砂漠の下 2

 一辺5㎝の正三角形の中に色違いの三角、2つ目の辺を刺している最中にレオが絵を描く手を止めた。

 満足そうに頷く背中に気が付いて、イチも手を停めて針を針山に刺す。

 「出来た?」

 「ああ」

 ほいっと渡されたスケッチブックには、青い世界が広がっていた。

 暗い、岩肌の背景、対をなすように薄ぼんやりした水の中を泳ぐ光る魚、水面近くを飛び交う薄青の綿毛。

 「レオ君!」

 「うん?」

 「絵ぇ、すっごい上手やったがやね!」

 「そうか?」

 「そうやって!凄い」

 絵を見つめて、イチは凄い凄いと繰り返し口にする。

 「ほら、トリスさん。クーちゃんとマーちゃんも見てや!」

 寝ていたトリスを突いて起こし、少し離れた所でぷるぷるかさかさして遊んでいた2匹を呼び寄せる。

 しゃがんで、彼等3匹の前にスケッチブックを差し出す。

 “全く。・・・・ふむ、善し悪しは分からんが、良いのでは無いか?”

 「上手でね!」

 ふんふんと頷くトリスに、イチも目を輝かせる。

 クーとマーもそれぞれボディランゲージでトリスの言葉に同意した。

 「レオ君、この絵貰ってもかまん?」

 「かまわんが、そんなに気に入ったのか?」

 「気に入った!」

 「・・・・・そうか」

 きっぱりと頷くイチに悪い気はしない。

 “レオよ、顔”

 顔が緩んでいたようだ。

 レオはさっと表情を引き締め、重々しくイチに向かって頷いた。

 「やる」

 「ありがとう!」 

 スケッチブックから1枚破り取って残りをレオに返す。

 「また、私の見えん世界をみせてや」

 「任せるが良い」

 “精霊が見えんとは、不便だな”

 「そうでもないよ」  

 精霊が見えないお陰で、レオの描いた絵を手に入れることが出来たのだから。 

 ―レイベルト君に額をお願いしよっと

 イチは、ほくほくとしながら絵を見つめる。

 ―うん、綺麗

 「明かり」

 1つだけだった明かりの魔法を、5つに増やす。

 限られていた視界が、大きく広がる。

 「おおー」

 地底湖は、見えていた以上に大きかった。大きく光に照らされても、まだ端が見えない。

 「広いねー」

 「・・・・そうだな」

 「?」

 レオは地底湖の奥ではなく、思ったよりも近くをじっと見つめていた。 

 ―滝?

 “おい、其方、いったい何を見ている”

 トリスが、嫌そうに、激しく尾でレオの足をビシバシ叩く。

 「あの滝、逆登る事が出来そうだな」

 「“・・・・・・・・・・”」

 滝は今でも多くの水が流れているのだが、雨期のピークが過ぎているからなのか空いた穴の幅に比べて、水の幅が狭い。

 レオは中腰にならなければ通れそうには無いが、人が通れそうな余裕がある。

 楽しそうに、レオの尾が揺れている。

 どうやら、通れそうな穴に何故か好奇心を刺激されたようだ。

 「“え?”」

 「行ってみるか?」

 “我に、水の上を行けと言うのか!?” 

 「では、此処で待てば良い。言っておくが、おまえは連れて行くぞ、イチ」

 「“!?”」

 迷いの無いレオの発言に、1人と一匹はびくりと動きを止める。

 「私に選択肢は!?」

 「私がおまえを置いて行くとでも?」

 「思わんわぁ」

 レオが平気でイチの側を離れるのは、聖域に居るときだけだ。

 イチは首を垂れて諦めた。

 まあ、怖いと言う気持ちは本当だが、洞窟というものに好奇心を刺激される気持ちも分からないでは無い。

 それに、洞窟なら蟻の巣である程度慣れた。あれ程恐ろしい洞窟は滅多に無いだろう。

 “行けば良いのだろう、行けば!”

