第3話「ドラゴン狩り」

西側に向かう事67時間、不思議な事にゾンビでいる間はお腹が減る事が無く、


疲労というものも一切溜まる事がない。


非常に便利ではあるがどうも生きた心地がしない、


唯一生きているという実感がしたのは後ろにいるおっさん達をゾンビ化した時である。




「マスター! ローガン・ラギアの場所まで案内するのはいいんですが、本当に勝つおつもりでいるのでしょうか?」


「なんだ、怖いのか?」


「い、いえ……」




話しかけてきたのはおっさんである、


怖がっているのは体を小刻みに震わせている事から手に取るように分かった。


ゾンビといえども元は人間だ、俺も含めここにいる16人全員が魂までゾンビ化した訳ではないのである。


ただし記憶がその身に宿っている同時に、


俺の所有物であるという新たな記憶も植え付けられているのだが……。




「マスター……また私の胸を噛んでくれませんか……」


「………」




長時間歩いていたにも関わらず、疲れ一つ見せずに出てきたのはミラージュである。


彼女は唯一の女であり、おっさんの妹、そして死に際に人間としての彼女を服越しから一度だけ胸を齧った事があった。


赤ん坊の時を思い出した、


とまではいかないが弾力がある良いおっぱいだ。


しかし俺はもう彼女のおっぱいにあまり興味が無い。




「お願いします! もう一度あの時のように……」


「すまんなミラージュ、吾輩は人間のおっぱいにしか興味がないのだ」


「そんな、ではもう私の胸を噛んではくれないのですね……ってマスター!? 今私の名前を……」


「ああ、冷静に考えればお前のファーストネームだけを取って呼べばいいからな」




それに自分で命名しておいてなんだが、


おっぱいちゃんはあまりにも恥ずかしすぎる……。




「ああマスター……私の愛しいマスター……」


「ずりい、マスター! 俺も名前を呼んでください! アレクサンドロスです!」


「あ、俺も俺も! ゴーンヌです!」




ミラージュの名前を呼んだのが凶と出たのか、「「「俺も! 俺も!」」」、


と次から次へとゾンビの野郎共が呼吸一つ乱さずに前に出てくる。


全くタフな奴らだ……俺もだがゾンビとして生まれ変わった者は皆こうなるのだろうか。




「良いだろう! 吾輩は不平等というものが大嫌いでな」




「「「「「おお!!! 流石マスター!!!」」」」」




「右から順に、ゾンビA、ゾンビB、ゾンビC、ゾンビD、ゾンビE、ゾンビF、ゾンビG、ゾンビH、ゾンビI、ゾンビJ、ゾンビK、ゾンビL、ゾンビMだ!」




元から頭はあまり良くなかったが、


ゾンビになってからの記憶力はニートとして生きてきた時よりも断然と落ちているのだ。


こんな適当な名前だが許せ……。




しかしゾンビ達からは避難轟轟であり、「マスター、それはあまりにも……」、「あんまりだ~!!!」、「せめて名前の頭文字をつけてはくれませぬか……」などと四方八方から文句が飛び掛かる。


