善は急げと言いますが 1

 逸る気持ちのままレオは壁をよじ登り、水路よりも天井の低い穴をイチを背負ったまま四つん這いで踏破。

 出入口を埋めていた砂を拳で吹き飛ばし、吹き飛ばして作った穴をまた砂と岩で丁寧に埋め戻し、爆走。

 砂漠とはいえ、ミラージュの周辺は地面に積もった砂はまだ薄く、レオの走りを邪魔出来る程では無い。

 明け方、空が白み始めるまで休まず走り続けた。

 勿論、イチは途中背中でうたた寝。

 レオが止まってから全員の土と砂で汚れた体を綺麗にして、結界を張って爆睡。

 

 そして、翌日。

 朝食を食べてすぐに行動開始。

 「レオ君、ズボン履いて」

 褌一丁のままイチを背負おうとするレオを止め、嫌そうにするのを宥め賺してズボンを履いてもらう。

 “人型の生き物は面倒だな”

 呆れ顔なトリスにレオは同意するが、イチにとりあうつもりは全く無い。

 「レオ君も私が真っ裸で歩きよったら嫌でしょ?」

 「おまえの体を見た者は目玉を抉り出して殴り殺す」

 「怖いって」

 躊躇いの無い言葉に、慌てて裸で歩くような趣味は無いと先程の発言は例えだと説明する。

 「私もレオ君の肉体美は独り占めしたいき、他人に見せたく無いだけなが」

 「そうか」

 むっすりとしていたレオが、ご機嫌に笑った。

 「では、乗ってくれ。今の私は、1秒も無駄にするつもりは無い」

 背を向けてしゃがみ、レオは早く行こうとせっつく。

 イチも、大人しくレオの背中によじ登り、トリスににやにや笑われながらクロウルに向けて駆け出した。

 レオの全速力で走ってミラージュからクロウルまでは3日。

 魔馬で4日、屈強な冒険者でも徒歩では12日程かかるかかる距離であるので、その気になって走るレオの背中はなかなかにスリリングだった。

 「腰が立たん・・・・・」

 レオの背中で風を感じているだけだった3日目の夕方近く。

 クロウルの門が見え、朝以来久しぶりに地面に立ったイチは、へたっと地面にへたり込んでレオに持ち上げられる。

 因みに、昨日も一昨日もレオの背中から降りた途端にへたり込んだ。

 「大丈夫か?」

 「腰以外は大丈夫」

 “我の事も、降ろしてもらいたいのだが”

 移動中、常にレオの頭の上に居たトリスもさっさと降ろせと尻尾でびたびたと叩く。

 移動中にトリスが地面を歩くことは珍しい。

 余程頭の上でじっとしている事が苦痛だったようだ。のんびり歩き出したレオを追い掛けて、のたのたと歩き出す。

 「トリスさんが歩きゆう」

 “我も歩くぞ?”

 「家じゃあね。外やったら、トリスさんはレオ君の肩におるイメージが強いがって」

 そもそも、トリスが歩いている所を余り見ない。

 丸々むちむちと動きの遅そうな体型なのに、トリスの歩みは意外に速い。

 「イチ?」

 「はいはい」

 ポンチョの下ろしていたフードを深々と被り、町へ入ろうとする人々の列に並ぶ。

 「おや、今回の訪問は随分速いですね」

 レオとイチが列の先頭に並ぶと、詰め所の中にいたシグマがひょっこり出て来て手招きした。

 町に入るための、何時もの手続き。

 毎回毎回、懲りずに面倒な手続きをするので、合間にシグマと気軽な会話をする事もある。

 「まあ、ちょっとありまして」

 ただ、レオは急に口が重くなるので対応するのはもっぱらイチだ。

 「何か、良い事でもありましたか?」

 「分かります?」

 「まあ、人を見るのは私達の仕事の内なので」

 「へぇ」

 ―ただ門に立っちゅうだけやなかったがや

 少々失礼な事を思いながら、感心する。

 名前を書いて、シグマに提出。

 「あ、そちらの火蜥蜴にリボンをお願いしますね?」

 “我、竜なのだがな”

 トリスは不満気にびたびたと地面を尻尾で叩く。

 シグマは見ていないので気付かないが、地面がへこんで行く。

 「尾をびたびたさせるな」

 イチが手を出すには危険極まりなく、レオが暴れる尻尾を抑えてからイチがトリスの首にリボンを巻く。

 「はい、大丈夫です。では、お2人とも此方に手をお願いします」

 「はいはい」

 「うむ」

 玉に魔力を吸われて、仮身分証を手渡される。

 「ありがとうございます」

 期限は4日だと何時ものように説明されるが、今日は一晩だって滞在するつもりは無い。

 「所で、ここの門が閉まるのは何時ですか?」

 「日没と共に閉めます」

 「日没ですね」

 太陽はかなり西へ傾いている。これは、急ぐ必要がありそうだ。

 「分かりました、ありがとうございます」

 「はい、お気を付けて」

 詰め所を出た途端、レオはイチを片手で抱き上げ、もう片方でトリスの胴を掴み、大股で歩く。

 「!?」

 只でさえ目立っているのに、冷やかされるは羨ましがられるはで、イチは顔面が暑くなってたまらない。

 「ちょ、レオ君!?恥ずかしいがやけど!」

 「時間が勿体ない。諦めてくれ」

 “我の胴を掴むのはやめろ”

