ホッパーホッパー 13

 軽い浮遊感を感じた後に足の裏に地面を感じ、視界が一気に広がる。

 乾燥した、砂の大地。

 「・・・・・居ない」

 16階層目。迷宮のコアからの依頼を受け、最下層に現れた虫の前に転移し、いざ闘いの時!と意気込んだのだが肝心の虫が居ない。

 「やはり、居ない」

 辺りを見回すが、やはり何処にも虫は居ない。

 此処は、どうやら15階層目と16階層目をつなぐ転移陣のようだった。目的の虫の前ではない。

 「静かすぎる」

 虫の気配も、魔物の気配も感じない。

 乾いた風の音と、砂の流れる音しかない。

 ―喰らい尽くして、上に移動したか?

 「スー。私はこの階層に何も感じないが、お前はどうだ?ああ、お前も感じんか」

 どうやら、虫はこの階層には居ないようだ。

 ―どうせなら最初から虫の前に転移させてくれればの良いものを

 「やはり、力の無いコアは応用力に欠けるな」

 ぶつぶつと文句を言いながら、転移陣に魔力を流して起動させるのだった。



 13階層目を越え、駆除と攻略を進めながら迷宮の最下層を目指す一行は、足並みを揃え易いよう領主こ調査隊と冒険者の攻略隊に別れて、明らかに量の増えた砂に足を取られながら、円を描くように探索範囲を広げて行く。

 こちらは、冒険者。

 「何か、おかしい」

 先頭に立って、歩き回るながら虫の駆除剤や忌避剤を置いていたジョーイは、違和感を感じて声を上げる。

 「何かって?」

 「分からねぇ!」

 「そ、そう」

 とは言え、ジョーイの勘は馬鹿に出来ない。

 獣人の野生の勘は、嫌な事ほど良く当たるのだ。

 「ねぇ、貴方達はどうなのよ」

 ジョーイと同じ獣人達に問い掛けと、彼等は次々に違和感を訴えた。のだが、誰も何がどうおかしいと感じるのか具体的に言えない。 

 「ガイアス、オルニエ。ちょっと良い?」

 「どうした」

 「あん?」

 「獣人達が何か感じ取ってる!」

 「あー、やっぱり気のせいじゃなかったのかよ」

 オルニエも熊の獣人なので、感じるものがあったのだろう。

 嫌そうに鼻の頭に皺を寄せる。

 「俺は何も感じないが、獣人の勘は嫌な事ほど良く当たる。ミル、調査隊と拠点に変化ありと一報を入れてくれ」

 「はい」

 調査隊と駆除隊と13階層目の拠点、地上の簡易ギルドで、連絡用に遠話の玉を所持していた。

 「全員、気を緩めるな。この先に何かある」

 『おうっ!』

 全員で気合いを入れるのだが、駆除と攻略を平行して行う彼等の歩みはゆっくりとしか進まない。



 「・・・・・此処にも、居ないか」

 何も居ない乾いた空間に、レオのぼやきが虚しく響く。

 「倒してくれと言うなら、目の前に転移してくれれば良いものを。あのコアは応用力がなさ過ぎるな」

 頼まれた狩りの対象が居ない事に苛立ち、先を急いで走り出す。

 レオが、態々イチの側を離れて迷宮に入ったのは、満足に狩りを出来なかった鬱憤を晴らすため。なのに、その目的を全く熟せておらず、レオは鬱憤が溜まり続けている状態だった。