いくら忠誠を誓ったからと言っても、性格は面倒臭いようだ、


AI(人工知能)の生き物のようなものかと思っていたがちゃんと人間臭さは残っているらしい。




「ええーい! 黙れ黙れ!!!」




怒鳴り声をあげたのは俺ではなく、おっさんであった。


彼もまた吾輩が適当につけた名前だ、本来怒鳴るべきは俺の筈だが、


目の先には元下部達である13人の部下達に向けられていた。




「このポンコツ共め!!! 我が儘ばっかいいやがって、マスターがどんな思いでお前らに名前を付けたのか考えた事はあるのか!」


「し、しかし……」


「しかしもクソもあるか! お前らは黙って感謝しとけばいいんだよ!」




「「「「「「「「「「「「「す、すんませんでした!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」




13人のうるさいゾンビ共の顔はしょんぼりと俯いていた。


流石元リーダーなだけの事はある、


ギルドリーダーの経験はあっても下部共を統率するスキルはあまり俺に備わっていないのだ。




「おっさんよ、お前は中々良い腕を持っているじゃないか」


「誠ですか!? お褒め頂き本当に感謝致します……それとですねマスター、もう直ドラゴンの姿が見えてもおかしくないかと」


「ほお……とうとう来たか……」




ここにいる16人のゾンビで行うのはドラゴン狩りである、


まともに戦えば翻弄される事は間違いない。


ただ俺は今ゾンビなのだ、噛めばゾンビ化、引っ掻けばゾンビ化という最強スキルを持っているのである。


そしてなんといってもこの姿がゾンビである限りは頭部を壊されない限り無敵、


それがゾンビ映画などでのお決まりなのだ。




「いかがいただしましょうか……普通に戦う訳ではありませんよね」


「当たり前だ、吾輩がそこまで愚かに見えたのか」


「し、失礼しました! 無礼な事は謝ります……こんな無知で何も出来ない私をお許し下さい」


「それは別に構わん、それにお前には重要な役割を任せるからな」


「何と! 私目、切腹者の感謝でございます! あ~なんという慈悲深いお方なのだ、私の罪を許してくれただけではなく、重要な役割を私に任せてくれるとは……」


「作戦はおっさん、それとゾンビA~M全員でローガン・ラギアの目を引かせる囮おとりになってもらう」




「「「「「「「「「「「「「「えええええええっ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」




おっさんだけではなく、他のゾンビ共までもが面食らったような悲鳴をあげる、


俺にはこいつらが何をそんなに驚いているのかは分からなかったが。




「しかしですね、マスター……あんなの相手にしてたら私達……」


「落ち着け、お前達はゾンビだ、頭部を壊されん限りは死なん」


「っな……誠ですか!?」




どうやらゾンビがどういったものかの知識も持ち合わせていないそうだ、


そういえばおっさんが俺を見た時も半信半疑でゾンビなのかが分かっていない状態であった。


この世界でゾンビの知名度がどこまで伝わっているのかは知らないが、


実にいい機会である、ドラゴンを味方につければ敵になるものはいないのだからな、


やがてこの俺が有名になるのも時間の問題だ。




「ゾンビなら覚悟を決めろ、お前達はもう人間じゃない、嫌なら吾輩の元にもう二度と帰ってくるな」


「マスター………」




珍しく怒ってしまった、こんなに怒ったのはネトゲーの交換システムでコピーをするからと言って、課金アイテムを複数渡した後に、盗み取られたとき以来だろうか。


これは一生に一度の賭けかもしれないのだ、俺達ゾンビが生き残るための。




「マスター、俺やるよ!!!」




一人が声をあげる、それはどのゾンビかは覚えてはいないが、


おっさんともミラージュとも違う若い男のゾンビである。




「あの、良ければ私も仲間に入れて下さい! 女だからって入れないのは差別です!」


「っち、ミラージュちゃんが行くのに突っ立てるだけなんて男じゃねえ、俺も行くぜ!」




一人の若いゾンビの勇敢な行為によって次から次へと「「「俺も! 俺も!」」」と挙手するゾンビが後を絶たない。


いつの間にか残っていたゾンビはおっさんだけになっていた、


彼は維持でも手を挙げようとしていなかったが、今は違う。


眼孔が右に、左に、おろおろとしながら右手を宙にあげようとしていた。




「おっさんよ、貴様ももリーダーなら覚悟を決めたらどうだね、貴様の優秀な元部下達はこうやって勇敢に戦おうとしているのだ」


「っく……」




おっさんの手が徐々に上がり、完全に上方に上がると、


目が輝きを放ち、覚悟を決めるような声で彼は決心をする。




「それでもこの私目、囮にはなりたくないでござる! どうかマスターと共に、ゾンビにダメージを与えるお供をさせてもらえないでしょうか!!!」




盛り上がっていた空気が一瞬にして凍りつく。吾輩はこの世界で一つ学ばせてもらった。




―――屑はいくら主あるじに忠誠を誓っていたとしても、所詮変わり様の無い屑なのだと。




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