はた迷惑な迷宮 1
「ただいまー」
クロウルから聖域へ戻って2週間前後がたち、8の月もそろそろ終わろうかという日。
蟻の巣の温泉から戻ったばかりのほこほこと湯気を上げているイチとレオを、何だかそわそわした様子の女王が迎えた。
「どうした」
「なにかあった?」
女王曰く。
逆風に乗って、幻惑の砂漠の魔素を纏った大量の魔力茸の胞子がエド王国の各所に堆積。
その胞子の魔素の影響で、コアの無い、イレギュラーな迷宮が複数発生。
「中の魔物を狩って魔素を散らして来いという事か」
コアの無い出来たての迷宮は、中の魔物を倒して魔素を消費させれば自然消滅する。
逆に、放置して魔素が溜まればコアが出来、魔力を吸って魔素を発生させるようになり迷宮は安定する。
迷宮が出来たり消えたりするのは何時もの事なのだが、世界樹に繋がる地下の魔素の流れ、龍脈に影響を与える所に複数イレギュラーな迷宮が出来てしまったので、女王としては早々に消してしまいたいようだ。
「なるほど。それは、私の仕事だ」
「そうなが?」
「ああ」
今更知ってしまった。
レオの迷宮での仕事は、世界樹に悪影響を及ぼす物の排除。
毎日魔物を狩って居るのも、趣味と仕事を兼ねた、魔物の間引きだそうだ。
“イレギュラーの迷宮が1度に複数か、厄介だな”
「全くだ」
頭の上にいたトリスがぼやき、レオもしみじみ頷き溜息を吐いた。
女王を見上げて、真面目な顔をする。
「分かった、直ぐに行く」
「初めての場所やね!」
「・・・・・」
はしゃぐイチを見下ろし、レオは微妙な顔をした。
「おまえも、来るのか?」
「いかんが?」
まさか、同行を嫌がられるとは思わなかったので、イチはレオをきょとんと見上げる。
レオは女王の領域を出て聖域に狩りに行く時以外は、イチの側を長時間離れる事を嫌う。
「まさか、置いて行く気!?」
「エド王国は、勇者が建国した国だからな」
置いて行くつもりだったようだ。
置いて行く理由も良く分からない。
「なんで、勇者が作った国やったら置いて行くがよ」
「・・・・・」
レオは手を伸ばして、髪が邪魔にならないよう頭に巻いていたタオルを取り、イチの長く伸びた黒髪を指に絡めてもてあそぶ。
「勇者もそうだが、稀人も全員何故か黒髪でな。エド王国には特に妙な黒髪信仰があるんだよ」
「黒髪信仰?」
「黒髪は勇者血縁だ、とか言って嫁やら婿に力尽くてしようとするとち狂った貴族や金持ちがいる」
「げっ」
イチは勇者では無いが、勇者召喚に巻き込まれた正真正銘の稀人。
黒髪と言うだけで妙な
「手拭いで髪を隠して、フード被ってもいかん?」
「余計怪しまれるだろうな」
「髪色フェチ共がっ!」
「ふぇ?」
イチが思わず罵った言葉に、反応して首を傾げるレオの仕草が妙に可愛い。
イチの頭に上がっていた血が、すんっと下がった。
「気にせんとって?」
「そ、そうか」
“先程、イチから何か出ていなかったか?”
「しっ」
「どうしたが?」
隠さずに言おうか言うまいかと数旬考え、レオは言ってしまう事にした。
これは、黙って居てもイチの為にはならない。
「おまえ、さっき一瞬這い寄る悪意が発動しかけていたぞ」
「マジで!?」
イチに自覚は無かったが、イチがエド王国の不特定多数を罵った瞬間、足元からじわりと背筋が震えそうになる何が漏れ出ていた。
「漏れかけていたぞ」
「シモが緩いみたいに言わんとって!?」
“其方等は、出てゆくはずの水分や老廃物まで魔素に替えるからな”
トリスは、限界突破者の貪欲に魔素を搾り取る体に呆れた目を向けるが、イチが言っているのはそういう事ではない。
が、気持ち的に否定はし辛い。
「うん、まあ、私等ぁの体はそんな感じやけど、レオ君が言いたいのはスキルを発動させないようにって事でね!」
「う、うむ」
話しがシモの方へ行かないように、レオが言いたいだろう事をそのまま言う。
「とっさの言葉には気を付けます」
「あと、魔力」
這い寄る悪意の発動条件は、イチの強い負の感情で発せられた言葉とそこに込められた魔力。
「平常心を心掛ける」
「ああ」
「やき、連れてって」
「・・・・・・」
イチのお願いにレオの耳と尻尾がへにょりと元気を無くす。
「だがなぁ」
「人里に行かんかったらえいやん?」
「それは、」
「えいやん?」
“良いのではないか?”
「おい」
押せ押せなイチを、トリスが援護する。
“其方も、番が居た方が落ち着くだろうが”
「もっと言ってやって」
「煽るな、」
「ぶっ」
トリスを煽るイチの頬を、片手でむにっと潰す。
両頬を押され、イチの口がタコになる。
「人里には行かん」
「う”」
レオが頬を押さえたまま離してくれなので、不明瞭な音を出して肯定する。
「フードを被るだけでは無く、髪も隠してくれ」
「う”」
「私の側を離れない事」
「う”」
「仕方ない」
レオの手が離れ、イチの頬は解放された。
「これから直ぐに行くからな?」
「はーい。あ、でも着替えるきちょっと待って」
今のイチの格好は、パジャマ。外を出歩くには向かない。
「レオ君もちゃんと服着てや」
レオは、風呂上がりは常に褌一丁。イチ以上に、外出には向かない格好だ。
「う、うむ」
レオが買ってくれたものの、すっかりパジャマになってしまったワンピースをさっと脱ぐ。作業ズボンとTシャツ、長袖のシャツを着て上から苔色のポンチョを被る。
五本指靴下を履き、登山靴を履いたら着替えは完了。
レオも締め付けないゆったりとしたズボンを履き、紺から白へグラデーションを付けたベストを羽織っていた。
足元は相変わらずの裸足。ただ、腰には真新しい鉈。
「クーちゃん、マーちゃん。行こうか」
女王とじゃれていた2匹を呼んで肩に乗せ、レオに頼んで1度世界樹から降ろしてもらう。
手作りの祠に水と皿に盛った生米を供え、二礼二拍手して神様に行ってきますと挨拶をして一礼。
またレオにせ世界樹の上に連れて行ってもらう。
何故ならば、そこに転移陣があるから。
2人揃って女王に行ってきますの挨拶をして、レオがトリスの胴を掴んで肩に乗せる。
「行ってくる」
「行ってきまーす」
“行ってくる”
ふりふりと前脚を振る女王と、番人達に見送られて転移陣を発動させる。
向かう先の転移陣は、魔の国とエド王国の国境を越えた先。イチが転移陣を起動しに行った1度しか訪れた事の無い、精霊樹。
因みに、精霊樹の側から離れた所に行った事は無い。
「エド王国か、どんな所やろうね」
人里に行けはしないが、初めて行く場所にイチはうきうきしていた。
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