砂漠の下 1

 「ふおー、ファンタジー!?」

 初めての砂漠。

 秘密の場所だとレオに連れて来られたのは、地下深くに続く洞窟。

 魔物はいたが皆大人しく、襲われる事も無くどんどん進むレオの後を追いかけて歩く。

 洞窟の壁には所々に何かの結晶が顔を出し、明かりの魔法に反射してキラキラと色取り取りの光を放つ。

 「何コレ!」

 「魔石だ」

 「魔石って、魔物とか私等の臓器が死後に硬化して出来るもんやなかった?」

 魔石が出来るのは、主に心臓。たまに、肺に砂利のような細かい魔石が出来る。

 「自然にも出来るぞ」

 「そうなが?」

 “土の中に出来るな”

 水晶等の輝石や宝石の原石を核にして魔力が集まって出来る。

 「へぇ~」

 「魔力の高い土地でなければ出来ないが」

 「そっか、ここは迷宮やもんね」

 「違うぞ」

 「え?」

 思わぬ否定に、イチは驚いて足を止める。

 レオも足を止めて、見つめ合う。

 トリスは、レオの肩の上で不思議そうにしていた。

 「ここ、幻惑の砂漠でしょ?」

 「ああ」

 「幻惑の砂漠は、迷宮でしょ」

 「いや?」

 「違うが!?」

 「ああ」

 どうやら、違うらしい。

 「迷宮なのは、砂漠の中心にあるピラミッドの内部だけだ」

 「そうなが!?」

 そうらしい。

 “知らなかったのか?”

 「知らんよ!?」

 幻惑の砂漠は魔物が定期的発生して、倒した魔物もドロップ品と化す。が、この砂漠は迷宮ではないらしい。

 砂漠の中心に位置するピラミッドが、周りの環境に干渉し、砂漠と迷宮に似た環境を作り出しているのだそうだ。

 「へぇ。やき、魔物がドロップ品になったがやね」

 「ああ」

 「迷宮って、色々ながやね」

 「そうだな」

 “色々だな”

 「それで、何処まで行くが?」

 「もう少しだ」

 「はーい。それで、この派手な音は何?」

 轟々と、派手な水音がど洞窟の奥から聞こえてくる。

 「滝」

 「地下に?」

 「ああ、楽しみにしていろ」

 「楽しみにしちょく!」

 “ぬう・・・・・”

 それから歩くこと数分後、広い空間に出た。

 益々、水音が大きくなる。

 「滑りやすいから、気をつけろ」

 などと言いながら、レオはイチの手を握る。

 肉球のぷにっと固い感触が素敵だ。

 「おおー!」

 そこにあったのは、巨大な地底湖と地底湖に流れ込む滝。

 舞い上がる飛沫で地面か濡れて光る。

 実に、滑りやすそうだ。

 湿気たっぷりな空間に、トリスは嫌そうに尾を揺らした。

 “砂漠に来て、これ程水気のある場所に来る羽目になるとは”

