砂漠の下 3

 水路は、何所までも何所までも、ずうっと続いた。

 2人は3日休みつつ歩き続け、変化の少ない景色に飽きていた。

 魔物は出て来ないし、生き物も特に無い。しかも、レオは天井に頭がつっかえるので大体中腰。

 窮屈に腰を屈め、とんとんと叩いて唸っている。

 「イチ・・・・・・」

 「解禁?」

 「ああ」

 この水路に入った初日、水路にテンションの上がったレオに、イチは地図の使用を禁止されていた。

 されていたのだが、3日も中腰で進んで嫌になったようだ。

 「中腰って、キツいもんねぇ。あっ」

 地図ひょいっと開いて、すぐに閉じてしまった。

 「なんだ」

 “どうした?”

 「うん。ちょっと、嫌なもん見てしもうた気がしてさ」

 “目を背けるな”

 「取り敢えず見て、見たままを言ってくれ」

 「あー、うん。あのね、」

 直視したくないが、レオとトリスに促されて再び地図を開く。

 「あー」

 地図には、見なかった事にしたかった嫌なものがやはりあった。

 「レオ君、まだ半分も来てないよ?」

 「“・・・・・そうか”」

 2人のテンションが、明らかに下がった。

 レオは中腰の窮屈な姿勢に飽き飽きしていたし、トリスは水にうんざりしていた。

 「そうか」

 重々しく息を吐いたレオは、おもむろにズボンに手を掛けた。

 「え?ちょっ、」

 「もう、中腰でなぞ、歩かん」

 妙な宣言をしたレオはつるっとズボンを脱いでイベントリへ叩き込み、イチの両脇へ手を差し入れて持ち上げた後に入水。

 イチはレオの背中に移され、クーの糸で固定。

 「あ、成る程」

 水路の水の深さはレオの膝下。

 水路に入れば何とか中腰にならなくて済んだ。

 トリスは水の上は不快だと態度に出したが、前に進むスピードは、断然速くなった。

 「この水路外に繋がる一番近くは何処だ」

 「えっとね」

 開きっぱなしの地図を指でちょいちょいと動かす。

 水路は緩い蛇行を繰り返しながら北の方から流れて来ている。

 砂漠の地下を突っ切り、たまに小さな流れと合流と分岐を繰り返し、地上に繋がっていそうな場所は。

 「・・・・ミラージュ?」

 「“ん?”」

 広いままの地図では確認し辛いので、拡大。

 地図ではぐいぐいと表示範囲を狭め、詳しい地形をイチに教えてくれる。

 地上に出られる出口は、確かにミラージュと言う町にあった。それも、町の中心部近くの神殿の隠し部屋。

 「何故、そんな所に?」

 「何でやろうね」

 “神殿の神官共の脱出路か?”

 「脱出路が必要なのは神官よりも領主だと思うが」

 「なるほど。あ、隠し通路の痕跡発見」

 “痕跡?”

 「通路では無くか?」

 「うん」

 隠し部屋は兎も角。

 隠し通路は使われなくなって長いようで、あちこちが崩落して通れなくなっていたが、確かに領主の居城へ向けて伸びていた。

 「では、恐らくは我ら魔族がまだ人族と戦争を繰り返していた時代の名残だな」

 今は、種族の違いを気にしないエド王国が唯一の隣国なので、魔の国は平和な時代が続いている。

 いざという時の脱出路は、使われなくなって久しい。

 「へぇ、年代物ながやね」

 「ああ、そうだ」

 “町へ出るのは問題があるのではないか?”

