第3話「殺すなら勝手に殺せ」

俺に大事な人は存在しない、しかし物なら存在する。アニメのフィギュア、映画のdvd、釣り用具、中古で買った漫画全巻、しかし大切な人なんて一人も存在しなかった。家族ははっきり言って嫌いだ、俺を除くといるのは父親のみ。シングルファザーの状態で父は自分を育ててきたが、それでも俺は好きではない。彼と話す時はいつも夜の十一時、寝る直後に「ただいま」という言葉に「おかえり」と返すだけである。一応学費も食費も面倒はみてもらっている身として最低限の挨拶はしなければならない。それは立場上、息子の身としては当たり前の事だ。しかし本質的にはあの人が嫌いなのである。クラスの連中も同様、俺には友達がいない。友達が欲しい?一度も思ったことがない、俺は意図的に作っていないだけなのだ、作ったところでどうなる?カラオケに行ったり、しょうもないテレビの話題をしたり、大体は大衆向けのコンテンツでの出来事しか話さない場合が多いのである。しかし、それはただ単に自分を低める行為であって社会的に何の役にも立たない。知識を得たければ図書館か本屋に立ち寄り、本をざっと読めばいいだけの話だ。しかし友達というものからは何も得ることができない。では恋人はどうだろうか。これも同様だ、恋人というのは一時的な満足だけであって何も得ることがない、これは言うまでもないことだろう。なのにこの世の中はそんな得も皆無な代物で遊んでる者が多いのだ、大衆は馬鹿ばかりといっていいだろう。俺は学校から帰ると本を読んでいた。最近最も人気なラノベの最新巻である。もう二十一巻まで出ていたこの単行本だが、決して面白いから見ているという訳ではない。大衆が見ているからそれに共感するために見てるだけなのだ。別にクリエイターを夢見てるわけでもなければ、ラノベ作家を夢見てる訳でもない。俺はただ支配したいのだ、この腐りきった大衆共を。


―――――だからこそ羨ましくもあった。


あの何をかもを超越する能力を持った少女、この世をひっくり返す程の幻覚を見せる事ができるあの少女に。名は確か霧状南といっただろうか、もし神に選ばれたのが俺ならば、そう思うことが時々ある。もう一か月、あれから特に変わったことが起きる事もなく、こうしてだらだら一日を過ごしてるだけだ。寝転がっているソファから体を起こし、ラノベを机に置く。このリビングからは部屋中に鳴り響くチャイムの音が鮮明に聞こえた。誰が押したかは玄関の扉を開けるまでもなく分かる。


「やっほー!元気?」


予想通り、隣の家に住む南沢朋美である。こいつとは特に幼馴染だったからここまで馴れ馴れしいという訳でもなければ、中学、小学時代の同期だったから今でも話してたという仲でもない。詳細を言えば、こいつはつい先週引っ越してきたばかりで、その時に挨拶に来たのが初対面というだけである。


「ねえねえ聞いてる?おーい!」


彼女は人差し指で俺の頬っぺたをつんつんと叩く、スキンシップであればいい迷惑だ、是非ともやめてもらいたい。ついでに容姿はそこそこ良く、何より胸が大きいのが眼のやりどころに困ったが、それ以外は髪の褐色色と言い、昨日の女に比べて何もかもが普通と言っていいだろう。


「ああ、元気だよ、ていうかそのツンツンするのやめろ!」


「ええ、クラスの皆はこれで喜ぶよ~?変だな~」


クラスの皆にもやっているとはビッチだろうか、いやそれよりたった一週間でまだ特に話した事もないのにこいつといえば丸で幼馴染が家に遊びに来たというくらい馴れ馴れしいのである。そして、一番迷惑なことといえば―――。


「おっじゃましまーす!」


「ば、ばか入るな!」


家に入ろうとする事である。俺ははっきり言ってこいつが嫌いだ、死んでほしいと思ってる程に嫌いである。ただでさえ人間が嫌いな俺にとってはこの馴れ馴れしさは苦しみでしかない。更に女ときたもんだ、もし少しでも触れれば「セクハラだ!」「痴漢だ!」だの叫ばないかも不安である。


部屋に入ろうとするこの女の背中をうまいこと服の部分だけ掴み、部屋に入ることを塞ぐ。


「もお~!りゅうくんのケチケチ!」


「誰がケチだ……この不法侵入者め…」


本当なら警察を呼んでもいい状況だが、厄介を起こしたくないというのも本音である。このまま家からつまみだし、扉を閉める事に成功した俺はそそくさとリビングでラノベの続きを読み直そうとする。しかし、ドンドンッ!っと玄関前から扉を叩く音が耳に響くようにキンッと響く。はっきり言えば騒音だ、近所迷惑『こいつじゃない方の』になりかねないので、止むを得ず扉を開けてみる。


「あのな……」


「ぶぅ~! もっと仲良くしてよ~!」


膨れっ面を作る顔が最高にうざい。単純に苦手なのだ、こういうかまってちゃんが、一人にさせてほしい。だからこそいつも通っている高校にも本当は行きたくなかったが、父の言いつけで止むを得ず行ってるだけなのだ。「はぁ」というため息をこの女に聞こえるくらいの大きさで吐き出し、扉を閉める。


「お~い無視するな!」


玄関がドンドンッとうるさいが無視だ。近所迷惑になったとしても、本当の原因は誰かを伝えてさえしておけば納得してくれるだろう。俺は一応この辺りでは良い子を演じているのだ、厄介な奴に絡まれないように穏やかに。たまにああいった頭のおかしい奴もいるが、そういうやつは構わないという事が一番なのである。リビングに戻ろうとした矢先、部屋には一人、宙を浮かぶ姿の少女が見えた。名前は確か霧状南と言ったはずだ。人間の皮を被った化け物、こいつは嫌いではあるが興味があるというのも事実である。


「へえ~あなたあの子好きなの?」


「どこをどう取ったらそうなる、お前が俺の心を読めるならわかるはずだろ、俺が一番嫌いタイプはあいつだってな」


「ふーん、本当に~?」


こいつは心理学者にでもなったつもりなのか、それに殺すといってから一か月、こいつはまだ俺の大切な人を誰一人殺していないのである。正直殺害という言葉には惹かれる事も少しあった。父親を殺したいというなら殺せばいい、確かに食費やらは困るがバイトをすればいいだけの話だ。何に興味があるかといえばそこに集まる警察や親族、彼らが辛気臭い顔で俺を気の毒に扱うという光景がみたくもあるのである。まず一つ同情、俺は何一つ悲しんでいないというのに実にあの姿が滑稽なのだ。


「殺そっか」


彼女のその一言で何もなかった体から異変を起こしたように鳥肌が立つ。これは恐怖か、悲しみか、興奮か、自分でさえも分からなかった。だが俺は期待していたのだ、彼女が何をするのか、どういう風に世界をひっくり返してくれるのか。この時に興奮だと確信した、これは興奮なのだ。


「殺すのか……父さんを……」


「いや~? さっきの子をさ……」

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不条理が作り上げた神と言うの名の悪魔幼女 コルフーニャ @dorazombi1998

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