 「何コレー!」

 明かりの光を反射する、澄み切った透明な水。壁から流れ下る滝、跳ねる魚。

 トリスのテンションが下がるのとは反対に、イチのテンションは上がった。

 「地面に潜ったミロスの支流だ」

 「砂漠を越えて!こんな所にも流れて来ちゅうが!?」

 「この水が地上に出てくるのは、エド王国だ」

 「そうなが?」

 「ああ」

 この地底湖に集まった水は更に南へと流れ下り、エド王国に再び現れてそこで巨大な湖を作っているそうだ。

 その湖はエド王国の大事な水源であり、畔に作られた王都とセットになって、エド王国のシンボルと言われているとか。

 「へぇ。随分長旅をする水ながやね」

 「そうだな」

 「あ、でも、なんで魚がおるが?」

 一度地面に染み込んでいるのなら、魚がこの地底湖にいるはずが無い。

 「雨季に水がミロスから溢れるだろ?」

 「うん、溢れるね」

 「その時に、紛れ込む」

 「?」

 つまり、こういう事だ。

 魔の国のサバンナには、何カ所か深い穴が開いている場所がある。その中の幾つかが地下の水脈に通じており、雨季、川から溢れた水はその穴に流れ込む。

 この地底湖に居る魚は、雨季に溢れた川の水と共にここまでやって来た。

 因みにその穴の中には人が入る大きさのものもあり、たまに、生き物が落ちる事もある。当然、落ちたら助からない。

 「良く死なんと此処まで来れたね」

 「よっぽど運の良い魚だったのだろうな」

 暗くて終わりの分からない水路を生きて通り過ぎ、この地底湖まで辿り着いたのだから。

 「まあ、ここには捕食者も居るから安住の地では無いのだがな」 

 「捕食者?」

 「むかぁしに、ブラックソードアリゲーターの幼生が何匹か同じように紛れ込んでな、此処で繁殖している」

 魔の森のブラックソードアリゲーターとは違い、此処の住人は魔の森の影響下から外れているのだそうだ。

 しかも、暗闇と閉鎖空間に適応しているので小型化して見つけ辛く、近くにいる動く物には何でも齧り付く悪食。なので、迂闊に水に近づかないようにと注意された。

 「何でも食う上に、毒持ちなんだよ」

 「怖っ。絶対に近付かん」

 「離れて見る分には美しい場所だろ」

 「うん、面白い場所やね」

 「・・・・・」

 イチの反応に、レオはがっくりと肩を落とした。

 「そう言えば、おまえは見えない質だったな」

 「なんかおるが?あ、お化けは勘弁してください」

 「居るのは魔物では無く、精霊だ」

 ここは水の精霊が集まりやすい場所で、レオの目には水がぼんやりと光を放って見えるそうだ。

 残念な事に、イチの目にはそんな物見えない。

 光を放っているのはイチの灯した魔法の明かり。水の中には精霊もいて、ふわふわ辺りを浮遊している精霊虫もいるそうなのだが、全く見えない、感じない。

 「いっそ、清々しい程の見えなさっぷりだな」

 「昔から霊感ないけど、こういう時だけは見える人が羨ましいわぁ」

 幽霊は、見たくない。見たくないが、精霊虫や精霊は1度見てみたい。

 「見てみたいのか?」

 「そりゃレオ君の見えるもんやし、いっぺん位見てみたいよ?でもまあ、見えんのが私の普通やきねぇ」

 見えないなら見えないで良いと、そう思うのだ。

 「トリスさんも見えるがやったけ?」

 “水の精霊なぞ、見たくは無いのだがな”

 トリスは、水の精霊よりも断然火の精霊が良いようだ。

 「見たいのか?」

 「んー、あんまり?」

 レオとしては、イチのスキルの力を使えば見えない精霊も見えるようになるのではないかと思う。

 だが、イチが見えなくても良いと思っているのなら、態々言う必要も無いだろう。

 レオの目には、湖を水の精霊が水の中で躍っている姿が見える。それをレオは美しいと思うのだが、見えないイチには分からない。

 「綺麗?」

 「ああ、美しい」

 “火の精霊であれば、もっと美しい”

 「トリスさんはねぇ。どんなふうに見えゆうが?」

 イチの問い掛けに、レオは成る程と思った。

 イチが見えないのなら、見えるレオが説明すれば良い。そして、トリスは徹底して水を嫌う。

 「此処に居る精霊は、魚の姿をしている」

 「魚!」

 “水の精霊は大抵魚だ。火の精霊なら、様々な姿をしていて面白いぞ”

 「じゃ、そのうち火の精霊がいっぱいおるところにも行かんといかんね」

 “うむ”

 トリスは満足げに頷いた。

 「それで、光っている」

 レオは、トリスを気にせずに続けた。

 「ほお」

 見えない者へ、精霊を説明するのは難しかった。

 「・・・・・紙と鉛筆をくれ」

 口頭での説明を、レオは早々に諦め、絵に描いて見せる事にした。

 「ちょっと待って。確かね、使ったこと無いけど良い物があったはずながよ」

 イベントリの肥やしになっている物。

 此方に来る前に魔の神様と対面した部屋でお願いした、貯金で買いたい彼方の物。イチはおおさっぱにとある大型スーパーの食品館の物を1つづつ頼んだ。

 そうして手に入れた物の中には、食べ物では無い物もあった。

 「あったあった。これあげる!」

 複製をした上で取り出したのはスケッチブックと24色の色鉛筆。

 絵心の皆無なイチには無用の長物だが、レオが絵を描くのならやっと出番が出来た。

 「随分、カラフルな鉛筆と綺麗な紙だな」

 「彼方の物やで」

 「ほお。私が使って良いのか?」

 「かまん、かまん。私使わんもの」

 「ふむ。では、しばし待て」

 「はーい」

 なので、イチはいそいそと折り畳み机と椅子を出し、刺繍を刺し掛けていたレオのズボンを取り出す。

 イチに絵心は皆無なので、彼女が刺す図柄は三角や四角といった簡単な模様の連続。

 今刺している模様は三角。

 “イチよ、水気を退ける結界を張ってくれんか?”

 レオの肩を離れ、トリスがイチの元へやって来た。

 「はいはい。結界」

 ―水気退散!

 “おお、これは良い。礼を言う”

 「どう致しまして」

 きちんとトリスの周りから水気が無くなったようだ。

 トリスが機嫌良く丸くなり眠る体勢を整えたので、イチはほっとして刺繍を再開する。

 1つの三角の中に幾つもの三角が重なっているかのように、糸を何色も使って外側から内へと刺して行く。

 ―この紫はえい色になったなぁ

 同じ植物を使っても糸の染まりようははその時々によって違うので、素人には同じ色を出すのは難しい。

 もう2度と出せないだろう色に、ほくほくと頬を緩めた。


 

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