はた迷惑な迷宮 3

 1階層の虫系と鼠系の魔物をイチが駆除しつくしてしまって、1階層の冒険者達がわたわたしているようだったが、それ以外に問題は無く、2人と3匹は順調に3階層目まで進んでいた。

 「今日は、此処までにするか」

 レオが猪の魔物からドロップした肉を回収し、辺りを見回して言う。

 「4階層目には着けんかったね」

 「そうだな」

 ただ最下層を目指すだけならとうに着いているのだが、冒険者達に会わないように、かつより多くの魔物を狩りながら最下層を目指すというのは、流石に時間がかかった。

 “我は唯々、暇だったがな”

 「そりゃ、トリスさんはねえ」

 イチは、自分に魔法を付与したりそれなりにやることがあった。クーやマーも糸を吐いたり、酸を飛ばしたりしていた。

 イチに影響の出ない小技を使えないトリスは、イチの頭の上でじっとしているだけだった。

 レオは背中からイチを降ろし、へそを曲げているらしいトリスを地面に降ろす。

 「久々の地面!」

 「イチ、魔物が来るぞ」

 「結界!」

 自分達以外を通さない結界を張る。

 魔物除けの結界にしないのは、料理の匂いで魔物を誘き寄せるためだ。

 「飯には、これを使ってくれ」

 それは、先程採ったばかりの猪肉。

 「じゃあ、焼き肉でもする?」

 匂いをばらまく事が目的なら、焼き肉が一番簡単だ。

 「・・・・・大蒜は、控え目に頼む」

 焼き肉の度にイチが作る大蒜味噌ダレは、美味いのだが匂いがレオには少しキツかった。

 「・・・・・・・・」 

 「イチ?」

 「・・・残念です」

 大蒜を何時もより多めにしてみようかな?なんて思っていたのだが、あっさりと計画は白紙に戻った。

 「残念じゃないから」

 「ちぇっ」

 レオが石を並べ、竈と鉄板を用意してくれている間に折り畳み机を取り出し、野菜と肉を並べて順番に切る。

 「あ、終わった?じゃあ、ちょっと変わって」

 大蒜を磨り潰す作業は、手に匂いが着くのでレオが嫌がるのでイチがする。

 その間、レオが少々覚束ない手付きで野菜や肉を切る。

 “野菜よりも肉を多めにしてくれ”

 「勿論だとも」

 レオもトリスも、基本的に肉食なので、常に肉を多めに食べようとする。

 「ちょっと、レオ君。ちゃんと野菜も切つて。大蒜増量するで?」

 「ぐふぅっ」

 ぱたぱたとあおいで、大蒜の匂いをレオに届ける。

 出来上がれば余り気にならなくなる匂いなのだが、摺り下ろす最中の大蒜は臭い。

 「や、やめ」

 「もっと野菜切ってくれる?」

 「切る!切るから」

 「ありがと、レオ君」

 にっこり笑って、イチは辺りに消臭をかける。

 これで、大蒜臭はすっきりだ。

 “なるほど、其方には普通の攻撃より臭いによる攻撃が効くのだな”

 「貴様もだろう。知っているぞ、さっき逃げただろう」

 “・・・・・・”

 トリスの目が、ひょいっとレオからそらされる。

 「リンゴの芯、2人共いる?じゃあ半分こね」

 「“・・・・・・・・”」

 秘かに争うレオとトリスは、呑気なイチとクー、マーの遣り取りに興を削がれた。

 「味噌味噌みーそ、お・み・ず、ごーまっ、り・ん・ごっ」

 珍妙なリズムで、珍妙な事を呟きながらすり鉢に味噌と水をいれ、白胡麻と摺り下ろしリンゴを加えてすりこぎでごりごりと混ぜ合わせる。

 全てをきちんと混ぜ合わせれば出来上がり。

 「でーきたっと」

 その頃には、レオは肉も野菜も切り終わり、鉄板で焼いていた。

 「はい、レオ君とトリスさんの分のタレ」

 “うむ”

 「あ、ああ」

 レオとトリスのタレをスープ皿に入れて渡し、イチも自分の分のタレを小皿に入れて準備完了。

 クーの分の野菜と肉は、レオが用意してくれている。マーの分は焼きながら皿に盛って行く予定だ。

 なので、早速始めている2人に混じる為に鉄板に箸を伸ばす。

 “イチよ、酒は無いのか?”

