神楽舞

白鷺雨月

第1話神楽舞

祖父の三回忌ということで、ある年の夏、僕は休みをとり、島根県の浜田市に来ていた。

お盆をすぎた後だったので比較的、簡単に有給休暇をとることができた。

三回忌は何事もなく終了し、両親はそそくさと住居のある大阪へと帰っていった。どうやら彼らは親戚連中と仲がよろしくないようだ。田舎の親戚と付き合うのは存外に面倒だ。

僕は3日ほど残ることにした。

都会の騒がしさから離れ、田舎でのんびりとすごしたかったからだ。

町で唯一の民宿に宿を定め、日がな一日ぶらぶらすることにした。愛用の一眼レフのカメラを首からさげ、町の風景を撮影した。

町の所々にポスターが張られていた。

神楽舞のポスターだった。

神様にささげられる舞。

日付をみると今夜だった。


日が沈む。街灯のすくないこの町はうすぐらく、少し不気味だった。

神社につくとそれは、もう始まっていた。

なかなかにひとが集まっている。

笛や太鼓の音がなり響く。

舞台中央で剣を持った人物が所せましと舞っていた。

優雅であり、可憐だ。

演目はどうやらヤマタノオロチのようだ。

いくつもの頭を持った大蛇がその人物と対峙している。

思っていた以上の迫力だ。

僕は夢中でシャッターをきった。何百枚とったかわからない。汗が滝のように流れる。汗が目に入りしみるが、そんなのはお構いなしだ。

やがて演目は終了した。

スサノヲ役の人物が舞台から降り、大人たちから称賛の声を浴びていた。

スサノヲ役の人物はそのいかめしい面をとった。


美しい。


単純で短い言葉が僕の脳裏を駆け巡った。少しだけだか、本当に息をするのもわすれたほどた。おかげで、過呼吸気味になってしまった。

白い顔に浮かぶ汗が松明の炎にあてられ、キラキラと宝石のように輝いてた。切れ長の瞳に薄い唇が印象的であった。

僕は悪いと思いつつ、許可もとらずに彼の素顔を写真にとった。

感情のおもむくままに。


旅の最後の日、僕は買い物をするために地元のスーパーに向かった。もう少し、足をのばせば大型ショッピングモールがあるのだが、そんなどこにでもあるところで買い物ををしても面白くない。

何を買おうかと店内を物色していると、

「お兄さん」

やや、高い声で呼ばれた。

声の方向に視線を向けると神楽舞でスサノヲを演じた少年がいた。

にこりと極上の笑みを浮かべる。

思わずみとれてしまう。

「お兄さん、神社にいましたよね」

少年はきく。

「あ、うん」

僕はあえぐようにこたえた。

「写真、とってたよね」

「あ、あぁ」

「舞台の上にいるときは別にいいんだけど、面をとったときもまだ、とってたよね」

「……」

少年は上目遣いで顔を覗きこんでくる。

僕はとんでもない罪悪感に包まれた。

「じゃあさ、アイス買ってよ。それで許してあげる」

あははっとわらいながら少年はいった。

こくりと僕は頷いた。

それぐらいですむなら安いものだ。

ソーダ味のアイスがいいと言うので、それを二つ買った。

一緒に食べようよ、と彼が言ったからだ。

とった写真を見せて欲しいというので僕たちはスーパーの裏側の駐車場に向かった。

駐車場には誰もいなかった。

セミの声がうるさく響くだけであった。


僕たちは駐車場の車止めに腰をおろした。

鞄からカメラを取り出し、デジタル画面を少年にみせる。右側に座った少年はぴったりと僕にくっつき画面を面白そうにみつめた。

画面をゆっくりと再生させていく。

華麗に舞う彼が画面の中にいた。

気のせいか、画像を再生していくほどに少年が肌をよせてきたような気がした。

いや、それは勘違いではなかった。

彼の素顔が再生されたころには、こめかみとこめかみが、ぴたりとくっついていた。

「お兄さん、写真上手だね」

「いや、そんなことないよ」

誉められると悪い気はしない。

確かにその写真はいいものだった。

少年の人生の一瞬を切り取った貴重なものだ。

素材がいいからだ。

と僕は思った。

ふいに少年はこちらを向き、唇を重ねてきた。

それは、冷たく、柔らかく、心地よいものであった。

突然のことに茫然自失となった。

我を失うとはこのことか。

「もう、勝手にとったら駄目だよ」

そう言い、少年は走り去っていった。

僕はその後ろ姿をただただ、みつめるだけであった。


日常にもどり、日々の生活が忙しく、あの日の出来事は夢ではなかったのだろうかと思えてきた。

ただ、パソコンの中に記録された名もしらぬ美しい少年の画像があの日ののことを事実だということを証明していた。

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神楽舞 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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