作戦開始

 討伐隊が砦に到着した翌日の早朝、討伐隊および街道守備隊合わせて約900名が砦より出陣した。

 今回の攻撃の要となる魔術攻撃部隊は砦を中心に左右に分かれて展開し囮部隊は即席の橋が架けられた空堀を進みゴーレムが潜む森に向かって行った。

 そして、カービン家の息女ブリッサ・カービンは右翼の魔術師たちの護衛部隊に割り振られていた。

 今まで魔物討伐には何度か赴いていた彼女ではあるが今回のような大規模な討伐隊に所属するのは初めてでありソワソワと落ち着かないようであった。


「いつも元気な君も今回は緊張しているようだね。」


 声をかけて来たのは同じ部隊に配属された騎士学校の教師だった。

 本来ならば実戦経験のある教師陣も敵と肉薄する部隊に配属するべきとの声もあったが今回が初陣である生徒たちも多くいたので彼ら彼女らの精神的安定の為に後衛に回すようバーデン指令が指示をしていた。


「先生……このような大規模な討伐作戦は初めてでしてちょっと落ち着かないです。」


「そうだね。これは私の方法ではあるのだが落ち着かないときは愛馬や愛剣など使い慣れた物を触ると落ち着いたりするよ。一度試してみるといい。」


 教師はそれだけ言うと他の生徒に声をかけに行った。

 話を聞いたブリッサをひとまず試そうと思うがすぐに愛馬が近くにいないことを思い出し何かないかと自分の荷物を確認するために視線をずらすと腰につけた剣が目に入った。

 イサナより買った、というよりは譲り受けたサーベル型の魔剣は赤を基調に彩られ見事な細工が施された護拳ごけん(指や手を守るためにつけられているカバーの様な物)があり鞘も同じく赤く見事な仕上がりになっておりその魔剣を腰から外しマジマジと見ているとだんだんと落ち着いてきたのを感じた。

 まだ愛剣というにはおこがましいかも知れないがこの剣を初めて手に取った時から自分の為に作られたのではないかと思うほど馴染んでいた。


 そして、自らと同じく魔剣を受け取った親友に思いを馳せていた。


 ・・・

 ・・

 ・


 もう一人の魔剣の持ち主マルチナ・ストンズ、彼女は輜重隊の護衛の任務を受けており学園都市から砦に向かう街道を進んでいた。

 街道の右側は切り立った崖で左側は森という攻められると守りにくい地形をしていた。


「マルチナ。気を詰め過ぎじゃない?そんなにピリピリしていたら到着する前にたれちゃうよ。」


「そうですね。この規模なので緊張しているのかもしれません。」


 騎士学校の友人にそう返すも気を抜けずにいた。

 というのも今回の相手がゴーレムと聞いてストンズ家がいわれなき謗りそしりを受けるのでないかと考えているのだ。

 というのもストンズ家は荒地が多く農業には向いていないのだが昔から使いやすい建築材として石材を輸出し主な収入源にしておりその土地柄ゆえによくゴーレムが自然発生している。

 そもそも、ストンズ家の領地は学園都市から見て北側にあり馬を使っても1月はかかる遠隔地なので今回の大発生とは全く持って無関係なのだが口さがない貴族たちは何を言うか分からないのでこの討伐作戦が失敗できないと人一倍気合が入っていた。

 そのためかどこか落ち着かず先ほどから常に魔剣の柄の部分を撫でていた。

 レイピア型の魔剣の柄はスウェプト・ヒルトと呼ばれる曲線状の鍔が付けられておりそれが日差しを受け先ほどから緑色の輝きを放っていた。

 そして、その輝きはまるで主を落ち着かせようと必死そうに見えた。


 ・・・

 ・・

 ・


 太陽が完全に東の空に上ったころ砦では討伐作戦が決行された。

 騎馬隊を中心とした部隊が森の間際まで駆け寄りそこから弓を撃ったり魔術を放ったりし森で蠢くゴーレムたちに攻撃を行った。

 ゴーレムの巨体では森で隠れることなど出来ずそれどころか人の腰ぐらいの高さの藪などは踏み潰してしまうためどこに潜んでいるか丸見えであった。

 痛みや恐怖を感じないとされるゴーレムでもひたすら攻撃され続ければそれを払おうと動きはする、とうとう囮部隊を叩きのめそうと地響きとともに森から出てきた。

 そして囮部隊も作戦の成功を感じ迎撃地点まで後退を始める。


 囮部隊の動きを確認した魔術攻撃隊にじわじわと緊張が走る。

 囮部隊の後方に見える3mぐらいの石の巨人達に魔術師たちは己の魔具を向けた。

 地響きとともに近寄る巨群に攻撃の合図はまだかと待ち続ける魔術師たち。

 そして囮部隊の最後の一人が堀を渡り終えた時バーデン指令の手が振り下ろされた。


「全部隊、一斉攻撃!!!」


 号令を合図に炎や氷、雷や大きな風弾などの魔術が一斉に空堀に近づこうとするゴーレムを襲った。

 自然物に魔力が溜まって生まれたゴーレムは性質上物理攻撃にはとても強いが体に溜まっている魔力が魔法攻撃を受けると反発しあうため魔法攻撃には見た目以上に弱い。

 次々と動かなくなっていくゴーレムを見ながら魔術師隊は嬉々として魔術を打ち込んでいった。


 しかし、戦況は変わり続けるもの。

 底の見えぬゴーレムの大群に討伐隊が押され始めた。

 何故ならあまりのゴーレムの多さに魔術師部隊の魔力が持たなくなってきたのである。


 森からのゴーレムが2個目の空堀を渡り終えたころ、ひときわ大きな地響きが起きそれと同時に巨大な穴が展開中の魔術師部隊の近くに開くとそこからどんどんとゴーレムが湧いて出た。

 唐突の奇襲にバーデン指令は的確な指示を出し続けるが初陣の者が多い部隊は完全にパニックに陥っていた。


 ブリッサのいる右翼の攻撃隊も奇襲を受け浮足立っていた。

 しかもそれだけでなく魔法に強い耐性を持つ水晶のような素材で出来た一際大きなクリスタルゴーレムが迫りつつあった。

 迫りくる巨体に部隊はすでに戦闘意欲をなくし壊滅の時を待つばかりであった。


 しかし、ただ一人ブリッサだけは


 ・・・

 ・・

 ・


 砦の討伐隊が奇襲を受けた同じ時輜重隊もパニックに陥っていた。

 森から突然ウッドゴーレムが襲い掛かってきた為もともと戦闘能力が低い部隊だけにこちらはより悲惨であった。

 横からの攻撃で護衛部隊がなすすべもなく倒されると蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。


 マルチナも咄嗟のことに剣を抜きはしたが振る間もなく馬ごと殴り飛ばされてしまった。

 全身に痛みが走り自分の命もここまでかと思った時に友人の悲鳴が聞こえた。

 その声を聴きこのまま座して死ぬわけにもいかないと奮い立ちせめて一体でも多く道連れにしようと思い痛む体に力を入れるとそこで違和感を感じた。


 


 不思議に思いつつも彼女は友人を守るために駆け出した。


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