はた迷惑な迷宮 4

 最短距離でコアの破壊を目的と改めたレオは、経路をイチに尋ねる事を辞めた。

 レオにはコアへの最短距離が分かっているようで、行き当たる魔物は全て無視して爆走。

 ―は、はやっ

 限られたスペースしか無い洞窟での爆走は、実際の速度以上に速く感じられてイチには怖い。

 “目を閉じていればどうだ?”

 トリスは進めてくれるが、余計に怖くなるので目は閉じられない。

 30分と掛からずに3階層目から4階層目へ。

 5階層目へ辿り着いて、レオは足を止めた。

 イチはぐっと力を入れ続けていた体から力を抜き、落ち着いた気持ちで辺りを見回す。

 5階層目も、他の階層と変わらず洞窟。

 “どうした?”

 「人の臭いがする」

 「えっ!?」

 慌てて、地図を広げる。

 5階層目の一番奥、ボス部屋らしい広場にぽつぽつと白い点と赤い点があった。

 白い点は全部で5つ。だったのだが、2つ減った。

 赤い点が白い点に近づいたら、白い点が消えていく。

 「ボス部屋っぽい所に人がおる。で、2つ減った!」

 「龍脈の魔素と、人の魔力で迷宮を成長させるつもりか。出来たてのくせに、知恵の働くコアだ」

 舌打ちをし、レオは再び爆走する。

 「あ、また1つ減った」

 “迷宮に食われておるな”

 「おるな」

 「おるなって、呑気な!大事やん」

 つまり、現在進行形で人が死んでいるのだから。

 「ここからでは、間に合わんぞ」

 「・・・・・それもそうやねぇ」

 「だが、出来るだけ急ぐ。迷宮に餌を食わせてやる必要は無い」

 ―何かが、引っかかる気がするぅ

 「う、うん、お願い」

 上手い突っ込みが思いつかず、中途半端なお願いをしてしまった。

 「任せろ」

 だがレオは上機嫌で応じ、爆発的なスタートダッシュを決めた。

 「ちょっ、」

 “番にお願いされれば、雄は張り切るものだ”

 トリスの説明に理解はしたが、こんな狭い洞窟の中で張り切るのはやめて欲しいイチだった。

 顔のすぐ横を過ぎ去る岩壁が、流石に怖い。


 「屍臭がする」

 「え?」

 「舌を噛むぞ」

 レオの呟きに思わず反応をしてしまい、注告通りに舌を噛みそうになって慌てて口を閉じる。

 「恐らく、コアが出してきたボスはアンデッドだ」

 “最低のボスだな”

 「ああ」

 ―臭いもんねぇ

 レオもトリスも、アンデッド系の魔物は敵では無い。ただ、2人共鼻がとても良いのでアンデッド系の魔物が纏う臭いがとても苦手だった。

 「イチ、ボスは出会い頭に浄化してくれ」

 「ん」

 舌を噛まないように、短く声を出して頷く。

 アンデッド系の魔物を浄化出来るのは聖魔法の浄化なのだが、イチは膨大な魔力と特殊なスキルのおかげで生活魔法で浄化する事が出来る。

 おかげで、どんなアンデッドも雑魚に成り下がる。

 「臭いが濃くなった。あの先だ、構えろ」

 ―アンデッドは汚れ、アンデッドは汚れ。汚れは綺麗に消えんかい!

 イチは自己暗示のように気合いを入れる。

 「浄化!」

 広間のように、広くなった空間に出て、真ん中で浮かんでいた何かを認識した瞬間、魔力を言葉に込めて魔法を発動させた。

 「“おおー”」

 それがいったいどういった魔物だったのかイチが鑑定する間もなく、崩れて消えた。

 レオは感心しながら広間の奥へ進み、一番奥の壁に埋まっていた遊色効果のない白い石に近いコアへ拳を叩き込む。

 生まれたばかりのコアはあっけなく砕け散り、迷宮が細かに震え始めた。

 「え、何コレ」

 「迷宮の崩壊が始まったな」

 「崩壊!?え、それ私ら危なくない!?」

 冷静に危ない事を言うレオに、イチは涙目になりながらレオの肩を叩く。

 「迷宮が崩壊したら、潰されて死ぬやん」

 「死なん、死なん。落ち着け」

 “迷宮の最期は、そこまで厳しくは無いぞ”

 背中でわたわたとするイチを、レオはクーの糸を解いて地面に下ろす。

 「おおぉ、揺れよる!」

 地面に下ろされた途端、イチはがしっとレオの腰にしがみつく。

 「・・・・・・・」

 “おい、顔”

 「いかんいかん」

 イチの行動に、レオの顔がへらりとみっともなく緩み、トリスからの突っ込みにきりりと引き締める。

 「迷宮は、中にいる生き物を外へ排出してから崩壊して消えるから、死にはしない」

 「排出?」

 「ああ、放り出される」

 「それはそれで怖いよ!?」

 レオの背中に乗り続けて大分慣れたが、イチは元々上下に動くタイプの絶叫マシンが苦手なのだ。

 放り出されるなんて、怖すぎる。

 「大丈夫だ。迷宮から放り出されて、死んだ者は居ない」

 「私が、その第一号になるかもしれんやん!」

 「・・・・・・・・」

 “なあ、レオよ。否定出来んのではないか?”

