ホッパーホッパー 10

 アンネマリーとクリスティナが作ったゲロ不味クッキーのおかげで、緊迫しかけた対面は何だかぐだぐだになって終わった。

 アルマとノインはハチミツを見つけられず、代わりにメイドがすっと出してきたのだが、レオがくれたチョコレートのおかげイチの口はリセットされており、ハチミツは砂糖の代わりに紅茶へ入れこの日は、お茶をしてそれだけで終わってしまった。


 で、翌日。

 「ああっ、レオ様。行ってまいります!」

 「レオ様!私達頑張りますの!」

 「こらっ。周りの皆さんに、これ以上迷惑をかけるんじゃありません。10階層目までですからね」

 アンネマリーとクリスティナは、本当なら今朝馬車に積み込まれて学園に戻される予定だったのだが、2人揃って此処まで来たのだから迷宮へ入りたいとダダをこね、急遽護衛として残っていた調査隊の人員と駆除作業用の資材を運ぶ冒険者と共に、10階層目まで行く事になった。

 2人の保護者としてシルヴィアがついで行く事になり、婚約者と離れる事を嫌がったアルマと、名目上調査隊を率いているノインまで一行の中には紛れている。

 イチとレオもしつこく誘われたのだが、レオがきっぱりと断ってくれたお陰で、罰ゲームのような一行に加わらずに済んだ。

 「レイベルト君。これ、食事の足しにしてください」

 そっと、チーズの練り込まれた固めのパンを幾つか入れた袋と菓子を詰めた袋を手渡す。

 イチとレオは加わらないのだが、金を稼ぐ為に荷運びの依頼を受けていたレイベルトは逃げる事が出来ず、一行の中に仲間の冒険者と共に混じっている。

 レイベルトと、仲間の冒険者達のイベントリには、詰め込めるだけの虫型の魔物用の殺虫剤や忌避剤、各種ポーションが入っているそうだ。

 「ありがとうっす。俺、頑張るっす」

 例を言うレイベルトなのだが、何だか何時もより元気がない。

 「程々に頑張る事だ」

 「はいっす」

 「あ、これも一応持って行ってください」

 レイベルトに追加で渡したのは、ゴブリンの魔石がじゃらりと入った巾着袋。

 「?」

 「使い捨てですけど、駆除を込めた魔石です。お守り変わりですけど、いざと言う時に使ってくださいね?魔力を込めて2秒で発動です」

 「おおぅ。有難いんっすけど、使い時に困るっす」

 「虫に囲まれた時ですよ?」

 「そうじゃないっす」

 「?」

 いざという時に使う事に躊躇いは無いが、一度使えばこの魔法が付与された魔石の存在は隠せない。

 レイベルトが色々と聞かれるのは確実で、そこから芋づる式にイチの特殊な付与魔法がバレないとも限らない。

 と言うよりも、この駆除が付与された魔石だけで、溢れかけたグラトニーホッパーの駆除が出来そうで怖い。

 「出来るだけ、黙秘を貫くっす」

 「頑張ってください?」

 「頑張るっす!」

 「おーい、レイベルト!」

 「あ、悪い。今行く!すんません、行ってくるっす」

 「いってらっしゃーい」

 同じ低級冒険者仲間のと合流し、中級冒険者の先輩達に護衛されながら、レイベルトは迷宮へと入って行った。

 「レオ様!私達、頑張ってきますから!」

 「レオ様!お土産を、期待していて欲しいですの!」

 「貴女達、いい加減になさい!」

 「・・・・・・・・・」

 アンネマリーとクリスティナに挟まれ、両側から2人の声を浴びせられ、レオはじっと黙ったままで微動だにしない。

 ―これが、肉食女子っていう人達ながやろうか。なんか、凄いわぁ

 一時大人しくしていたアンネマリーとクリスティナだったが、再開された露骨なアピールに、イチは何だか感心してしまう。

 ―あー、でもそろそろレオ君がキレそう

 「レオ君、そろそろ戻る?」

 レオが機嫌が段々と下降している事を気にして、戻るかと問う。

 「うん?家か?」

 野営地に戻ろう、という意味だったのだが、違う意味で受け止められた。

 いそいそと両側の少女達を振り払い、イチの手を取る。

 「そうやなくで、野営地。相談したい事もあるし」

 「そうか、残念だ」

 「まあまあ」