 「ビールと日本酒、ワインとこっちのお酒。どっちがえい?」

 “ワイン”

 「レオ君もワインでえい?」

 「ああ」

 「はーい」

 イベントリの中から適当な赤ワインを1本選び、一度戻して複製をしてからレオに栓抜きと共に渡して開けてもらい、グラスに注ぐ。

 残念な事に、ワイングラスの持ち合わせは無い。

 レオも自分の大きな湯呑みに注ぎ、トリスも何時ものスープ皿にワインを注がせる。

 「マーちゃんは?」

 大きく横に揺れる。

 どうやら要らないようだ。

 「そっか」

 「ほら、イチ。食べ頃だ」

 「ありがとう」

 取り皿に、ひょいひょいっと肉と野菜が乗せられる。

 牛の焼き肉なら生焼けの方が好きなイチなのだが、猪等の豚系はしっかりと焼きたい。

 「マーちゃん、タレは付ける?」

 付けるようだ。

 「最初は付けないのね。はいはい」

 マー用の焼けた肉と野菜を皿に盛って、イチもレオが盛ってくれた肉と野菜をワイン片手にパクつく。

 「この猪、美味しいね」

 「そうだな」

 “おかわり”

 「はいはい」

 肉と野菜をワインと共に美味しく頂き、匂いに釣られて集まってきた魔物をイチ以外がさくっと狩り尽くす。

 「お疲れー」

 “うむ”

 「イチ、浄化を頼む」

 「はいはーい」

 魔物の返り血や埃と一緒に大蒜臭くなった口と体を浄化で全員すっきりさせてから、簀の子と毛皮で寝床を作って全員で仲良く眠った。



 イチは大欠伸をしながら目を覚まし、もぞもぞと蠢いてレオの腕の中から這い出て一言。

 「おはようございます」

 「“おはよう”」

 レオとトリスは起きていて、2人してじいっとイチを見ていた。

 寝起きに見られているのは何時もの事なので、イチは何も言わない。

 「今朝はパンと米、どっちがえい?」

 「“パン”」

 「はいはい」

 ずっと複製していて、イチは気が付いた。

 同じ物ならまとめて一度に複製出来る。

 ざらりと山のように出したパンは、まとめて複製した成果だ。勿論、このパンの数々も出す前に複製している。

 味噌汁の鍋を取り出し、お茶の用意をしている間に、レオがそれぞれの汁椀に味噌汁を注いでくれる。

 お茶をそれぞれの湯呑みに注ぎ、クーには生野菜と生肉。

 「「“いただきます”」」

 朝ご飯を食べて、いつも通りイチがレオの背中に固定されて迷宮の攻略を再開する。

 「今は、何階層ある?」

 「んー」

 世界地図を出す。

 平面な地図を、立体的に出す。

 「あっ」

 「どうした?」

 「1階層、迷宮が増えた!」

 「そうか」

 “・・・・・面倒な事だな”

 「コア、出来た?」

 「その可能性が高いな」

 しゃがんだレオの背中に、イチはいそいそよじ登りクーの糸で固定してもらう。

 3匹も、ささっとおんぶ姿の時の定位置に陣取る。

 「予定変更だ」

 コアが無い間は出来るだけ魔物を倒しながら、最下層を目指す筈だった。

 だが、コアが出来た可能性が高い今はそうはいかない。

 時間を掛ければ掛けるだけコアは、龍脈の力を取り込み力と知恵を付け、破壊し辛い厄介な物になる。

 少しでも早く、コアを破壊する必要があった。

 「最短距離で破壊する」

 「速度強化、衝撃耐性」 

 レオの速さを強化して、より強くなる衝撃に耐えるためにイチは自分の衝撃に対する耐性を上げる。

 「下手に口を開くなよ」

 イチが答える前に、レオは駆け出す。

 「!?」

 ―ちょ、速すぎぃ

 何時もよりも速い駆け出しに、イチは思わず涙目になった。

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