第2話「悪魔が作りあげた幼女」

「あっ……!」


「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


「はろはろ~」


視界に映っていた光景が一変する、そこに映るのは月のように白く輝いた髪と眼に、とても小柄な身長に、それに見合った童顔の幼女の姿。そして悲鳴をあげたのは自分ではない、それは二階の天井越しから聞こえる父の悲鳴だ。


「なっ……」


「どうだった? こんなスリルな経験、中々できないよ!」


「お前か、これをやったのは」


「へえ~理解が早いね、そうだよ! 僕がやったんだ!」


少女の首根っこを掴み取り、壁に勢いよくぶつける。相手が痛がるようにやったつもりが全くそんな素振りは見せず少女は「およよっ?」っと疑問を感じるような声を出し、自分の人差し指を口の中に入れていた。


「てめえっ!思い出したぞ、あの時の!」


「思い出してくれた!?」


「思い出したじゃねえ、知ってること洗いざらい全部吐いてもらうぞこらっ!」


「ふふふ、君が言ったんじゃないか? あの時『助けて』って、だから僕が君を助けに来たんだよ」


右手に握りこぶしを作り、その少女の額に向かって思いっきりぶん殴ろうとする。そして拳と額は見事にぶつかり、少女の後頭部が壁に勢いよくぶつかる。手ごたえはあった、かと思えたが、少女は痛がるどころか笑みを浮かべている。血は出てない、そして後頭部とぶつかった壁、どちらも何ともない姿のままである。


「気は済んだかい? じゃあ今度は僕の番だよ~?」


「おえっ………」


少女がそう言うと空間にプレスされるように腹部がじわじわとへこみ始め、無理にひっこめられた腹は背中とくっつく程までに押しつぶされる。そして空間プレスが元の空気に戻ると同時に腹は元に戻り、体内にある、今日学校で食べた弁当の中身が次々と胃の中から食道を渡り床に吐き出される。目からは涙がポロポロと流れ落ちていた。自分の意思とは裏腹に、他人に弄ばれたこの身体。この涙は身体自身の悔しさを物語るような涙だ、決して自分の意思で泣いた訳ではない。


「ふははははっ!」


「はぁはぁ……このサイコ野郎がっ!」


「僕野郎じゃないよ?」


今度は力を振り絞り回し蹴りを試みる。しかしその攻撃が当たる前に少女に感づかれ、あっけなく足を払われてしまう。そしてその払われた足は勢いよく壁に向かってぶつかり、折った足指が壁にへとぶつかり、ゴギッという鈍い音が部屋中に鳴り響く。完全に足は折れた。


「うぎゃあああああああああああああああ」


今までにも上げた事がないほどの絶叫を上げ、跪くその姿を見る少女。少女はその姿を見下ろし、にやけるように手を叩く。しかししばらく経つと、足はあっという間に元の姿に戻り始める。さっきまで感じた痛みはもうどこにもなかった。


「は? どういうことだ?」


「どういうことも何もないよ、君に痛みを感じさせただけさ」


少女はにこにこと満面の笑みで笑い、床を飛んだと思えば、宙に浮かびながら語りかける。


「いいかい?君には今から地獄を感じてもらう、だってそうじゃないか、君が僕に助けてって言ったんだろ?」


「助けてっていうことと地獄を感じさせることにどう関係がある、全く違うだろ! 前がやっている事はどう考えても俺を苦しめる事であって、助けてることにはあてはまらないぞ」


「ははは、まあ普通はそう思うだろう、でもね、君は今最高の刺激を与えてもらってるんだよ、この神によって、こんな素晴らしいことを君は自分から放棄するのかい?」


「ばかが、それはてめえの自己中心的な親切の押し売りだろ、俺は望んでいない、お前が幸せと思っていることでも俺にとってはありがた迷惑なんだ、そんな事てめえにも分かって―――」


「あ~はいはい、余計なお世話ときたか、まあ、君の意見はどうでもいいんだよね~ぶっちゃけ、助けてってあの時いったんだ、君がどう思っていようと僕のやり方で君を助けさせてもらうよ~」


この場が台所でないことをひどく後悔した、もし台所であれば包丁を取り出し、こいつの体をぎたぎたにしてやったところだというのに。


「まあまあ、冷静に冷静に、いいかい? 僕は文字通り君に危害を加えに来たわけじゃないんだ、だってそうだろ? 君は苦しめられたという被害妄想をしているが傷はどこにある? ないよね?」