 家に帰りたそうにしているレオを宥め、アンネマリー、クリスティナ、シルヴィアのお嬢様方3人に向かってぺこりと頭を下げる。

 ノインとアルマは調査隊隊員達の中におり、今此処には居ない。

 「すいません、私達は戻ります。迷宮の奥はゴタゴタしているそうなので、お気を付け下さい」

 「ありがとございます。こちらの方こそ、貴方方には面倒をかけてしまい、申し訳なく思います」

 「辞めて下さいませ、お姉様」

 「そうですの。私達は確かに面倒をかけているかもしれませんが、お姉様が頭を下げる事では無いですの」

 「「申し訳ありませんが、簡単には諦められません」」

 シルヴィアを止め、アンネマリーとクリスティナは、丁寧に且つ挑むように頭を下げた。

 「私としては、認めるつもりはありませんけど、誰が誰を好きかなんてその人次第なんで、早めに諦めて戴けると幸いです」 

 にっこり笑って受けて立ち、その上でレオと腕を組んで大人気なくこの人は自分の男だと行動で示す。

 アンネマリーとクリスティナは悔しそうに身悶えし、レオは何時になく好意を示すイチにご機嫌で尾を絡める。

 「見せつけないでくださいまし!」

 「見せつけないでほしいですの!」

 「「あ」」

 同時に叫んだアンネマリーとクリスティナは、さっと踵を返して迷宮の入口へ駆け込んだ。

 「アンネマリー!? クリスティナ!? 迷宮内で単独行動は行けません!」

 「シルヴィア!」

 「ちょ、何をしているのさ!?」

 『若ー!?』

 そんな2人を追ってシルヴィアが迷宮に駆け込み、その後をアルマが追い、更にその後をノイン、調査隊(残り)が追い、何だか良く分からない間にシルヴィア一行は迷宮に突入していった。

 「・・・・・なんやったがやろう」

 「さあな。で、私に相談したい事とはなんだ?」

 問い掛けながら、歩くように促す。

 「うん。迷宮入る時にさ、レイベルト君に何かえいもん渡すってゆうたやん?」

 レオの誘導に逆らわずに歩き出し、高い所にある顔を見上げる。

 「ああ、言ったな」

 「何をあげたらえいやろねって、相談」

 「なるほど」

 一応、レオに相談する前に、イチだけで考えてみたのだ。

 便利に使えて、冒険の役に立つもの。

 考えてみたのだが、何をあげればレイベルトに喜んでもらえるのか、分からなかった。

 「ま、私達は迷宮で暮らしてはいるが、冒険者では無いからな」

 「そうながよね」

 レオだけでなく、女王と番人達に守られてのほほんと生活をしているので、冒険者が何に苦労して、何に困っているのかイチは分からない。

 「レイベルト君は、1人やきねぇ」

 「戦闘時の、攻撃のバリエーション」

 「へ?」

 「いや、私の攻撃は基本的に物理だろう?」

 「そう、やね」

 殴る蹴る、裂いて千切って噛み千切る。

 レオの攻撃手段は、野性的だ。

 「たまに、実体のはっきりしない魔物を相手にすると、魔法を魔法が使えたらなと思う時がある」

 「え?何その魔物」

 「ゴーストやレイス。後はエレメント系の魔物だな」

 「えっ、幽霊がおるが!?」

 幽霊というよりかは、此処に居るのは実体のないアンデットだ。

 「ゆーれい?ではなく、アンデットだ」

 「アンデット」

 「うむ」

 アンデットの中でも実体のないアンデットに対した時は、何時も気合いで殴り倒しているそうだ。

 何と言うか、非常識である。

 「レオ君、流石やわぁ。でもね、今回は、荒事に役に立つもの以外でお願いします」

 「ぬ?」

 「あ、そうや」

 イチが何か思い付いたようで、足を止める。

 つられてレオも足を止める。

 「私がまだおらん時に森の中におって、困った事とか無い?」

 「お前と会う前か?」

 「そうそう」

 「あー、」

 レオは、イチがまだ居なかった時の生活を思い返す。

 あの時は、食べても直ぐ不足する魔素を補給するために、今以上に頻繁に聖域の森へ入って狩りに精を出していた。

 「・・・・寝床探し?」

 「・・・・私に聞かれても分からんよ」

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