 イチが受け入れた事を察したトリスは、ギリギリ歯ぎしりしながら言う。

 行っても残っても水が近くにあるのなら、付いて行った方がイチの結界で常に防いでくれるのでまだましだと言う判断だった。

 “イチよ、水を絶対に散らさないでくれ”

 「まかいてや!」

 「“?”」

 イチがさっと取り出したのは、水色のリボン。

 「結界、付与。水除け」

 で、完成したのは身に着けた者から水を遠ざける結界の付与されたリボン。それを、きゅっとトリスの首に結ぶ。

 勿論、蝶々結びだ。

 「これで、水はトリスさんを除けて行くき、これを付けちゅう間は水に濡れる心配ないよ」

 “れ、礼を言う”

 「どういたしまして」

 「よし、乗れ」

 「はいはい」

 滝は、直角の壁の途中から流れ出ているので、イチには到底登りきる事は出来ない。

 「クーちゃん、マーちゃん」

 2匹を肩に乗せてレオの背に乗ったイチを登って、頭の上にトリスが陣取る。

 滝まで10mも無いので、クーの糸で固定はされない。

 「掴まっていろ」

 「はーい」

 レオはひょいひょいっと身軽に壁を登り、イチが周りを見回す暇も無く穴の中に入りこむ。

 「足元に気を付けろよ?」

 「う、うん。おお、結構濡れちゅうね」

 穴は横向きの楕円形。

 左右の水の流れていない場所はかなりあるのだが地面は斜めになっており、湿気で湿っている為に大変滑りやすい。

 滑って、流れる水の中に万が一落出もしたら、あっという間に流されてしまうだろう。

 「クー」

 「?」

 クーがイチの腰へ移動し、レオの腰へぴょんっと跳んで移動する。

 数回イチとレオの腰から腰へと移動し、2人の腰をクーの糸が繋いだ。

 「・・・・ありがとう、クーちゃん」

 これで転けて水に落ちても流される心配は無くなったのだが、何だか幼児の迷子防止綱のようで内心抵抗感を感じるイチだった。

 こっそり気落ちするイチの頭から、レオがトリスを持ち上げて一言。

 「では、行こう」

 中腰なので、なんだか窮屈そうだ。

 「大丈夫?」

 「窮屈だな」

 「だよねぇ」

 レオの屈んだり、しゃがんだりする姿は畑仕事以外で見た事が無い。

 居心地悪そうにしている。

 居心地悪そうなのはトリスもだ。屈んでも天井すれすれにレオの頭があるので、トリスは頭に居られずに背中に張り付いている。

 トリスは爪が鋭いので、ベストに穴が開いていそうだ。

 「結構くねくねしちゅうね」

 「そうだな。ん?何の骨だ、コレは?」

 「骨?」

 「ああ、コレだ」

 横をすり抜けるには通路が狭すぎるので、レオにひょいっと持ち上げてもらって後ろから前へ移動。

 通路の隅っこに、茶色い小山。

 「この、茶色の?」

 “土か?”

 「まだ、辛うじて骨だ」

 レオはイベントリから枝を取り出し、ぐりぐりとほじる。

 流石に、素手で触る気は無いようだ。

 「“土?”」

 「辛うじて骨。ほら」

 茶色い何だか土混じりのじゃりじゃりした何かの中から出て来たのは、何とも謎な茶色がかった骨が1本。

 しかも、今にも崩れそう。

 「あー、このじゃりじゃりしたのって何かと思ったけど、骨か」

 “殆ど土ではないか”

 「どれくらい、ここにおったがやろうね

ぇ」

 「“さぁ?”」

 元がいったいどんな生き物だったかも分からないほどに朽ちた骨。

 小型の生き物だとは思うが、正確な大きさは分からない。

 「・・・ブラックソードアリゲーター幼体」

 じっと崩れそうな骨を見ていたら、ぽんっと吹き出しが出た。

 「「“・・・・・・”」」

 土になりかけた骨が、知り合いの子供だった衝撃。

 「生きて辿り着けなかった個体か」

 生きて辿り着けた個体は、地底湖で小さく進化して生き延びている。そこまで辿り着けなかった者の末路が、そこにあった。

 「これも、自然の習いか」

 レオは茶色塊を両手でそっと持ち上げ、水に流す。

 「流して大丈夫なが?」

 「ああ。水の中にいる生き物の餌になるから問題無い」

 彼方の世界の深海のようなものだろうか。

 深海には、たしか骨まで食べる珍妙な生き物がいた。あの地底湖には、深海の生き物に似た何かが居るのだろう。

 「行くか?」

 水で手を洗い、振って水気を払う。

 「ちょっと待って」

 前に移動させていたイチを、後ろへ戻そうと伸ばされた、中途半端に水気の残った手に向けて魔法をどーん。

 「洗浄、乾燥、浄化!」

 手を洗い直して、乾かしてから綺麗にする。

 「これで良し!」

 「ここまでする必要があるか?」

 「やり過ぎでは?」

 「どんな状態でも、死体はばっちぃもんです!」

 ばっちぃ物を触った後は、手を清潔にするのは、イチにとって常識だ。

 「そ、そうか」

 “ぬぅ”

 「はい、どーぞ」

 「・・・うむ」

 改めて、イチはレオの前から後ろへ移され洞窟探検が再開された。

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