はた迷惑な迷宮 2
転移陣の先の精霊樹の立つ環境は、イチが良く行く精霊樹の立つ環境と余り変わらない。
「森の外を目指す」
「はーい」
背中をむけてしゃがむレオの背中に、慣れた動きでよじ登る。
もうそこに恥ずかしさや戸惑いは無い。
マーの糸で固定され、イチの両肩にクーとマーが乗り、頭の上にはトリス。
地味に重いが、 先を急ぐ準備は整った。
「舌を噛むなよ?」
「大丈夫!」
もう何度もレオに背負われて移動しているので、しゃべりながらでも舌を噛む事は滅多に無い。
暗くなる空に追い立てられるように、レオは全力で駆けた。
翌日もイチはレオの背中に乗り、魔の森を真っ直ぐに爆走。
寄ってくる魔物は全て無視して走ること数時間。
「おお」
遂に魔の森を抜けた。
「あれ?」
幻惑の砂漠が北にあり、確かに何時もとは違う場所に出て来ているのだが、景色があまり違わない。
乾燥気味の草原、まばらに木の生えた林。
かなり遠い南の方に町の影が見える。
「魔の国と景色があんまり変わらん」
「ああ。エド王国も、北は幻惑の砂漠に面しているから、影響を受けて乾いている」
「川が無いみたいながやけど、大丈夫なが?」
「砂漠に近い町は、全てオアシスに作ってあるから、水は問題ない。魔道具もなるしな。それにこの国はもっと南のほうに山があって、そこから川も流れている」
「へぇ。つまり、その砂漠側のオアシスに、胞子が流れ込んで茸咳が流行ったがやね」
「そうなるなぁ」
「こっちの草はあんまり元気が無いき、薬を作るの大変そう」
「そうだな」
魔の国なら、茸咳の時季に草と共に薬草が辺り一面に生い茂る。
だが、エド王国に雨期は無い。
そのため茸咳の患者が想定外に多く出た今年、治療薬に使う薬草を十分に確保出来ず、魔の国が冒険者ギルドを通じて支援をする事になった。
「すっごい胞子の飛びっぷりやったもんね」
「ああ、迷惑な話しだ」
「そんなに困った場所に出来たが?」
「ああ、世界樹に向かう龍脈を遮っているものがあるからな」
今はコアのないしょっぼい迷宮だが、世界樹に向かう魔素の流れ、龍脈を遮った迷宮が問題だ。
龍脈の豊富な魔素を吸い、迷宮は急激に、何所までも成長する。
「面倒?」
「クソほど」
「そっかー」
「龍脈を遮る迷宮が何所にあるか分かるか?」
「えっと、龍脈に出来た迷宮っと」
条件を付けて世界地図を広げる。
逆さにした水滴のような矢印が、ぽんっと1つ。
「あっち」
「では、そこを先に潰そう。・・・・髪は?」
「あっ」
忘れていた。
ここは黒髪フェチの国。イチの髪は茶色がかっているが、黒髪は黒髪。
誰かに見られるのは面倒だ。
「ちょ、ちょっと待って」
レオに背負われたまま、トリスを自分の頭からレオの頭に移し、風呂敷を半分に折って三角にして、髪を覆い隠してきゅっと顎の下で結ぶ。
更に上からフードを被り直し、トリスをそっと頭の上に戻す。
やはり、トリスは重かった。
「隠したよ」
「では、行く」
「おー」
改めて、レオはイチの指差す先にある迷宮へ向けて駆けだした。
おそらく、そこは乾いた草の丘陵だったのだろう。
出来たばかりのこの迷宮は、胞子が幻惑の砂漠の魔素に影響されていたのか、それとも近くの環境に引きずられているのか。
丘陵は、砂に飲み込まれようとしていた。
迷宮の入口は、砂にまみれた下向きの穴。
「階段はなし。転移陣も見えんな」
「これ、どうやって下りるが?」
イチの問い掛けに、レオは小石を拾い上げて穴の中に投げ入れる。
「音が無い。どうなっているかは分からんが、行けば分かる」
「え?あっ」
問い掛ける事も、止める暇も無く、レオはひょいっと穴へ飛び込んだ。
ただ飛び込んだだけでなく、落ちながら手の届く距離にあった砂の壁にがっと爪を立ててブレーキをかける。
