不条理が作り上げた神と言うの名の悪魔幼女

コルフーニャ

第1話「世界が崩壊した日」


君たちは世界が滅びる様を想像した事があるだろうか。午後三時丁度、それは世界が滅びかけたと思われた時だ。苦痛に悶える者もいれば、恐怖から途方もなく逃げ出すものまでもがいる。溶岩みたく、真っ赤に染まった人々の姿を一目すれば、逝く宛てがどこにも無くてもその場から離れるのは当然である。しかしながらただ一人だけ、体が真っ赤にそまった訳でもなく、この呼吸さえ困難な焼け野原で平気な面をして者がいた。その彼女は仁王立ちをし、口を大きく開きながら溶岩に染まった人々を見て笑っている。こちらには届かない程の声音だったが、彼女は口を大きく開きながら笑っている、動作を見れば間違いない。


「良い気味だわ」


耳を傾け、口の動きをじっくりと観察し続けていたら、彼女がそんな事を言っているような気がした。八割はそう言っていると疑っている。しかし、このボロボロに傷ついた体を動かすのは物理的に不可能で、目をあけるのが精一杯だ。どうにかして彼女に近づきたい、そして確認したい、だがそれは無理である。今にでもこの柔らかい土の上で眠ってしまいそうになっていた身体を強制させる気力を出すには限界を超えている。しかしここで目を瞑れば全てが終わるような気がした。友人を作ること、初恋の相手と喋ること、高校に入学したての死鏡隆一はその当たり前とも思える事を何一つ無しとげていなかったのである。隆一は手を伸ばす、その少女に向かって。


「たす……けて……」


仁王立ちをし、腕を組んでいる少女は手を伸ばす隆一を遠くから見下ろす。そして少女は口を閉じ、口角を上にあげ、にやりと笑うような素振りを見せ、隆一の元にへと向かってくる。


しかし、その後の記憶は一切ない。それは何気ない下校時という日常から始まり、理不尽な非日常を押しつけられ、気がつくと足で踏んでいたのは、先程まで隆一が歩いていたアスファルトの上だった。隆一が肩に背負った手提げバッグが滑り落ち、そのバッグがアスファルトの上に着く頃には涙がポロリと隆一の目から零れ落ちていた。


生きてる、ただそれだけだった。こんな当たり前の幸せに気がつけたのは生まれた初めてだ。そしてそれは隆一だけではない。国民全員が非日常から日常に変わった瞬間涙を地面に落していたはずだろう。


「午後三時一分か……」


隆一が腕につけていたデジタル時計を覘くと、そこに映っていたのは十五時一分という数字である。隆一は涙を袖で拭いながら自宅にへと帰っていく。




『ええ、臨時ニュースです。先程午後三時丁度、国民ほぼ全体の間で謎の幻覚症状が見えるという謎の現象が起こりました。勿論私も、スタジオの皆さんも、スタッフの皆さんも見たと言う事だったのですが、私達が見た光景は全て一致していて、辺り一面は火に染まり、何より辛かったのは体全身が炎によって溶かされていく人達の姿でした。今思い出しただけでも……おえっ……いや失礼。萩本さん、この件についてどう思いますか?』


『いやー、分からんよ、私も苦しかったからね~、なんか宇宙人の仕業とちゃいますの?』


『そうですね、その可能性は……』


ポチッ。


テレビを消す隆一、見ているだけでもあの悪夢が脳裏に焼きつかれている。チャンネルを変えてもどの番組もあの現象の事ばかりだ、見たくもない幼児向け番組へと変えたというのに、あの現象についての事が放送されている。


「ただいま……」


玄関の扉が開く音が聞こえる。げっそりした姿でリビングに入ってきたのは父の洋介だった。彼はリビングに入ると早々に壁にもたれかかれ、「ふぅ」と溜息を一度する。


「隆一、帰ってたか」


「うん」


洋介はそういうと台所に向かい、冷蔵庫の中からビールを取り出し、昼間にも関わらないのにテーブルの上で缶ビールの蓋を開ける、ブシュッ。


「お前もみたのか?」


「ああ」


父の質問の答えは考える間もなく頭に浮かんだ。誰でもいい、この悪夢を誰でもいいから共感する相手が欲しい。それは家に帰ってきてからずっと心に閉じ込めていた靄だった。洋介はビールを片手に持ち部屋を出て行くと、二階まで上がる音が聞こえる。引き留めようかと少し迷ったが、父も同じ悪夢を見たのだと考えると呼び止めるのに戸惑う。仕方がないのでとりあえず眠りにつくことにした。目を瞑るとあの悪夢が脳裏によぎり、少し寝ては何度も何度もあの光景が頭に浮かび、寝ては起きるの繰り返しになってしまった。


「苦しい?」


「ああ……」


どこかからか声が聞こえたような気がしたので咄嗟に返事を返す。しかしこの部屋には俺以外に誰もいないはずだ。泥棒だと思ったが、この部屋には誰もいないし、俺に問いかける者は誰ひとりいる訳がない。


「ふふっ、君は正直だね……だったらもっと怖い思いをさせてあげるよ」


「だ、誰だ!?」


今度はその声を確信的に捉える事ができるくらいの音量で耳に入る。声主は女、それも耳にキンと響く程の幼き少女の高い声である。近くにあった木箱でできたティッシュカバーを取り出し、手に持ち身構える。しかし、その行動を否定、無力といわんばかりの少女の嘲笑が体全身を喰らうように巨大ケルベロスが丸呑みする。いや、『ように』ではない、生温かく生臭い液体が体全身に纏わりつくのを実感すると共にそれが現実なのが分かった。目に映るのは猛獣の牙、そして目前には下半身が八つ裂きになり、上半身部分だけが残ったマイクを持つ男が転がってくる。血に塗れた彼が先程のニュースに映っていたキャスターだと分かったのはまもなくの事だった。彼だけではない、無数の人々だったものがそこかしこに落ちている、具体的に言えば体の器官と腕だけの者。顔がえぐれ、下半身が無くなった老人などである。そして運よく生き残っていた者は自分以外にもいる事が分かった。彼らは悲鳴をあげては泣きわめ、目を瞑りながら自由形のように両腕を力一杯振り回している者もいる。このまま待っていると何とかなる、その一縷の望みをかけ、目を瞑る事にする。今まで混乱によって気付けなかった事だが、真っ暗なケルベロスの口内は酷く生臭く、今度は吐き気に襲われてしまう。獣のような臭い、そして何より血に染まった死体の数々、それが混じり合うことによって、完成された刺激が最大限に高まり脳がオーバーフローになるまでジリジリと熱されるような痛みを感じる。耐えきれずに思わず目を開けたが、そこに映っていた光景は、小型犬と同じくらいのケルベロス数匹が自分の足を食いつくしている様だった。右足は血に染まり、それに気付くと同時に頭に電撃が直撃するような激痛が走る。


「あっ……!」 


「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

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