ホッパーホッパー 9

 ―何とも、周りに被害の大きな加護だ

 プチパニック状態の中、レオは呆れ混じりの感想を思い浮かべる。

 ―八百万やおよろずなる呪神のろいがみの加護か

 イチが自分を鑑定した時に読めなかった****の並び。

 イチには教えていないが、レオはそれが何なのか、イチと出会う前に魔の神から聞かされて知っていた。

 自社仏閣巡りというレオには理解不能な趣味を持っていたらこそイチに付いた、異世界に数多いる神の加護。それも、ただの神ではなく呪神。

 何でもイチの国の神は良い面と悪い面を持つ二面性の神らしく、イチが世界を渡る前にいた亜空間で、最初に持った強い感情が「召喚した奴等呪われろ」だった為に呪神の加護なる危ない加護に変化してしまったのだと言われた。

 ―恐らく、イチの攻撃的な感情に反応するのだろうな

 魔の神からイチの加護を教えられ、注意していてくれと言われてはいたが、今まで何事もなかったのですっかり忘れていた。

 アンネマリーとクリスティナの言葉にイチが怒りと不快感を持ったからこそ、漏れ出す魔力に怨念的なものが混ざり、周りに恐怖を与えているのだろう。

 ―私はどうも感じんが、一応は止めておくべきなのだろうな

 イチは魔力に混ざった怨念は全く感じず、レオにはなんの影響はないが、このまま放っておけば周りが恐慌状態になり被害が広がるがろう。

 「あー、イチ?」

 少女達は怯えてまともに返事も返せず、イチはそんな彼女達に気が付かない。

 このままではちっとも話しが進みそうにないので、とりあえず怨念の流出だけは止めてもらおうと声をかける。

 「ん?」

 じわりじわりと魔力と共に漏れ出していた怨念が、レオが声を掛けた瞬間に霧散した。

 怨念を出すのは控えてくれと、説得する間もなく止めようとしたものが無くなってしまった。

 「どうしたが?」

 「・・・・・なんでもない」 

 「そう?」

 不思議そうにしているが、魔力も怨念も、もう出ていないので止める必要はない。

 「あれ?皆さん顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」

 レオが間を開けてくれたおかげで、イチの苛ついた気分も収まり、レオ以外の顔色の悪さにやっと気がつく心の余裕が出来た。

 お前の所為だ!と、誰もが思ったとか思わなかったとか。

 「獣人は丈夫だから、大丈夫だろう」

 「そう?レオ君はあんまり基準にならんと思うがやけど」

 「だ、大丈夫です」

 レオの言葉を否定するイチに、シルヴィアは青い顔色のままレオを肯定する。

 「そうですか?まあ、大丈夫なら良いんですけど」

 調子が悪そうな人が大丈夫と言うならと気にしない事にして、アンネマリーとクリスティナを見る。

 イチの怨念混じりの魔力を一番浴びていた少女達は、顔色が一番悪く具合も悪そうだ。

 「レオ君。私はレオ君を誰かと分け合う趣味無いがやけど、レオ君はどうなが?」

 2人の顔を見つめてから、レオを振り返る。

 イチとしては絶対に嫌なのだが、これはレオにも関わる事なので、彼の意見を聞かない訳にはいかない。

 「あ?私はお前以外に興味は無い」

 「そっか」

 「「・・・・・」」

 レオの言葉に、イチはにっこりと笑みを浮かべ、アンネマリーとクリスティナはしゅんっと耳を垂らした。

 「そっかぁ」

 垂れた耳に罪悪感をひしひし感じるが、譲るつもりは一切無い。

 「貴様等に、興味は無い」

 少女達に留めを刺したのは、レオだった。

 「アンネマリー、クリスティナ。貴女達の行動力は買いますが、此処までです。コレ以上は、いけません」

 「・・・・分かりました」

 「学園に帰りますの」

 「「でも!もう少し黒獅子様とお話しがしたい!」」

 イチとしては、レオのお嫁さんになりたいと言うのならお断りだが、話しがしたいというのなら、否はない。

 紅茶のカップを手に取り、背もたれをレオにしてもらい話しを聞く体勢を整える。

 「お話ししたいってさ」

 「ぬ?」

 2人の少女に期待と不安に揺れる目で見つめられ、レオはふんっと鼻から息を吐く。

 「好きにしろ」

 「あの、好きな食べ物は?」

 「肉」

 「ご趣味はなんですの?」

 「狩り」

 ―なんか、お見合いみたいやねぇ

 「今までで、一番の得物は!?」

 少女達とレオの遣り取りに、アルマが加わる。彼の目は、彼女達以上に好奇心と憧れでキラキラしている。

 「竜種だな」

 「竜種!飛竜種ですか?それとも、地竜種でしょうか!」

 「アルマ様、アルマ様。同じ黒獅子殿とお会いできて嬉しい事は分かりますが、もう少しこの子達にも質問をさせてあげて下さいませ」

 「あ、申し訳ない」

 「「大丈夫ですわ!アルマ様」」

 「ああ」

 ―アルマ様って何だか微笑ましい人やねぇ。シルヴィア様は皆のお姉さんかな?