 聖域で鍛えた野生の勘を頼りに全速力で駆け抜け、苛立ちをぶつけるように転移陣を足で踏みつけ魔力を流す。

 「此処かぁっ!」

 14階層目。

 レオはやっと対象の虫がいる階層に辿り着いた。

 思わず声を上げて興奮してしまう。

 15階層目、16階層目と違いこの階層には魔物と虫の気配がある。

 ―虫を潰して、森で肉狩りだ

 「ふっ。ふふふふふふふ」

 不気味な笑みを浮かべ、この迷宮は似つかわしくない不穏な気配を発している虫へ向かった。

 勿論、全力疾走。



 「ぴりぴりする」

 獣人の冒険者達は、進むにつれて強くなる違和感を耳や首筋を擦って誤魔化す。

 注意力が散漫になり、良い状況ではない。

 「おい」

 「どうした?」

 眉を顰めて、オルニエはガイアスを呼び止める。

 「ひしひしと、行きたくないと本能が訴えて来やがる」

 「・・・・・・そのようだな」

 ガイアスは、ちらりと隣を歩くジョーイを見て頷く。

 いつもより尻尾が太く毛羽立ち、耳が忙しなく動いて不安気に辺りの音を探っている。

 ジョーイも何時もと違うが、オルニエも他の獣人達も何時もと違った様子で怯えが見え隠れしている。

 「止まれ」

 『!』

 「此処から先は、進める者だけで行く」 

 「おい、待て、それは」

 それは、先に進む事を躊躇う獣人達を残して先に進むという事だ。

 「危険があるということは分かるが、全員で引き返すという選択肢は無い」

 ジョーイを始めとした獣人達がダメだと反対する前に、ガイアスは断固とした態度で反対意見を潰す。

 「恐らく、グラトニーホッパーが異常変異を起こしてたのだろう」

 これまでの異常繁殖の事もあり、獣人達が本能的な恐怖を感じる可能性のあるものは、グラトニーホッパーの異常変異体しか考えられない。

 「明らかな脅威を迷宮の外に出す訳にはいかん」

 だがしかし、動きの鈍っている獣人達は戦闘時に足手まといになる可能性が高い。

 だから、ガイアスは獣人達以外の者で先に行くという。

 「まあ、それは分かるんだがよお」

 「・・・・・・・・・」

 置いて行かれる獣人達は、複雑だ。

 自分達が仲間の足を引っ張る羽目になるのは真っ平御免なのだが、仲間が危険な場所へ向かおうしているのに何も出来ない事が辛い。

 どうにもならない、ジレンマだ。

 「なら、此処で待つ」

 「ジョーイ」

 「俺達獣人は、闘ってなんぼの種だ。 安全な所で待つなんざ、性に合わねぇよ」

 ジョーイとオルニエの言葉に、他の獣人達もそうそうと頷く。

 「・・・・・仕方ない」

 獣人達の様子にこれ以上の説得を早々に諦めた。彼等の気持ちが、分からない訳ではないのだ。

 「この辺りは今の所通常のグラトニーホッパーしか出て来ていないが、気をつけろ」

 「ああ」

 「調査隊の連中が来たら、行ける者だけ進ませてくれ」

 「ああ」

 「てめぇらも気をつけろよ」

 「いざとなったら、逃げて来てよ?」

 「逃げて、立て直してから行けば良いんだからよ」

 先に進む者達の身を案ずる言葉を口にする獣人達に見送られ、止まっていた足を再び前へ運ぶ。 

 一行の先頭は、獣人の次に気配察知に優れたエルフの盗賊。

 「よっしゃ、イクぜ!」

 発言が一々下品なグエントである。

 「・・・・だいたいの見当はつくか?」

 「おうよ」

 目敏い事に、グエントは獣人達が特に嫌がって反応する方向を見極めていた。

 彼等が嫌がっていた方向に、グラトニーホッパーの異常変異体がいるはずだ。

 


 鮮やかで毒々しい緑と赤に彩られた10mを越える巨体。

 生んでは食べ、食べては生みを繰り返し、ぶよぶよと肥大化した腹。飛ぶ事を忘れ小さく退化した羽と、巨体を支えるための大きく筋肉質な6本脚。

 全身に纏わり付く赤黒い触手と、辺りに撒き散らされる毒の霧。

 無機質なのに、底無しの飢餓感を宿した無数の複眼。

 異様な姿形をした虫に、言葉を失う。

 その虫は、地上へ向かう転移陣のある方向へ真っ直ぐ歩きながら、近寄ってくる虫や魔物を触手で捕まえて喰らっている。

 グエントは、見事に一行をグラトニーホッパーの異常変異体の元に一行を導いた。

 ただ、彼等と虫の間に隠れられるような場所は無く、虫もこちらに気付いては居る。幸いな事は、虫がこちらを全く気にした様子がない事だろう。

 「・・・・・支援魔法を使える者は、全員に耐毒を重ね掛けしろ。気休め程度にしかならんだろうが、無いよりはましだ」

 虫の衝撃から真っ先に我に返ったガイアスからの指示に、冒険者達は反射的に従う。

 「あの霧が問題だ。攻撃魔法は炎と雷以外にしてくれ」

 「りょーかい!」

 「初擊のタイミングは、私達に任せてください」

 発動の合図を行うのは、角は立派だが影が薄めなアルル。

 「皆さん、杖を虫に向けたら、一斉に発動してください」

 耐毒だけでなく、様々な耐性系、強化系の支援魔法が全員に重ね掛けされていく。

 虫との距離はまだ離れているが、確実に近づいてくる。

 異様な虫からの恐怖に耐えながら、思い付く限りの付与を施し終わると、魔法を使える者は虫を囲むように展開し、思い思いに風や水、氷の攻撃魔法を唱える。

 戦士や剣士といった近接戦闘組は虫の正面に陣取り、魔法の完成と発動を待つ。

 「・・・・・・・」

 アルルは風の刃を早々に唱え終えて、仲間達が唱え終わる時を待つ。

 最後の1人が、唱え終わった。

 誰にも分かりやすいように杖を頭上に掲げ、一呼吸おいて虫を

 「この、糞虫があぁぁ!!」

 『は?』

 攻撃魔法が炸裂する前に、腹に響く怒声と共に虫が弾けた。

 

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