はた迷惑な迷宮 5
「終わった、かな?」
「地図を見れば分かるだろ?」
「見ん」
見てまだあったら、また拾わないといけない。
面倒くさかった。
なので、イチは地図を見るつもりはさらさら無かった。
「じゃ、拾った物は拾った人の物と言う事で」
「了解っす。任せて欲しいっす」
その代わり、勇者教信者な冒険者達を確実に拠点の町へお持ち帰りしてもらう事になっているので、気兼ねなく素材を受け取れてレイベルトはにこにことご機嫌だ。
勇者教信者な人族3人も、一時的な興奮は冷めていて勇者様の血筋だの稀人様だのと言う事は無かったが、イチはすっかり警戒していて彼等との心の距離も、実質的な距離も遠い。
「馬鹿な事を口走るからだぞ?」
イチとレオの知らない冒険者の1人が、人族3人をつつく。
エルフな彼は、勇者教信者達のパーティーメンバーだそうだ。
「「「す、すいませんでした」」」
「・・・・・・」
3人は深々と頭を下げ、イチはそっとレオの影に隠れる。
ひょいっと顔を覗かせて、一言。
「貴方達の信仰に、私を巻き込まなければそれで良いです」
「「「は、はい!」」」
勇者だの稀人だの言い出さない限りはもうこれで良い。
3人はぺこぺこ頭を下げ、パーティーメンバーのエルフと共にガルド達と合流して辺りの調査を開始した。
出来たばかりの迷宮はもう無いが、周りの調査は必須なのだそうだ。
「レイベルト君、レイベルト君」
素材と魔石拾いを終え、調査の手伝いをしていたレイベルトをそっと呼ぶ。
「はいはい、なんっすか?」
「エド王国の茸咳は、大丈夫?」
「お蔭様で山は越えたっす」
駄目だった者は駄目だったが、レイベルト達魔の国の冒険者達が持ち込んだ物資は茸咳に苦しむ各町へ配られ、患者の大多数が危険域を越えることが出来た。
それを見届け、ガイアスの号令で荷物を纏めてクロウルへ出発しようとした一行は、複数の迷宮が見つかった事で足止めをくらった。
山場を越えたとは言え茸咳は続いており、冒険者は勿論、町を守る衛兵すら人手不足。
一行は冒険者ギルドの依頼を受けて、案内役の冒険者と共に此処まで来た。
その案内役の冒険者が、勇者教信者3名とエルフの4人組。
イチとレオよりも先に迷宮に入っていた冒険者達は、エド王国のギルド所属で先遣隊だったそうだ。
「他の迷宮にも、エド王国の冒険者とクロウルの冒険者が組んで派遣されてるっす」
「へぇ」
今回出来た全ての迷宮に行っている訳ではないだろう。
手間が省けると喜んで良いのか、確認が面倒だと嫌がれば良いのか分からないレオだった。
「そうか」
「お2人は、何故此処へ?」
「「“・・・・・・”」」
イチとレオは顔を見合わせ、ついでのようにトリスともアイコンタクト。
レイベルトには色々とバラしているので今更、と言う事で纏まった。
「あの、なんか面倒な気配がするんっすけど・・・・・」
「茸の胞子の所為で、幾つか迷宮が出来てな」
「・・・・・・此処と他のっすか。あ、待って欲しいっす。何か聞いちゃ駄目な気配を感じるっす」
レイベルトは耳を塞ごうとしたが、遅かった。
「此処の迷宮は、龍脈を塞ぐように出来ていてな。迷惑だからと頼まれて破壊しに来た」
レオはぺろっとしゃべっった。
「もしかして、コア」
「壊したな」
これが証拠だと、レオはコアの欠片を見せる。
「要るか?」
「要らんっす」
エド王国では、迷宮のコアの無断破壊は犯罪なのだそうだ。
「俺は、何も知らないっす」
「そうなが?」
「そうっす」
「残念だ」
「やねぇ」
「ヤバい道に、誘わないで欲しいっす」
「「・・・・・・」」
誘うも何も、レイベルトは元々その道の住民だ。
「何か言いたそうな目で見ないで欲しいっす。突っ込みは、受け付けていないっす!」
どうやら、レイベルトには自分がアレな自覚はあるようだ。
「おーい、レイベルトちゃーん」
「あ、すんません!今行くっす」
キリに呼ばれて、レイベルトはぺこぺこ頭を下げながら仲間の元へ行ってしまった。
「私達が迷宮を潰す手間が省けたね」
「そうだな。減っているか?」
「ちょっと待って?」
世界地図を出す。
最初、胞子の所為で出来てしまった迷宮は5ヵ所あったのだが、今は2ヵ所になっていた。
「あ、減っちゅう」
“まだある迷宮に冒険者はおるか?”