 呑気に言葉を交わすイチとレオだったが、トリスの突っ込みに大人しく黙った。

 町は基本的に入る時も、出る時も門で個人の確認をされる。地下から地上に出ても、町の中に出るのではあまり意味が無い。

 それどころか、何処から入ったのだと、尋問される危険性だってある。

 それに何より、ミラージュは黒獅子大好きリーヴェル家の本拠地。

 見つかれば集られる危険性が高い。

 「他に無いのか?」

 「えっと、待ってよ」

 拡大したまま地図を動かしてレオの体格でも出られそうな所を探す。

 「ちょっと砂に埋もれちゅうき掘らんといかんけど、近くの岩場にレオ君でも行けそうな穴があるみたい」

 「では、そこを目指す」

 「おー!」

 だが、そこからがまた長かった。

 進むスピードは速くなったものの、まだ目的地への折り返し地点にも来ていなかったのでミラージュのすぐ近くに行き着くまで2日かかった。

 そこは、分岐があって少し広くなった場所。

 「「“・・・・・・・”」」

 変わり映えの無い暗い水路に、2人と1匹はほとほと飽きていた。

 「ここの壁を登ったら上に出る通路に行き着くよ」

 “さっさとここから出よう”

 「うん、久しぶりに太陽を見たい」

 “夜だがな”

 「お月さんもえいねぇ」

 外、外とテンションを上げるトリスとイチに対して、レオは眉間に深い皺を寄せて壁を睨みつける。

 「レオ君?」

 “どうした”

 「少し、進んだ先はミラージュの神殿なのだろ」

 「うん」

 イチとレオは、お互いを番としている。

 だが、レオからすれば神殿で真名を交わしていない今は、まだ正式な番にはなれていない中途半端な状態なのだ。

 落ちつかないし、イチが男と接触すると不快感が半端無い。

 「真名を交わさないか?」

 少し行けば、ミラージュの神殿。

 クロウルの神殿で真名を交わさなかったのは、レオの子孫が今の本拠地でかつての妻達に挨拶をしてから真名を交わそうとイチが言ったから。

 まだ行けないと思っていたその場所に、ピンポイントで行ける機会を、不意に得てしまったのなら、当然行きたいと思うものだ。

 「・・・良いね」

 降って湧いたような機会だが、イチに否やは無い。

 「ではっ」

 “我は思うのだが”

 「「?」」

 “今から行くのはあの親子に不義理ではないか?”

 あの親子とは、ミラージュに2人をこっそり入れようと動いてくれているレイベルトとガルドの事である。

 「「!」」

 今から行こうと盛り上がりかける2人は、トリスの問い掛けにはっとなった。

 「確かに」

 「色々、動いてくれよったよね」

 そう依頼を出したとは言えミラージュのリーヴェル家の家人の動きを探ってくれたし、ミラージュに支店を出す計画も早めてくれている。

 そもそも、人をこっそり町に入れるのは明らかな犯罪行為。かなり危険なことをゴーダ商会にはさせようとしている。

 なのに、絶好の機会だからとさっさとミラージュに行ってきて真名交わして来ましたとか、言えない。

 世話になっておいて不義理が過ぎるのではないだろうか。

 「レオ君・・・・・」

 「ああ。すぐに、クロウルへ行こう」

 「やね!レイベルト君、エド王国から帰って来ちゅうろうか?」

 「微妙な所だが、まだだと思うな」

 レイベルト達は依頼を受けて迷宮の調査に来ていたので、報告の義務がある。

 あそこの他にも胞子の影響で出来た迷宮は発見されているようだったし、全てを調査し終わって戻って来るとなれば、時間はそれなりにかかるだろう。

 タイミングも、悪い。

 エド王国の冒険者も茸咳で動けない者が多いので、交代要員が足りなくて中々帰って来られないし、エド王国出身のレイベルトは戻らないはずだ。

 「でも、せめてガルドさんには言わんといかん」

 「そうだな」

 話しは決まった。

 “で、どうする?”

 「「即行で話しを付けて、即行で戻ってくる!」」



 何と言う行幸!

 こんな素晴らしく都合の良い事が起きるとは!

 イチと真名を交わせるのは早くとも1年後だと思っていた。それが、数日の内に出来るかもしれない。

 ああ、気は滅入ったが水路をここまで逆登った甲斐があった。 

 レイベルトとガルドに頼んでいた事が頭から消えていた事は誤算だったが、不義理を働く訳にも行かない。

 元々1年は待つつもりだったのだ。

 数日の違いは僅かな誤差。

 許容範囲内だとも!

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