第14話
「遅いぞ。」
テイが買い物を済ませ酒場にたどり着くと、ハイドはバルトの店の外でテイを待っていた。
「すいません、人込みにはあんまり慣れてなくて。」
「それもそうか。暗い道を通るから迷わないようについてこいよ。」
テイは軽い言い訳しながらハイドに謝ると、農民なら仕方ないかとハイドは納得し歩き出した。
バルトの酒場は大通りから少し入った路地裏にある。
その周辺には飲食店や同じような酒場も多くあり、店先には客引き用の松明が置いてあるため夜でもさほど暗くはない。
だが、ハイドが進む方は人気がなく、行く道はしだいに狭く暗くなっていく。
月明りでハイドの後ろ姿はわかるが、見失えばテイはすぐに迷子になるだろう。
いくつかの路地を曲がるとハイドは急に止まった。
「ここがうちだ。木漏れ日の館っていう宿屋さ。」
ハイドはそう説明すると扉を開け宿屋に入っていく。
テイは紹介された木漏れ日の館を見上げる。
木造の2階建て。いや、3階建てだろうか? そこそこ大きい宿みたいだった。
「このバカ息子! 酒の匂いなんてさせて、今日は自分が夜番だって事も忘れたいのかい!?」
木漏れ日の館の中から大声がした。
びっくりしてテイは急いで宿の中に入ると、箒で叩かれるハイドの姿が見えた。
「やめてくれよ母ちゃん。客にも迷惑だし、見られてるから!」
ハイドがそう言うと、フレイアは手を止め、テイをじっと睨む。
「.......誰だいこの子は?」
宿のカウンターにはランプが置いてあるが、それでも薄暗くフレイアの睨む顔は何割も増しで凄みが出ていた。
「母ちゃんテイを怯えさせるなよ。そいつはテイでバルトさんの知り合い。泊まるところがなくて困ってるからバルトさんに頼まれてうちに連れてきたんだよ。これ、バルトさんから母ちゃんへの土産。」
フレイアはハイドからバルトの土産を手にすると、今まで怒りに満ちていた表情が穏やかな笑顔に変わった。
「バルトの紹介なら無下にはできないわね。私はフレイア、この木漏れ日の館の女主人よ。付いてきなさい。」
フレイアは軽い自己紹介をすると歩き出した、テイはその後を無言で付いていく。
すぐに1階と2階を繋ぐ階段の前に着くとフレイアは階段下の部屋の扉を開く。
「ここは狭いから親戚が来た時くらいしか使っていない身内専用の部屋なの。いつでも泊まれるように掃除はしているから。 ここでいいかしら?」
階段下の部屋は壁と天井は階段の形に合わせて斜めになっていて、ベットが1つ置かれているだけの部屋だった。
「えっと、1泊いくらになりますか?」
テイはここに泊まるつもりだが、一応確認しなくてはいけない。
「この部屋はお金は取ってないわ。この部屋が嫌なら他の部屋を紹介するけど1泊1万マニーからよ? どうする?」
「ここに泊まらせてください。」
「いいわよ。それよりあなた汚れているわね。その扉から外に出れるから裏の井戸で体を洗いなさい。服も洗った方がいいわね。節水も終わりらしいから気にせず水は使っていいわよ。タオルと新しいシーツはすぐに持ってくるからさっさと行きなさい。」
フレイアに急がされる様にテイは外にでて井戸で水を汲み、体を洗い始めた。
「タオルと部屋の鍵はここに置いとくわね。鍵は出る時にフロントに渡してちょうだい。あと、バルトに会ったら美味しかったって伝えといて。」
体や服を洗っていたテイはフレイアの姿は見えないが、鼻歌が聞こえ、フレイアの機嫌がいいのがわかった。
体と服を洗い終えたテイは目立たない風通しがよい場所に服を干し部屋に戻ると、ベットは新しいシーツ替えてあり、窓の下枠には飲み物が置かれていた。
「ちょうど喉渇いてたんだ。ありがたい。」
テイは置かれていたジュースを飲みながら今日の事を振り返る。
(今日はいろいろあったな。夜市は人が多くてすごかったし、夜の町を歩くなんて初めてだったし、今まで宿屋に泊まったことなんてないし。狭いってあのおばちゃん言うけど、ベッドの大きさはうちにあるのより2倍くらい大きいんだよなぁ。)
夜市の事や木漏れ日の館への道のインパクトが強すぎて、もっといろいろな事があった事をテイはもう忘れていた。
ジュースを飲み終わったテイはパンツ一丁でも寒くない室内でふかふかそうなベッドに飛び込もうとしてギリギリで踏みとどまり、やめた。
「あぶない。そういえば小瓶があったんだった。」
革製の水筒ならベッドから床に落ちても別に問題ないが、陶器製の小瓶はさすがに割れるだろう。
ふかふかなベッドを手で確認しながらゆっくりと座り、小瓶を手に取りテイは考えはじめた。
「これって香辛料いれっていったけど、うち香辛料とかないしなぁ。塩入れ? んー、それなら今使ってる壺で十分だしなぁ。」
なかなかいいアイデア浮かばず考え込むと。
暗く月明りしか入ってこない部屋でベッドに寝っ転がっていると眠気が襲ってくる。
普段なら当然テイは寝ている時間だ。
「ふぁああ......、眠くなってきた......。寝る前に魔法使わないと。」
最近寝る前に魔法を使う事が日課になっているテイはその事を思い出し体を起こす。
「そうか! この小瓶に魔法の水滴を貯めればいいか。」
小瓶の使い方を思い付いたテイはすぐさま魔法を使いはじめる。
「『水滴』『水滴』『水滴』。あ、やばい、今日は1回おっちゃんに見せるために使ったんだった。」
魔法唱えたあと、テイはバルトに魔法を披露した事を思い出した。
魔法の反動にそなえてぎゅっと体に力を込め備える。
「うーん、今日は疲れてるから疲労感はよくわからないな。反動の空腹もないし、4回は大丈夫だった? それとも魔力が増えたのかな?」
体に変化がない事を確認し力を抜く、もし魔力が増えてたら嬉しいなとテイの顔は緩むが我慢していた眠気また襲ってきた。
小瓶を抱え、ベットに倒れ込む。
「おやすみ。」
自分以外誰もいない部屋だが宿屋っていうより、他人の家に泊まってる気がするテイは天井に向かって一言呟き、深い眠りに落ちた。
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