失った歌声

 俺たちは宿で今日何をしようか話し合っていると意外な人物がやってきた。


「おはよう、イサナさん」


「おはようございます、商人さん。突然の訪問申し訳ございません。」


 やって来たのはブリッサさんとカービン子爵の奥様だった。

 なんでも昨日のうちにマルチナさんの家(家名はストンズと言うらしい、今初めて聞いた)から連絡がありすぐにでもお会いしたいと返答があったためそれを教えに来てくれたのと俺にお願いがあったということでわざわざ来てくれたという事だった。


 そして、俺は今カービン親子が乗って来た馬車に一緒に乗せてもらいそのお願いをユーリさん(カービン子爵の奥様の名前で馬車に乗る前に教えて貰った)から聞いていた。


「ストンズ夫人は私の妹なのですが十数年前に火事に巻き込まれそれ以降声を出すのに苦労するようになってしまいまして。学生の頃は学校の歌姫とも称されるほど素晴らしい声を持っていたのですが今では見る影無く、レムス子爵も何とか妹の声を取り戻そうと数多くの手段をとったのですが全て徒労に終わってしまいまして。そこで、もしイサナさんが行商で各地を渡りあるいているうちに何か良い物を持っていましたら是非とも見せて欲しいのです。」


「失った声を取り戻すような薬ですか・・・」


 人魚姫の逆バージョンの様な薬を求められたがそんな薬があるのだろうか・・・

 そういえば人魚姫って声を失って泡になるんだったか?あれ?でも昔見た夢の国製の人魚姫は最後の方も普通に喋ってたような・・・


『声を取り戻すような薬ならいくらでもあるぞ』


 何故か人魚姫の話を思い出そうとしてたところ腕輪から急に声が聞こえたのでビクッとしてしまい奥様から不思議そうな顔で見られたが何とか誤魔化しそっと淡く光る腕輪を見た。


『大丈夫だ、この声はお前にしか聞こえてないからな。とりあえず薬ならいくらでもあるから安心するがいい。ただ、少し腫れた喉を治すようなものから恐ろしい声で話すドラゴンの声を天上の歌姫にするような物まであるからな。相手の状態を見ない事には気軽には処方できんぞ。』


 なるほど、それはそうだ。

 そもそも神様印の薬が人に対して作られているかすら怪しいのにそれを気軽に使うわけにもいかないからな。

 それこそ、ストンズ家の奥様の声がドラゴンみたいになるかもしれないしな。


「ユーリ様。一応薬も何種類かありますが相手の状態を見ない事にはお見せすることもできませんので一度合わせて頂けることは出来ないでしょうか?それに診せていただいても必ず効くことは保障できませんがそれでもよろしいでしょうか。」


「イサナさんの言う通りですね。状態が分らないとどうしようもないですものね。そこは私に任せてくださいレムス子爵に話を通してみせますね。」


 その後はストンズ家につくまで世間話などをしながらゆったりと過ごした。


 ・・・

 ・・

 ・


 ストンズ家に着くと早速当主の部屋に案内されることとなった。


「ようこそ、我がストンズ家へ。私はレムス・ストンズ。若輩ながらストンズ家の当主をさせて貰っている。君が噂のイサナ君だね、娘から聞いていたが若いなりにもかかわらず将来有望だとか是非仲良くさせて欲しい。」


 ストンズ家の当主、レムス子爵はぽっちゃりとした優しそうな風貌なオジサンでニコニコとすぐに歓迎してくれた。

 俺は軽く挨拶をしてコショウの件を感情こめてさんマルチナさんに救われたことを強調して伝え両家で半分ずつ買う案を言うと簡単に了承していただいた、すでにカービン家から話が言っていたのでこの辺は予定調和と言うやつだろう。


「ストンズ子爵ありがとうございます。コショウは直ぐにでもお渡しさせていただきますが実は本日はもう一つお伝えしたいことがあるのです。」


 俺がそう言うとユーリ様が前に出て続いてくれた。


「レムス様。実はこのイサナさんは薬も何種類か持っているそうなの。それで良ければ妹に合わせて貰えないかしら。症状を見て状態に合う薬があるかもしれないとのお話なの。」


 ユーリ様の言葉に若干顔を曇らせるストンズ子爵。

 やはり自分の奥さんが苦しんでいるところを見せるのは辛いのだろう。


「分かりました。こちらも打てる手はもうすべて出し尽くしましたので行商として各地を歩いたのならば我々が知らない物を持っている可能性はありますしね。どうぞご案内しましょう。」


 ストンズ子爵とマルチナさんに奥様の部屋に案内されると中にはマルチナさんによく似た痩せた女性が窓際の椅子に座っていた。

 テーブルにはカップが置かれていたのでお茶を楽しんでいたのかもしれないがお茶菓子がないのが気になった。


「妻のメリンダだ。すでに知っていると思うがしゃべることが出来ないのでそこは許してほしい。」


 そう紹介されたメリンダ夫人は貴族らしい綺麗な動作で一礼して挨拶してくれた。

 ただ、弱弱しく感じるのは気のせいではないだろう。


「妹は声が出なくなってからあまり物を食べなくなったのよ。大きなものを食べるとのどが痛いらしくてね。だからスープばっかりで、ずいぶんと痩せてしまったわ。」


 挨拶のあとにユーリ様がそっと教えてくれた。

 食べることもままならないとは想像以上に厳しい状態なのかもしれない・・・

 頼むぞピオス、ばっちり効く薬を選んでくれよ。


「では、少しのどを見せてもらいたので協力をお願いします。では、お手本を見せますね。」


 そういってまずはヴィオラで試すことにした。

 この世界の医術がどの程度かはわからないがのどを診せることはあんまりないのか少し恥ずかしそうに口を開ける。

 流石に病院で使うようなの様な器具はないのであんまり奥を見る事はできないので適当に診察灯で口の中を照らし綺麗な口ですねと言ったら足を踏まれた。理不尽にもほどがある・・・

 

 少々茶番はあったものの本番というわけでメリンダ夫人ののどを診せてもらった。

 器具がないのでちゃんと奥までは見えないが少し見えるところに焼け爛れたような痕が見えた。


『なるほど、これぐらいならすぐに治る物があるから大丈夫だ。カバンの中に送るから取りに行くがいい。』


 腕輪からピオスの頼れるセリフが聞こえてきたので薬を取りに行くことを告げて馬車のほうに戻りつつ道中で詳しいことを聞くことにした。


「治せるって言ってたけどどんな薬を使うんだ?何かしらの対価をもらうんだからそれに釣り合うような薬にしてくれよ。」


『大丈夫だ、別段珍しい物でもないからな。まぁ人の世界で流通しているというのはあまり聞いたことはないが適当に金でも貰っておくがいい。で、お前が気になっている薬だが厳密に言えば薬ではない。[]と呼ばれているものであれぐらいの症状なら十分に効く。まぁ若干副作用はあるがな。』


「いやいやいや、副作用とかダメでしょ。俺、貴族の不興を買って打ち首とか絶対嫌だからな。」


「大丈夫だ。。安心しろ。」


 今のセリフのどこが大丈夫で、安心できるのかがさっぱり分からず俺は不安なまま送られてきた品物を手に取ったのだった。


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