「外にはおらんけど、迷宮の中におったら分からんがよね」
迷宮の中は、入らないと分からない。
「でも、迷宮が無くなった所は人がうろうろしよるね」
“便利なスキルだな”
「ね、私もそう思うよ」
地図は開いたまま、イチはレオと迷宮の入口があった辺りに集まる冒険者達を見比べる。
此処の迷宮の攻略は終わった。なら、次だ。
「行くか」
「うん」
「ほれ」
「はいはい」
急ぐわけでは無いが、イチはレオに背を向けられればよじ登る癖が付いていた。
ほいっと向けられた背中に、自然な流れで乗る。
「ちょっと!?」
「おいおい」
「ほんと、仲良いっすねー」
イチとレオにとってはおんぶは何時もの事なのだが、見慣れていない冒険者達がざわめいた。
レイベルトだけは見慣れているので、生温かい目で見て笑う。
「ではな」
「じゃ、そう言う事で」
『は?』
レオの背中でイチはひょいっと手を上げて短い挨拶をして、それを相図にレオが駆け出す。
「じゃーねー」
「え?そう言う事って、どういう事?」
「勇者様の血筋様が行ってしまわれる!」
あっという間に取り残された一行の中でも、勇者教信者の3人が唐突な展開に軽いパニック状態になった。
「違うって本人が言っているだろ!」
「落ち着かんか、馬鹿者共」
「下の者にみっともない所を見せてんじゃねぇよ」
エルフとガイアス、ジョーイの3人が力尽くで落ち着かせる。
「そんなのだから、変質者扱いされるのよ。ほら、そんな事よりもまずは仕事をしてよ」
「ギルドへの報告が先ですよ?」
「「「はいぃ」」」
元、入口だった場所の調査を再開。
迷宮はもう無い。と言う事はだけは、はっきりした。
「レイベルト、何か聞けたか?」
「あー、未確認情報なんっすけど」
全員の目がレイベルトに集中する。
「なんか、魔力茸の胞子の影響?で迷宮が生えたみたいっす」
『は?』
「レオさんが、言ってたっす」
「そうか」
ガイアスは、深く、それはもうふかぁく溜息を吐いた。
「エド王国と我が国の両ギルドと国に、それとなく報告を上げる必要のある情報だな」
「やはり、そうですよね」
「ねぇ、ガイアスちゃん。これってあたし達が矢面に立たないといけないやつよね?」
「俺達のランクが、一番たけぇからな」
「あー、すんません。お願いします」
「「「「お願いしゃーす!」」」」
こうして誰も知らなかった胞子の情報が、提供者をほんのりぼやかしながらガイアス達のパーティーから両国の冒険者ギルドにもたらされるのだった。
両国の冒険者ギルドのギルドマスターが、頭を抱える事になる事だけは間違いない。
「消えた!?」
残り2カ所だった胞子発の迷宮。
いざ入ろうとした所で、入口が崩れ落ちて消えた。
そして、辺りに散らばる素材の数々。
「“あー、”」
「え、なんで?」
やっぱりなーと言わんばかりの1人と一匹に質問を投げつける。
「何で目の前で崩れるがよ!?」
「魔素不足だ」
「魔素不足?」
“うむ”
胞子が集まって出来上がった迷宮は、普通に魔素が集まって出来た非常に不安定な迷宮。
中に湧いた魔物を倒せば消えるのは勿論、そこにある魔素を使いきっても迷宮は消える。
ただし、何故か迷宮の中にいた魔物は素材になって残る。
「つまり、此処の迷宮は魔素を使いきって消えたと?」
「“うむ”」
「儚過ぎる!」
思ったよりも早く終わって良かったと思うのだが、迷宮を攻略する!なんて一応気合いを入れていたので肩すかしも良いところだ。
―私のやる気が空回り!
レオの後頭部に額を押しつけ、やり場のない思いを発散するようにぐりぐり押し付ける。
「おいおい、ぐりぐりするなって」
“仲良き事は良い事だ”
「これはじゃれているのでは無く、八つ当たりと言うのだ」
「その通りやけど、ズバッと当てられると否定したくなるよね!」
「ちょ、こら、そんなにマーキングされると興奮するから止めてくれ」
「・・・・・」
―あ、そう言う理由で止めたが?
すんっと、イチの八つ当たりしたい気持ちが何処かに行った。
「うん。なんかごめん、レオ君」
「いや・・・」
あっさり引かれると、止めたのは自分だとはいえ何だか複雑な気持になるレオだった。
「帰りは、幻惑の砂漠をちら見して帰るか?」
「さんせー!」
茸の胞子由来の迷宮は、あっさり消えてしまった。
2人は真っ直ぐ家に帰るのでは無く、幻惑の砂漠をかすめるような行程で魔の森を目指した。
行きとは違い、森からでは無く砂漠からの国境越えだ。
油断した。
私としたことが、とんだ失敗だ。
まさか、コアを破壊して迷宮を放り出された所で、エド王国の勇者教の者と鉢合わせてしまうなんて思わなかった。
レイベルト達魔の国の冒険者が一緒に居たことが、せめてもの救いだろう。
面倒そうな情報もながしてやったし、奴等がイチでは無く茸に喰い付いて、そのまま忘れてしまえば私としては万々歳なのだが、そう上手くは行かないだろう。
奴等が、クロウルまで出て来なければ良いのだがな。
あ、レイベルトにミラージュ支店の進展具合を聞く事を忘れていた。
仕方ない、また次に会った時に聞くことにしよう。
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