 イチは地面に下ろしていたもらえず、びちびちと暴れるトリスも手を放してもらえず、そのままゴーダ商会へ踏み込んだ。

 

 「頼もう」

 「いらっしゃいませぇ」

 今回も、ゴーダ商会に客は居なかった。

 「あら?」

 「もう良いでしょ!?下ろして?人前は、流石に恥ずかしいよ」

 “ええい、放せ。放さんか”

 「あらあら。そんなに慌てて、なにかあったの?」

 ガルドは首を傾げ、カウンターをくぐって外のランタンを外す。

 本日の営業は、終了したようだ。

 「支店の事かしら?ごめんなさい?まだその話しは進めれていないのよ。取り敢えず、二階へ上がってちょうだい。お茶を煎れるわ」

 「いらん。すぐに済む」

 お茶に誘うガルドだったが、素早いレオの断りに残念そうに溜息を吐いた。

 「急ぎの用事?」

 「ミラージュの事だ」

 「支店の話しならまだ進んでいないわよ?」

 レイベルトはエド王国に行ってはいるが、ギルドからの依頼がメインで、王都まで手紙を届けには行けない。

 「支店の話しじゃないんです」

 「違うの?」

 レオと交代して、イチが事情を説明する。

 エド王国で偶然レイベルト達と会ったこと、別れてから入り込んだ地下水路、都合良く見つけてしまったミラージュへの抜け道。

 これから戻って、こっそり侵入するつもりである事。

 「ねぇ、その抜け道って」

 ガルドの目が一瞬、怪しく光った。

 「私達が使った後であれば教えるが、責任は持たん」

 「勿論、それで構わないわ」

 レオとガルドが、固い握手を交わす。

 ―えいがかなぁ

 ガルドは裏組織の人間なのだが、そんな人に教えて良いのかとイチは不思議に思った。

 ―でもまあ、レオ君が気にしちゃぁせんし、いっか

 疑問を丸めて、何処かにぶん投げた。

 ガルドとレイベルトが所属する組織が抜け道をどう使うかなんて、イチが気にしても仕方が無いし、別に気になる事がある。

 「私達の我が儘で振り回してしまって済みません」

 「我が儘でも、振り回されてもないわよぉ」

 頭を下げるイチにガルドは気にしないで、と笑う。

 茸咳の季節だった事もあり、ミラージュ支店開設の話しはレイベルトとガルドが計画を捏ねくり回す所で止まっており、祖国の本店にまだ話しは行っていない。

 なので、どうとでも潰しが効くらしい。

 それに、

 「ミラージュ支店の話しはこのまま進めるわぁ」

 ミラージュ支店を開設する話しは、中止にはならないようだ。

 「どうせ、いつかはお店を出すつもりだったんだもの。此処で中止にするなんて、勿体ないわ」

 出店早々、危ない仕事をする必要が無くなって、逆に有難いのだそうだ。

 「そ、れ、に、」

 抜け道は、知っていればいざという時に使えそうで良いとの事。

 「迷惑を掛けてないなら、良かったです」

 「ええ、問題なしよぉ。今、問題があるのは貴方達よ」

 「「?」」

 「時間、大丈夫?」

 「「!?」」

 太陽が、西の空の大分下の方にいる。

 「邪魔をした」

 「お邪魔しましたぁ」

 「お幸せにぃ。・・・・あの蜥蜴、ずっとうごうごしてたけど、大丈夫なのかしら」

 なかなかびっくりな話しを聞かされたのだが、それと同じくらい、レオの手に掴まれてびたびた暴れ続けていた火蜥蜴が気になって仕方がなかった。

 「あの子、早く帰って来ないかしら」


 大股の早歩きで門まで戻った2人は、日没の閉門に何とか間に合った。

 入ったばかりてもう町を出るのかとシグマに不審がられたが、イチは急ぎの用事なんですと笑って誤魔化し、町を出た途端にレオはそのまま駆け出した。

 片手にイチを抱き上げ、もう片手にはむんずと掴んだトリス。

 “いい加減、放さんか!”

 もしトリスが竜ではなく火蜥蜴だったら、きっと召されていただろう。

 その際の死因は、レオに胴を掴み続けられたことによる圧死である。

 

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