが私、いや私とブリッサは少し違う感じ方をしていた。

 魔剣の持っていた魔力が優しく包み込んでくれたのだ。

 だから、私たちは驚くことは無かった。

 だって魔剣は私たちが手に取る前に受け入れてくれていたのだから。


 それにしてもイサナさん、彼はいったい何者なのだろうか。

 我が家の様な小さな家にコショウを持ち込んだ上にこちらが買えるように考えてくれたり、露店の商品も開拓村で仕入れた物らしくそれを堂々と売る。

 そして、国宝以上にすら思える魔剣の代金を魔剣が選んだからといった理由で受け取らない姿勢。

 他の商人ならばこちら側が高価な品を買えないとわかると早々に切り上げたり無名の開拓村で仕入れることなどしないしあれほどの魔剣を懇意になりたいからと言って持ち込むことなんて絶対にありえない。

 商人なんて金にならない弱小貴族になんて挨拶に来ることすらしないし開拓村なんて見向きもしない、何せ貴族以上に金とメンツに拘る人種なのだから。

 本当に彼は一体何者なのだろうか、神の御使い?人に化けた悪魔?

 彼の正体については考えれば考える程分からないがただ彼のようにまともな商人が増えれば世の中はもう少しましになるかもしれない…


「マルチナ、マルチナ。アレ見て。またイサナくんが面白いことしてるよ。」


 イサナさんについて考え事をしていたのでブリッサからイサナさんの名前が出た途端少しドキッとしたが言われたとおりにブリッサが指さしたほうを見る。



【オオイリ 商店 特別出張所


 街への凱旋前に身なりを整ておきませんか?


 今なら無料で各種道具使い放題、包帯など医療品も特別価格でご用意してます


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。街を魔物の群れから守った勇者様がた!どうですか、街に凱旋する前にここで身綺麗にしていきませんか。鎧や剣を磨くための道具はもちろん。その身で街の脅威を受け止めた皆様方に医療品特別価格でご用意しております。今の歴戦の戦士の様な風貌も悪くはありませんが街にいる家族や恋人、その他不安に怯えた住人の為にここらで手入れをして勝利の花道を進みませんか?」


 隊列な中から「子供店長」という言葉がチラホラ聞こえる。

 私が思っていた以上にイサナさんは知られていたらしい。

 本当に不思議な人だ、貴族の子供たちにここまで知られている露天商は彼以外にはいないだろう。

 考えれば考える程彼についてよく解らなくなるが今は急に大声を出し驚かせたことで兵士叱られている姿を見て笑っておこう。

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