 何だかそんな遣り取りに、ほっこりとしてしまう。

 ―うん、良い意味で予想外やった

 貴族の中にも、感じの良い者がいると学習した。

 「しかし、君の交友関係は本当に不思議だねぇ」

 「不思議、ですか?俺も一応冒険者なんで、それなりに知り合いはあちこちにいるんで」

 イチとレオの横で、レイベルトがノインに絡まれているのだが、語尾がすっす言っていないので、違和感を感じる。

 「それなら、良い出会いを引きつける運かな?面白い知り合いがいるみたいだし、羨ましいよ」

 ノインはレイベルトとかなり似た見かけをしているのだが、話し方が軽くて裏が無くてもあるように感じてしまう。

 ―胡散臭いっていうがやろうか。なんか面白い兄弟やねぇ

 訳あり兄弟の遣り取りを眺め、お茶請けに出されていたクッキーを一枚手に取る。

 匂いを嗅ぐと、焼けたバターと小麦粉の匂いと植物のような香り。

 ―紅茶のクッキーかな?

 「・・・・・・う゛ぉぇ」

 一口齧った瞬間に、口いっぱいに広がる得も言われぬ生臭さ。舌を刺激する強烈なえぐみと酸味。

 「イチ!?」

 「イチさん、どうしたんっすか」

 「「あら?」」

 「「「まさか!?」」」

 慌てる声と不思議そうな声を意識の外で聞きながら、イチは口の中の物をどうしようかと悩む。

 こんな得たいの知れない物体を飲み込みたくはないが、一度口に入れた物を出したくは無い。

 ―あ、そうか。無かった事にしたらえいやん

 思い悩んだイチは、はっと思い付いた。

 そうだ、ここには便利な魔法があったじゃないかと。

 ―浄化!

 口を開くと臭いごが酷くなるので、心の中で唱える。

 「あー、酷い目におうたわ」

 「イチ!」

 「ぐえっ」

 「ぬ?」

 口の中の物体が無くなり、ほっとした所をレオに抱き潰される。

 弱り目に祟り目というものだろうか。益々酷い目にあった。

 「レオ君、酷い」

 「おお、すまん。だが、心配でな。どうした、クッキーに毒でも入っていたか?」

 「そんな!黒獅子様に食べて頂く為に作った物に、そんな物は入れません!」

 「隠し味に、リビドーの葉をたっぷり入れただけですの!」

 「は!?貴女達、なんて物を!ちょっとこちらへ来なさい!」

 「ああ、待って下さいお姉様!」

 「そんな!御無体な」

 「ええいっ、問答無用!」

 アンネマリーとクリスティナは、怒ったシルヴィアに無理矢理天幕の外に引きずって行かれた。

 イチはレオの腕から逃げようと、うごうご暴れ、レオはイチに頬ずりをやめない。

 「ちょ、待って。この食べ残しを何とかせんと、あれ?」

 持っていたはずのクッキー?な物体がない。

 「あんな物は、マーがもう処分した」

 「えっ」

 ―あんな、ゲロ不味い物体を!?

 ショックを受けるイチだが、今更だ。イチはマーにゴミ処理を日常的にやってもらっているのだから。

 「あ、ちょ、フードが、鬣がぁ」

 「妙な物を食わされて災難だったなぁ」

 レオのすりすり攻撃がとまらない。

 「リビドーの葉って、惚れ薬になるって迷信で有名な雑草じゃないですか!なんて物を食べさせるんですか!」

 レイベルトは、ノインとアルマを叱っている。

 「貴方方と、シルヴィア様があの方達の保護者に当たるのですから、妙な事をさせないで頂きたい」

 「す、すいません」

 「悪かったよ」

 「謝る相手がちがうでしょう」

 「「うっ」」

 悪かったと思っているのか、ノインとアルマがレイベルトに弱い。

 「「すいませんでした」」

 きちんと謝れる事は素晴らしい事です

 「大丈夫ですよ。ただ、口直しは欲しいです」

 変わらずレオにすりすりされたままだったが、諦めて受け入れて、謝罪に対して応える。

 だが、浄化をかけたので口の中の臭いや味は消えたが、舌は味を、鼻は臭いをしっかりと覚えている。

 「口の中が辛い」

 ―美味しい何かでリセットしたいぃ!

 「甘い物をください!」 

 「ちょっと待っていて下さい!」

 「どこかにハチミツがなかったかな」

 天幕の中、アルマとノインがあちこちをひっくり返しながらハチミツを探す。

 「ねぇ、レイベルト君」

 「なんっすか?」

 「何だか面白い人達ですね」

 「あー、まあ、妙に絡んで来る事を除いたら、貴族にしてはましな奴等っす」

 「そっかぁ」

 「イチ」

 「ん?」

 イチの口にレオが何かを放り込む。

 口の中でとろりと溶ける甘さと苦味。

 それは、チョコレート。レオが魔素補給用に大量にイベントリストックしている食べ物の一つだ。

 「うま」

 「そうか。ほれ、貴様も食え」

 「あ、どもっす。うま」

 ハチミツを探すアルマとノインを余所に、チョコレートを楽しむ3人だった。

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