 問題は、イチのレベルと生命力の低さ。

 攻撃されたなら、神から貰った守り石が防いでくれるが、衝撃は別口だ。

 「イチ」

 「なに」

 レオは腰に張り付いたイチを引き剥がし両脇に手を入れて持ち上げ、しっかりと抱き込む。

 イチの頭にいたトリスが、のそのそとレオの肩に移動する。

 「着地は私に任せてくれればよい。身を守る結界を、しっかりと張ってくれ」

 「超頑張る」

 イチは涙目になりながら頷き、衝撃を吸収してくれる結界を張った。

 最初、小さく細かい揺れだったが、次第に大きく激しくなる。

 そして、なんの前触れも無くぽんっと放り出された。

 「いぃっ!?」

 唐突な浮遊感に、イチは歯を噛み締めたまま奇妙な悲鳴を上げ、ぎゅっとレオにしがみついて目を閉じた。

 怖すぎて、目なんて開けていられなかった。

 “だから、顔”

 「いかんいかん」

 レオはつい緩んでしまった表情をきりっと引き締め、着地地点を確認する。

 「“・・・・・・”」

 着地地点の周辺冒険者達がいた。

 しかも、此方を見上げてくる彼等の顔の幾つかには見覚えがある。

 「はぁっ!?レオさん、イチさんっ!?」

 「おいおい」

 「むう、ワシ等の仕事か終わったな」

 「どうしましょう」

 「どうしようも無いわ」

 そう、レイベルトと、その先輩4人組と見覚えのないその他数人である。

 彼等の話しを聞き流しながら、レオ両足で着地。

 膝を曲げ、衝撃を完璧に受け流す。

 「うげっ」

 「・・・・大丈夫か?」

 受け流したのだが、着地の衝撃はゼロにはならなかった。

 「い、生きてるぅー!」

 大丈夫だったようだ。

 イチは歓声を上げて両手を突き上げ、はっと気が付いた。

 観客がいた。

 「・・・・・」

 ―見られたー!

 油断して隠していなかった髪をさっと三角に折り畳んだ風呂敷で隠し、ポンチョのフードを被る。

 「私のイチが減るだろう?見るな」

 『す、すんません!』

 レオのかなり本気の殺気を当てられ、冒険者達はとんだとばっちりである。

 が、魔族には良く分かる反応であるので、魔族の冒険者達からの反発は極当然と言わんばかり。

 知らない冒険者達の内3人は人族のようだが、空気を読んで黙っていた。ただ、妙にきらきらした目で見られて、イチは違和感を覚える。

 「や、レイベルト君。数日ぶり」

 「え?あ、ああ、そうっすね」

 何もかも無かったようなイチの挨拶に、レイベルトは戸惑いながらも応じた。

 「貴方方も数日ぶりですね」

 「ええ、そうね」

 キリは冒険者達を代表して口を開く。

 「あたし達はエド王国のギルドからの依頼で、新しいて迷宮の探索に来たんだけど、」

 迷宮のあった丘の洞穴は、もはやへこみでしか無い。

 「えっと、迷宮は?」

 「ボスらしい魔物を倒したら消えた」

 迷宮の扱いは国や町、ギルドによって違う。

 所によってはコアの破壊は犯罪だったりするので、余計な事は言わない。

 イチも、黙って頷く。

 「そう、ですか。あの、私達以外の冒険者達を知りませんか?」

 「面倒は避けていたからな、知らん」

 「うん」

 そんな、まさか、と出て来なかった冒険者達の行方を嘆く冒険者達。 

 「あ、あのっ」

 「貴女は、勇者様の御血筋の方ですか?」

 『は?』

 そんな中空気を読まず、全く的外れな事を問い掛けて来たのは見知らぬ人族の冒険者達。

 「イチ、此奴らはエド王国の者だ。それも、勇者教の信者だな」

 レオは彼等からイチを隠すように距離を取り、こっそり耳元に囁く。

 勇者教。

 勇者の子孫を王に持ち、数人の稀人がいた事からエド王国に興った勇者信仰の敬虔な信徒。

 黒髪スキーな面倒臭い連中。

 そいつらから隠れるために髪を隠して居たのに、ばっちり見られてしまった。

 「違います」

 「ですが、貴女は美しい黒髪をされています」

 「そう言って、貴方達のようにしつこく纏わり付いてくる変質者への対策です」

 「そんな!」

 「俺達はただ、」

 「黒髪黒髪と、気持ち悪いんですよ」

 勇者教信者に対して何か思う所がある訳でも無いが、こういう時は始めにがつんと言っておく事が寛容だろう。

 面倒事は御免被る。

 「寄るな、変質者共!そもそも、私の髪なんかよりも、出て来ない冒険者達でしょ!」

 「「「!」」」

 今頃思い出したようだ。

 はっとなり、慌てて辺りを見回す。

 残念だが、迷宮の崩壊と共に放り出されたのはイチとレオの2人だけ。

 「そんな」

 どうやら出て来なかった冒険者達は彼等の知り合いだったようで、大分遅いが悲しげに顔を歪めた。

 ―私よりも、先に気にする事やろ!

 と言いたかったが、これ以上追い打ちをかけるのは面倒事になるかと考え、イチはそっと言葉を飲み込んだ。

 周りの冒険者達も何とも言えない表情をしているので、イチと同じ気持ちなのだろう。

 取り敢えず、辺りに散らばった魔物の素材や魔石を拾い集める事にした。

 何でも、迷宮が崩壊すると、中にいた魔物は素材や魔石になって辺りに散らばる。

 イチやレオとしては興味の無い物だったが、冒険者達に強く進められて仕方なく拾い集める事にした。

 ああ、ボス部屋で倒した何かの素材や、レオが破壊したコアの欠片はいつの間にかクーが拾ってくれていて、今はイチのイベントリの中に入っている。

 「あー、まだあるぅ」

 「あるっすね!」

 「元気やね、レイベルト君」

 「拾うだけで素材を貰えるなんて、張り切るなって言われても張り切るっす」

 「そっかー」

 龍脈に出来た迷宮とはいえ、出来たての迷宮。

 落ちている素材や魔石は大した物は無かったが、数だけは多かった。

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