学園都市での商売・後
一通り悪役ごっこを楽しんだ俺は商品をもったヴィオラと共に男の元に戻った。
「お待たせしました。どうぞご覧ください。」
「な、なんと!素晴らしい」
男が驚いたものは色とりどりの新鮮な野菜達だ。
現代社会に生きていた側としては野菜ごときで大げさなと思うかもしれないがこの世界では全くもって意味合いが変わってくる。
保存技術なんてないに等しい世界なのだから新鮮な野菜の価値は一気に跳ね上がる、何せ新鮮な野菜のサラダはパーティー出る程高級らしいのだ。
元の世界でも野菜が富の象徴として扱われることがあった。
たとえば【キュウリのサンドイッチ】がそれにあたる。
紅茶の大好きな国の話なのだが、19世紀から20世紀の初めにかけて産業革命で農地が工場となったことにより、野菜類は輸入に頼らざるを得なくなった。
新鮮なキュウリを口にすることが出来るのは、高価な輸入野菜を購入できるか、もしくはその土地で育たないため温室設備を用意しキュウリを栽培することができる裕福な層や、貴族層のみであった。
そのため、新鮮なキュウリを用いたキュウリのサンドイッチを来客に振る舞うことは一種のステータスであり、同時にキュウリのサンドイッチを食べることができるというのもステータスであった。
場所と時代が変われば商品の価値というのは大きく変わるそれ故に今回男に見せたこの新鮮な野菜達は俺が思う以上の力を持っているのである。
「実は今商品を持っている彼女が魔法の名手でして彼女の力を借りてここまで運んだのですよ。」
「商人。こいつは俺の想像以上だ。一介の露店商がまさかこんな見事な野菜を持っているとは思ってもいなかった。」
「お褒めに頂きありがとうございます。ですがお買い上げは明日の朝まで待った方がよろしいかと。もうすでに今夜のお食事はご用意済みでしょう?」
「ああ、ちくしょう。目の前にこんなにいい食材があるのにお預けを食らうとは。」
「よければ明日の朝にも来ていただけませんか?明日もここで商売を行いますし何より御一人で持って帰れるにも限度がございますよ。」
「確かに、言われればそうだな。新鮮な素材を目の前にして少し浮かれていた。それにわざわざここまで持ってきたのだ。値段も相当するだろう?」
「そうですね。では塩と野菜のお値段に関しましてはこうしましょう」
値段のことを思い出して少し落ち込んでいる男に耳打ちして値段を告げると男は驚いた顔でこちらを見た。
「おい商人。それでいいのか!?正直こちらから言うのは変だがその倍でも安いぞ。」
俺が告げた値段は両方とも相場の1,5倍ぐらいで男の言うとおり破格だ。
何せこの商品の品ぞろえなら相場の3倍でも売れる自信はある。
が、あえて俺はそうしなかった、それにはもちろん理由がある。
「いえいえ、今告げた値段で構いませんよ。ただ、これからもご贔屓にして頂きたいのです。」
「なるほど…これっきりの取引でなく今後とも仲良くしたいということか。そういう話なら喜んで受入れよう。あと説得用に野菜の一部はもらって帰らせてくれ。」
「ありがとうございます。では、本日はお塩の代金でお塩とお野菜の一部をお持ち帰りください。お野菜の代金は明日いただきますよ。」
「商人、いいのか?もし、明日俺が来なかったらどうする気だ?」
「その時はこちらに人を見る目がなかった授業料だと思って支払わせていただくことにします。」
「かぁ~~。そこまで言われたら来るしかねぇな。明日使用人全員引き連れてきてやるから楽しみにしててくれ。」
男はそう言うと塩と野菜を持って帰っていき俺はその姿が見えなくなるまでにこやかにみをくっていた。
「………ダァ~~~~。もう疲れた。もう、帰ろうか」
「主、すごいじゃないか!!まさか、塩と野菜だけでここまで見事な商談をするなんて思ってもなかったよ。」
「主様凄いです。大商人もかくやという手腕です。全くお客様が来なかった時はどうしようかと思いましたけど。メイは感服致しました。」
疲れている俺とは反対に興奮して目をキラキラさせている二人、さすがにそんな目で見られると恥ずかしいのだが。
「そこまですごいことはしてないさ。相手が欲しがったから売っただけそれだけだよ。」
そう言うものの興奮している二人はそんなことは無いと言い次のお客を求めて目をギラギラさせている。
やる気に溢れている二人にここは任せて俺は馬車の方で休ませて貰うことにした。
『お見事でした、イサナ殿。このセキト感服致しました。』
セキト、お前もか。
・・・
・・
・
その後、日が暮れるギリギリまで店を開けてはいたがお客は来ることがなかった。
他にお客が来なかったことで少し落ち込んでいる二人に俺は話しかけた。
「二人ともそこまで落ち込む必要はないぞ。むしろ、あのお客さんがラッキーだっただけだ。」
「そうは言っても主。やっぱり誰も来ないのは悔しいよ。」
「そうです主様。主様の用意している商品はホントに凄いものばかりなのにそれを紹介すら出来ないのは寂しいです。」
「二人はもうすっかり商人だな。あんまり偉そうなことは言えないがその気持ちがあればすぐに立派な商人になれると思うぞ。それに俺は三日は誰も客が来ないと思ってたしな。」
「ええ。主はそんなことを思っていたのかい!?」
「ああ、何せ全く下準備はしてないからな。下手したらこの街では一切売れない可能性すらあったし。」
「なんと、主様はそこまで考えておいででしたか。メイはお店を出せばすぐにお客さまいらっしゃると思っておりました。」
「流石にそこまで商売は簡単じゃないよ。商売は難しいけど楽しいってのをわかってもらえたら今日は上出来だよ。さて、明日は朝から忙しいから今日は美味しいものでもパーッと食べよう。」
「…そうだね。明日があるもんね。僕は何を食べようかな。」
「その通りですね。我々はまだ始めたばかりですしね。メイはお魚が食べたいです。」
「そうそう、その意気だ。明日も頑張ろう。」
こうして、俺たちの初めての販売は終わり夕日さす街を馬車に揺られてゆっくり帰って行った。
・・・
・・
・
翌日、昨日と同じように夜明けの鐘と共に露店スペースに向かうとそこにはすでに人だかりができており先頭には昨日見かけた白服の男が立っていた。
それを見かけた2人の目はキラキラしっぱなしで心なしかセキトも興奮している。
どうやら今日は朝から忙しくなりそうだ。
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