切り札はとっとと切るべき

 逸る気持ちを抑え同じペースで馬車を進める、こういう時にクラクションがあれば合図になるんだけどなとか思っていると向こうもこちらに気づいたらしく昨日の料理人らしき男が手を振ってくれた。


「お待ちさせたようですみません。すぐに準備しますので。」


 馬車を所定の位置に止め俺は昨日の男に挨拶をしに行き二人は急いで準備にかかった。


「いやいや、俺が待ちきれなくてな。屋敷の動かせそうな連中を片っ端から連れてきたぜ。さぁ、立派な野菜を見せてくれないか。」


 男が興奮しながらこれでもかいう具合に顔を近づける、てか近すぎて怖いわ。

 俺はヴィオラに合図を送り野菜をどんどん馬車から降ろさせると、おお~という感嘆の声が上がる。

 ふっふっふ…驚け、驚け、何せここまで来た村々で片っ端から仕入れた野菜達だからな、相当な量があるぜ。

 どんどん出てくる野菜に驚いていた男も流石の量にストップをかけたので一度出すのを止めた。


「いやはや、まさかこんなにも出てくるとは思ってもなかったぜ。種類はこの辺りで取れる野菜のようだがこれだけの量があれば圧巻だな。ちなみにまだまだあるのか?」


「そうですね。村々に赴き余剰分を買い占める勢いで集めましたのでまだ幾らか余裕はありますよ。」


「全くとんでもない兄ちゃんだな。見た目と中身がまるで合ってないぜ。とりあえず俺は野菜の選別をしてくるぜ。あと我が家の家令が挨拶をしたいらしいからちょっと話してやってくれ。」


 そういうと男はダダダっと走っていき残された俺は一人呆然としていた。

 え~、まさかのここで放置…そりゃ、昨日からうきうきしてたから我慢できないのは解るけどさ、てか家令ってかなり偉い人じゃなかったっけ?とか思っていると奥から一際身なりのいい初老の男性がやってきた。


「初めまして、私はカービン家の家令を務めております、ハロルドと申します。この度は新鮮な野菜を売っていただきありがとうございます。」


「いえいえ、こちらは求められたからお売りしただけですので。ああ、申し遅れました行商のイサナと言います。」


「料理長のライザからお聞きしましたが本当にあのような破格のお値段でよろしいのですか?こちらとしては非常にありがたい話ではありますが。」


「ええ、昨日言った通りです。何せこちらは行商の身ですからすこしでも後ろ盾になってくれる方が欲しいのですよ。そのためなら多少値段を落とすぐらい造作もありません。」


「なるほど、料理長から聞いた通りですね。そこでご提案なのですがこちらの条件を飲んでいただけるのですこし色を付けてお渡ししようと思うのですがどうでしょうか?」


「どのような条件でしょうか?」


「実は近々私が仕える家のご子息の誕生パーティーがありましてその際に新鮮な野菜を振舞いたいのです。ですからそれまでにほかの方に商品を売らないで頂きたいのです。」


 今までにこやかに会話をして来たがこのオッサンここにきて提案とはなかなかやりおる。

 こちとら金よりも後ろ盾を求めてるのをわかってから言うとか飲まざるを得ないだろ。

 しかし、こちらも若輩者とはいえ一端の商人、そのニコニコ笑顔を驚愕の色に染めてやるわ。


「…ちなみにそれは食料品だけですか?」


「他にも商品があるのですか?」


「ええ、ここに来るまでの村々に寄った際に野菜を仕入れる際に一緒に買った工芸品や多少の武具類がありまして流石にすべて販売禁止にされるとこちらとしても厳しいのですが。」


 ちなみにこの世界、俺のような小さな商人(背じゃなくて規模の話ね)が販売するときは基本的に同じ種類の物だけだ。

 たとえば食料品を売っている商品は食料品オンリー、武器商人は武器オンリーなので行商人の俺が手広くやっているのはかなり珍しいことである。


「なるほど、なかなか手広くやっているのですね。わかりました食料品だけで構いませんので他家の方にはお渡ししないようにして頂きたい。」


「ありがとうございます。しかし、せっかくのご子息のパーティーですから何かしら目玉が欲しいですね。……ヴィオラ、アレを出すぞ。」


「え!?主、アレをだしていいのかい!?」


「構わん。お客様がお求めだ。こちらの本気を出してこい。」


 ヴィオラめ、こんな小芝居を挟むとはなかなかやりおるわ、馬車の中に戻るときニヤニヤしているのが見えたぞ。


「イサナ殿いったい何があるのですか?」


「ハロルドさん。それは見てお楽しみですがきっと皆さんがアッと驚くものですよ。」


 そうこうしている内に、料理人のライザさんが戻ってきてヴィオラが豪華な箱な恭しく持ってこちらにやってきた。

 ちなみに豪華な箱は神様工房から仕入れた物なので箱だけでもかなりの逸品だ。


「お待たせいたしました。こちらが我々の現在用意している最上の品でございます。」


 箱を開けると周囲に刺激的な香りが漂い、箱の中身を見たライザさんとハロルドさんは目を見開いて驚いていた。

 さぁ、見るがいい俺の切り札をな!!


「ここここ、これは黒コショウじゃねぇか!?」


「ええ、しかも量も十分ある、イサナ殿これはいったい…」


 ふははは・・・驚きよるわ、まぁそれも仕方ないけどな。

 何せコショウと言えば元の世界でも重宝された商品だ、なにせ金や銀と同重量の価値で交換されたと言われていたぐらいだしな、こちらの世界でもインパクトは凄まじいだろう。

 ちなみにこの商品は俺が仕入れた物じゃなく馬車の持ち主だった商人の物でヴィオラ達と同じように馬車の中に入っていたので俺の物になった。


「まぁいろいろあって私の手に来ましてね。かと言って自分で使うにも畏れ多くどうしようか悩んでいたところでして。」


「おい、ハロルドこれは何があっても買わないとダメだぞ!たとえこの半分でも他家の連中に振舞うには十分だ。」


「ええ、わかっていますよ。パーティーでコショウを使った料理を出せれば我が家を見る目が大きく変わります。しかし、これだけの量を私の一存では決めきれないですね。」


 コショウに釘付けになっているためか小声で相談しているつもりなのだろうがこちらに丸聞こえでありヴィオラなんてそんな二人を見てくすくす笑っているしな、まぁ気持ちはわからんでもないが俺は我慢だ我慢。


「イサナ殿私としましては非常に買いたいのですがここまで高価な商品ですので私の一存では決めることが出来ませんので、お手数ですが当家までお越しいただけないでしょうか?」


「承知しました。何時ごろ伺えばよろしいでしょうか?」


「よければ今から来てくれよ。せっかくいい食材を用意してくれたんだから俺の料理を食べてもらいたい。」


「そうですね。イサナ殿がよければこれから皆さんでお越しいただきたいのですがどうでしょうか?」

 

「わかりました。では今からお伺いいたします。」


 まさかの貴族様の家に招待アンドご飯をご馳走してくれることになったぞ。


 そういうわけなのでちゃちゃっと片付けて伺いますか。

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