2人と3匹の体重全てがレオの片手の指と爪に掛かるが、彼の指と爪は頑丈だった。
がりがりと砂の壁を削りながら、10秒とたたずにレオの足が地面に着いた。
2人と3匹が着いたのは、暗い洞窟。
上を見上げれば、光指す白い穴。
「この迷宮は、何層まである?」
レオはひくりと鼻をひくつかせ、腰の鉈を引き抜いて歩き出す。
「暗視」
イチは慌てて自分の目に暗闇でも見えるように魔法をかけ、改めて地図を見る。
「あれ?」
「どうした」
「誰かおる」
1階層目と2階層目に、複数のグループが居た。
「なに?」
“我らよりも先に入った者がいたか”
「気付く者は気付くと言う事か」
感心しているような、面倒くさがっているような微妙な様子でレオは鼻を鳴らす。
数十年ぶりの茸咳に混乱していても、冒険者は冒険者だという事なのだろう。
突然出来た迷宮を調べる為に、まとまった人数で突入した。
「他の迷宮にも、冒険者がおったりしてね」
“其方等の友人や、あの4人組も居るかもしれんな”
「何処かで会ったりしてね」
「そうかもしれんな」
レイベルト達クロウルの冒険者達は、エド王国に物資を届けに出て、まだ帰路にはついていない。
魔の国の冒険者達が、エド王国の冒険者達と共に幾つか新しく出来た迷宮の探索に入っていても不思議ではない。
「で?」
「で?」
此方を振り返って見上げてくるレオに、イチはくいっと首を傾げる。
「ここは何階層まであるんだ?」
「あっ。えっと、4層目まであるみたい」
“そこまで分かるのか?”
「便利な地図でしょ」
“そうだな”
ふうっと鼻から息を長く吐く様子は、感心しているというよりは呆れているように感じる。
「イチのスキルや魔法がどこか妙なのは、前から変わらん。だが、4階層か。コアがあるな無いかは微妙な所だな」
「そうなが?」
イチは、自分のスキルや魔法への自然なディスリは聞かなかった事にした。
「ああ」
洞窟を躊躇いなく歩くレオは、出会うスライムや虫、ゴブリンを容赦なく蹴散らしながら、イチの疑問に答える。
「成長の早い迷宮は、5階層あたりからコアが出来るが、ここは龍脈に出来た迷宮だからな」
“もうすでにコアが出来ていても可笑しく無いという事か”
「面倒な事だ。冒険者共がいるなら、1階層と2階層は出会わないよなうに、かつ最短で案内してくれ」
「はーい」
コアは出来ているかもしれないし、出来ていないかもしれない。
どちらの可能性もある以上、魔物を無視して迷宮の最奥を目指す訳にもいかない。
とは言え、1階層目と2階層目には冒険者達がいるので、魔物退治は彼等に任せて先を急ぐ。
そもそも此処で冒険者達と出会うのは、面倒だ。
「暫く道なり」
「うむ」
“我の出番は無さそうだな”
「
残念そうなトリスに、イチは引きながら突っ込みを入れる。
「私の頭の上で、ブレスとか吐かんとってね」
“そんな事をすれば、レオは兎も角其方は死んでしまうな”
「やねぇ、余波で死ねるよぉ」
「笑い事では無いのたがな」
自分の背中で呑気に笑えない話しをする1人と1匹に、レオは嫌そうに突っ込む。
イチはレベルを上げる事が出来ないので、レオは些細な事で死んでしまうのではないかと気になって仕方が無い。
そう思うのなら連れ歩かなければ良いのだが、何日もイチの側を離れるなんて、レオには無理だ。
「ぬ、虫か。面倒な」
虫は脳が複数ある上にしぶといので、心臓を潰してもなかなか死なない。
なので、レオは虫系の魔物が少し面倒だった。
「あ、じゃあ私がやるね」
こんな時しか出番は無い!とばかりに、イチは張り切って魔法に魔力を込める。
「駆除!」
1階層の、虫系と鼠系の魔物が全滅した。
「あれ?」
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