妖精の叫び声

 俺は教会を後に2人のいる宿屋に向かっていた。


(アイテムのほうが相手を選ぶ…か。一体どうやったら解るんだろうな。)


 こちらの神様から貰った腕輪を眺めながら歩いていると沢山の子供が駆け回り木陰のあるところで老夫婦がのんびりと休憩している、噴水のある大きな公園のような場所に出た。


(こういった所は元の世界とあんまり変わらないもんなんだな…)


 街道では賊に出会いこの世界が異世界なのだと否応なし痛感させられたがこういった平和な風景は何所に行っても変わらないとすこし嬉しい気持ちになっていると噴水に座っている人が目についた。

 茶色の短い髪型で深い緑のマントを着ている15,6の少年なのだが猫背で噴水に腰かけているさまは仕事に疲れた中年サラリーマンを思い出すような哀愁が漂っていた。

 まだ若いのに一体何があったんだと思っていると突然神様から貰った腕輪が騒ぎ出した。


 ≪あたし、あのひとのもとにいく。しょうにん、あたしをつれていって≫


 急に騒ぎ出した腕輪に慌てふためき取り合えず一目の少ない木陰に逃げ込んだ。


 ≪しょうにん、はやく、はやく。あたしをカバンからだして≫


 小さい女の子のような舌ったらずの喋り方に驚きながら言われたように背負ってたカバンを降ろしフタを開けると何かが勢いよく飛び出し俺の顔面に直撃した。

 痛む鼻を抑えながら飛び出した物を拾うとそれは鮮やかな緑色で表紙には羽根のようなデザインが施された革で出来た本だったので【目利き】を使って詳しく見てみる。


〔魔具・風精霊シルフのらくがき帳〕

 ・表紙にグリーンワイバーンの革を使い中身にはフライシープの羊皮紙を用いられて作られた本

 ・暇があるたびに風精霊シルフがいろいろと書いていたので膨大な風の魔力が籠められておりその結果、風妖精が宿るようになった

 ・ちなみに中に書かれている内容や絵には特に魔術的な意味合いは無いので魔法を封じ込めた魔本ではないので勘違いしてはいけない。

 ・具体的な金銭的価値は不明だが原材料費だけで言えば大銀貨1枚程である


 ほうほう、なるほど分からん。


 魔法の事なんてさっぱり解らない俺からすれば風精霊シルフのらくがき帳にどれだけの価値をプラスすればいいのか分からないがメイドイン神界なのだからそれはそれは凄いのだろう。


 ≪しょうにん、あたしをあのにんげんにつれていって。あのにんげんからおいしそうなかぜのまりょくをかんじるの。≫


 未だに騒ぎ続ける腕輪の為にもあの少年にこれを売りつけなければ行けないのだがいきなり行商人が来て(しかもこちらの見た目が同い年か年下にみられる可能性大)買ってくれるものなのだろうか…


 下を向いて考えているとふと腰に付けた木づちが目に入った。


(ああ、そうだ。俺には売らないっていう選択は存在しないんだった。神様が助けて欲しいと言って俺は助けると誓った。だから、悩む暇すら意味がないんだった。)


 俺は腰に付けている木づちに手を置きながら哀愁漂う少年に声を掛けた。


「あ~、お兄さん。何か悩み事ですか?よかったら話してくれませんか?お力になれるかもしれませんよ?」


 怪しさ満点ではあるがこれ以外に出て来なったのだ、ただ話しかけられた少年はゆっくりとだがこちらを向いてくれた。


「ん?ああ、坊や。ずっと下向いていたから心配かけちゃったのかな、ゴメンね。僕は別に落ち込んでないから大丈夫だよ。ハハ…」


 どう見ても嘘である、なぜなら顔を上げた少年なのだが眼鏡越しにかなり濃い隈が目に見えるし最後のほうは恐らく本人からすれば心配させないように笑ったつもりなんだろうが目は笑ってないし口角もじゃっかん上がった程度でかなり怖い笑い方になっていた。

 本来ならばこんなヤバそうな人を相手にしたくないのだが使命感と騒ぐ腕輪(どうやらほかの人には聞こえていないらしい)に後押しされとりあえず俺は少年の横に座った。


「良かったら何を悩んでいるか話してくれませんか?こう見えて行商人なので、もしかしたらお兄さんの悩みを解決できる商品がご用意できるかもしれませんので。ああ、自分の名前はイサナっていいます。」