「無茶苦茶いうな、俺は傷つけられたんだ、お前の精神攻撃によって」


「でも実際はどうだい? 傷どころか、かすり傷一つついてないじゃないか」


「精神的に傷つけられたんだ」


あの光景が脳裏に浮かぶたびに吐き気を催しそうだった。しかし目前にいる彼女はおもちゃで遊ぶ幼児のような無邪気な笑顔を作り、地面に倒れているを俺の方を見下げる。


「君は大きな誤解をしている」


「誤解だと?」


「そう、君に精神攻撃を仕掛けたのは別に悪いことだと思ってない、ちょっと脅してみただけだけだよ」


「脅してる時点で悪いことだって自覚してないのか?」


「ははっ、だって君はここまでしなきゃ信じないだろ? 能力者、神に選ばれた少女、こんな奇天烈な発言をする電波的な少女をとてもじゃないが僕は信用してくれるとは思わないよ」


何を言っているのかはさっぱりわからなかった。神に選ばれた少女?能力者というのはさっき見せられた幻覚で少しは納得しそうになりつつあったが、そこまでくると壮大さが違う。それにこいつのやっている事は悪そのもの、神がこんな屑と関わりがある時点で本末転――


「本末転倒じゃないよ」


心を読まれたのか、顔をあげ再び彼女の顔を見上げる。


「まあ百パーセント君が考えている事が分かるわけじゃないけどね、偶然さ偶然、僕は神の力の一パーセントを得ている、だとしたらこんな単純なこと造作もないことだろ?」


もう何が何だか丸でわからない、どうにでもなれと投げやりな気分だった。握りこぶしを再び作り直しもう一度殴ろうかと試みようとした時、彼女は再び笑みを浮かべ、拳を作った方の腕の方を一瞥する。


「まだ懲りてないの? 君は学習しないな~」


どうやら何もかもお見通しというわけだ、神の力を手に入れたと言い張るなら当然といえば当然だが。それ以前にこういう奇天烈な事を考えてる時点で俺の頭はかつての現実からかけ離されていた。現実と非現実、それがエトセトラして交互に重なっていく。もはや現実がなんなのか自分ですらも分からない。


「分かった、お手上だ、もう何もしない」


「へえ~」


「目的はなんだ、俺はお前に何をすればいい」


「さっきまでは番犬のように僕を警戒してたのに偉く物分かりがいいね~」


「うっせえ、早く言えよ」


「その前にだ、自己紹介をしようよ? 僕の名前は霧状南、君の名前は?」


「っち、円藤だ、円藤隆一」


「へえ、隆一くんね~じゃあ隆一くんに最初の命令を下そっかな~」


「最初だと?」


「そうだよ、もしかして一回で終わると思った? 僕は遊ぶんだ、君で思いっきりね」


この腐れ女の言っている意味がまるで理解できない。目的は遊ぶ事?確かに身長は割と小柄だ、幼女といっても小学生に見えなくもない。いや、そもそもこの遊び自体がおかしなことなのだ、どれだけ歳が幼かろうとも、どれだけ歳を取ってようとも、人間を玩具のように弄ぶこいつの行為は決して許されない事だ。俺は今確信した、こいつは神と関わりを持ってはいない。


「はははっ、隆一君、君やけに心で喋るんだね」


不気味な笑みを浮かべる少女、俺の心が本当に読めるというのか。


「でもさ、おかしな話だよ、神は善悪の善の方だって一体誰が決めたんだい? 神がもしかしたら悪の方だっていう可能性もあり得ないことじゃないでしょ? 一つ言うよ、神は存在する、神は運命を僕に託したんだよ」


確かに一理ある、思慮浅さからか勝手に神の理想像を決めている自分がいた。だが、だからって何で神がこんなサイコパス女に運命を託そうとするのか、それがまるで理解ができない。自分の考えを圧倒的に超越する存在、それが神であることは自分でも十分わかりきっている、だが、だからって―――。


「はあ、君の理解のなさにはうんざりだよ、いつまで僕の存在を疑うつもりなんだ」


「信じて欲しかったらもっと俺にお前の情報を与えろ」


「ったく、君は甘えん坊さんだな、オッケー、じゃあ今回だけは第一回目の課題を僕自らの手で実行してあげるよ、それも君の納得のいくように神の力を使ってね♪」


「一回目……」


「ああ、それはね~、君のもっとも大切な人を殺す事さ!」

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