「ああ、そうだね。他人に聞いてもらえたら少し楽になるかもしれないもんね。ちなみに僕の名前はダニエル・ロッソ。愚痴になるけど聞いてくれるかな?」


 どうぞと言うとダニエル少年はゆっくりと話し始めた。


「うちの家は歴史の浅い男爵でね曽祖父が武功で名を上げ祖父が商売を成功させて何とか貴族の末席に入り込めたような家なんだ。そして、たまたまとはいえ僕の代で魔法が使えることが発覚してね家族みんなで祝ってくれて魔法学院に入れるようにまで準備をしてくれたのさ。何せ、貴族と言えば魔法学院か騎士学校を出るべしと言われるような状態だからね。父までは商売を理由に何とかはぐらかすことが出来たんだけど流石に僕の代になるとそれも難しくてね。ただ、今までうちの家系で魔法を使えるのがいなかったせいだろうね、ほんの少しの魔法が出来たぐらいで僕たちは浮かれていたのさ。いざ入ればいかに僕が井の中の蛙なのかを知ったよ。僕の同級生なんてはバンバン魔法を使うんだけどさ僕の魔法は失敗ばっかりだったんだ。昔はちゃんと使えてたはずなのに今は全然。杖を振っても魔導書を使ってもうんともすんとも言わないし時たま発動しても暴走して皆に迷惑をかけてばかり。でもね、自分で言うのもアレなんだけど座学は結構いい成績なんだ。実技は出来なくても座学ならいくらでも巻き返しが出来るからさ。でも、今までどれだけ魔導具を壊したか分からないし学校の備品を吹き飛ばした回数なんて数えたくもない。それでね、3日後のテストで魔法を制御出来なければ退学にするって言われてね。ほんと家族にどう言えばいいか分からないよ…ああ、ゴメンね長々と愚痴に付き合わせてしまってでも誰かに聞いてもらったおかげかなちょっと楽になったよ。」


 ダニエル少年が言った通りすこし顔色が良くなったように見えるがまだまだ辛そうな表情ではある。

 てか、想像以上に内容がヘビーだったもんで若干胃もたれ気味である、てかこんな内容解決できるのかと思ったときに少年の横に置いてあった短い棒きれが目に入ったのでちょっと話題を変えようと思いそれについて聞いてみた。


「なるほど…ところでダニエルさん横に置いてあるのは何ですか?」


「ああ、これかい?さっき言ってた壊れた魔導具さ。これの処理に行く途中だったのさ…」


 ハハハ…と力なく笑うダニエル少年を見て地雷を踏んでしまったかちょっと焦っていると腕輪が気になることを言い出した。


 ≪そりゃ、そうだよ。にんげんのまりょくのおおきさとステッキのヨウリョウがあってないからこわれるんだよ。≫


 腕輪に言われた事が気になったのでダニエルさんの持っていた棒きれに【目利き】を行ってみた。


〔壊れた風のステッキ〕

 ・魔力の過剰供給により壊れているため金銭的価値ナシ


 なるほど、【目利き】先生も腕輪と同じ結論だった。


「だったらさ容量(?)の大きい魔導具を使えば壊れないってことか?ちなみにさっきの商品だったら問題ないか?」


 ダニエル少年に気づかれないようにカバンの中に向かって小声で聞いてみる


 ≪あったりまえじゃん。いくらにんげんのまりょくがおおくてもあたしからすればだよ。だからあたしをあのにんげんにわたして。≫


 なるほどだからずっと自身満々だったのかなら俺は顧客のニーズに答えるだけだな。


「分かりました。ダニエルさん、あなたにとっておきの逸品をお見せしましょう。」


 そういってカバンから〔風精霊シルフのらくがき帳〕を取り出す。


「これは、風精霊シルフのらくがき帳と呼ばれる魔導具です。名前はちょっと変だと思うかもしれませんが性能はダニエルさんが今まで見たことがない物でしょう。これを貴方にお売りします。」


「…どうしてこれを僕に?」


「簡単なことです。私が貴方の為に選んだんじゃない。この商品が貴方を選んだのです。お代はそうですね…大銀貨1枚でお支払いは3日後のテストらしいですから4日後。テストに合格したらでいいですよ。」


「そうか…この商品が僕を選んでくれたのか…イサナ君はなかなかしゃれた言い回しをするね。じゃぁ、それを貰おうかな。あと、お金も今払うよ。」


「いいんですか?商品には絶対の自信がありますけどもし合格できなかったら大損ですよ?」


「フフ、君はなかなか面白い考え方をするね。普通商人だったら利益の為なら何でもするのにね。君には愚痴を聞いてもらったし、それにこんな綺麗な魔導具は初めて見るから欲しくなっちゃったよ。落ち込んでた僕を励ましてくれそうな色じゃないか。」


「商売はいつも、の精神ですので。まぁダニエルさんが良かったらお代を貰って行きますよ。」


 そういうことでダニエル少年が懐からだした大銀貨(1枚で小銀貨100枚相当)を受け取り商品を渡した。


「イサナ君、長々と愚痴に付き合わせて悪かったね。君に話すことが出来て本当に良かったと思うよ。だから君から買ったら商品で最後まで足掻いてみるよ。」


 ≪しょうにんありがとね。あたしがこいつをしっかりきたえてやるよ。≫


 2人からの感謝を受け取りこちらも別れの挨拶をするとダニエル少年は鮮やかな緑色の魔導書を脇に抱え帰って行った。

 その後ろ姿はさっきまで哀愁漂わせたと人と同一人物とは思えないほどしっかりとしており脇に挟んだ魔本が今までずっと使ってきたように思えるほど似合っていた。

 俺はダニエル少年が見えなくなるまで見届けると2人が待っている宿に向かっていたのである。

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